第289話 国際標準実験ラック
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
「じゃあ、私と一緒に働いてくれているメンバーを紹介するね」
そう言うと愛菜は、プロジェクトルームの奥で作業中の数人に手招きをする。すると愛菜と同じ、ブルーのジャンプスーツ姿の三人がひかりたちの元へやって来た。
金髪の青年が、緑の瞳を揺らしてニッコリと笑う。
「宇宙生物学専門のレオ・ロベールです。国はフランスです」
流暢な日本語だ。
生徒たちはサッとおじぎをした。
ひかりだけはピシッと敬礼をしている。
次に、ちょっとくせのある茶色の髪と、青い目がさわやかな青年が右手を軽く挙げた。
「俺はダン・ジョンソン、宇宙物理学者。国籍はアメリカだ」
再びおじぎをする生徒たち。
ひかりは再敬礼だ。
最後に日本人の男性がひょいと頭を下げる。レオとダンよりも少し若く見える。
「野口守です」
その言葉を聞いた生徒たちが、なぜかザワザワし始めた。
困ったような表情になる野口。
陸奥がすこしあわてて生徒たちに向き直る。
「野口さんに失礼だぞ、静かに!」
「いや、いいんです」
野口が頭をかきながら苦笑した。
「初対面の方に自己紹介すると、いつもこうなるんですよ」
そうだろなぁ、という空気が生徒たちに流れる。
首をかしげているのはひかりと愛理、そして心音の三人だけだ。
「奈々ちゃん奈々ちゃん!どういうこと?」
ひかりがポカンとした顔を奈々に向ける。愛理も心音も、ほぼ同じ表情だ。
「野口さんのお名前だけど、有名な宇宙飛行士さんと同じなのよ。しかもお二人と。そうよね、奈央?」
奈々に振られた奈央がひかりと愛理、そして心音に顔を向けた。
「野口聡一さんと毛利衛さんですわ。野口さんは日本人宇宙飛行士として、初代ISSへの最長滞在記録をお持ちの方です。335日と17時間56分という記録は、今の二代目ISSになるまで破られませんでした」
「ほえ〜」
ひかりが不思議な声を出した。
愛理も驚きの声をあげる。
「すごい宇宙飛行士さんなんですね」
「そして下のお名前が同じ毛利衛さんは、日本人として初めてスペースシャトルに乗った宇宙飛行士さんですわ」
「字は違いますけどね」
照れたように、野口が鼻の横をポリポリとかいている。
「宇宙飛行士としてレジェンドのお二人を目指して、日々頑張っているんです」
すごい名前を親からもらって、大変だなぁ。
そんなことを思っているのか、生徒たちの顔が優しくなる。
「と言うわけで、これからこのプロジェクトルームの中を見学してもらいます」
愛菜がパッと両腕を広げた。
「自由に見てくれて大丈夫よ。私たちが質問に答えるわ」
「日本語でも英語でも、どっちでもOKさ」
ダンのウィンクは魅力的だ。
奈々がニヤリと笑い、正雄に視線を向けて言う。
「あんた、英語で質問しなさいよね」
「俺の第二外国語はフランス語だぜベベ!」
そう答えた正雄に、愛菜がニッコリと笑った。
「じゃあフランス人のレオに!」
「おっと!」
正雄の額に、うっすらと汗が浮く。
「今日は埼玉弁を使う日だったぜ赤ちゃん!」
奈々が肩をすくめて苦笑した。
両津は思う。
なんだかんだ言って、この二人仲良しなんやなぁ。
ISSでは、使用する実験装置を「実験ラック」と呼ばれるボックスに搭載する。日常生活で例えると「ロッカー」や「書棚」ようなもので、様々な大きさの実験ラックが、まるでブロックのように組み合わされて壁面となる。この箱の正式名称はISPR(国際標準実験ラック)で、米国および欧州のモジュールと共通の規格を持っており、必要な場合は他国のプロジェクトルームでも使用可能になっている。
教習所のひと教室ほどの広さがあるプロジェクトルーム内を、自由に歩き回る生徒たち。そんな中、ひかりとマリエがひとつのモジュールの前で立ち止まっていた。そんな二人に両津が声をかける。
「何見てんねん?」
「これ」
ひかりが指差す先に、どこかで見たような小さめの扉があった。
「これ、何に見える?」
「うーん……冷蔵庫やな」
首を傾げている三人のところに、奈々がやってくる。
「何してるの?」
「奈々ちゃん、これ何だと思う?」
「えーと……冷蔵庫ね」
顔を見合わせる四人。
そこへ野口がやって来て、パッとその小さな扉を開けた。
「これ、ボクの冷蔵庫。おやつのプリンとか、入ってるよ」
ニコニコの笑顔が楽しそうだ。
「この実験ラックってとても便利で、電気も供給できるから家電みたいなものも取り付けられるんだ」
「ホンマかいな、すげー」
「ほら、あそこを見てごらん」
野口が指差す天井に目をやる四人。
「あのモジュールはエアコンだよ」
「ほえ〜」
「それに……」
そう言うと野口は冷蔵庫のすぐ横のモジュールの扉を開いた。
「ここ、私物のロッカー」
中には、まさに私物という雑多な物たちが収まっている。
「すごい!」
ひかりの目が輝いた。
「これがあればお部屋が片づく!もう奈々ちゃんに怒られない!」
「私、怒ってないわよ!」
そう叫んだ奈々を見つけて正雄が近付いてきた。
「君は怒ると眉毛が……」
「まだ言うかーっ!」
そんな二人を無視して、ひかりが野口に言う。
「これ欲しいです!買うといくらぐらいしますか?!」
野口が困り顔になる。
「いや、全部特注だからなぁ」
「いくらですか?!」
ひかりの目は真剣だ。
「まぁ、安くてもひとつ100万円以上かなぁ」
「どっひゃーっ!」
昭和の驚き方で飛び上がったひかりであった。




