第286話 宇宙の匂い
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
Airlock hangarでは、生徒たちのおしゃべりが続いていた。
ロボットによる船外活動訓練が終了し、宇宙空間からこのエアロック付き格納庫に戻った生徒たちは『宇宙の匂い』について盛り上がっている。
心音がなぜかちょっと怒っているような目つきで大和をにらんだ。
「宇宙空間って、大気の無い真空なんでしょ? どうして匂いがするわけ?」
「いや、そんなことボクに聞かれても」
大和はタジタジだ。
ロボットから降車した生徒たちは、与圧服のままヘルメットだけを脱いでいる。
両津があわてたように、陸奥の所へやって来た。
「陸奥センセ!みんな、宇宙の匂いがするって言うてるんですけど、これどうなってるんですか?」
「なんとかテーションの七不思議!」
ひかりがはしゃいでいる。
陸奥も、生徒たち同様にくんくんと鼻を鳴らした。
「俺には……甘い香りだな」
久慈もくんくんしている。
「私は、線香花火の後……かな?」
ここまでに、各人バラバラの意見が出ている。
ラズベリー。
ステーキのコゲた匂い。
ウイスキー。
何かの野菜。
ケーキ。
甘い香りの溶接の煙。
燃えている金属。
オゾン臭。
クルミ。
ブレーキパッド。
火薬。
焦げたアーモンドクッキー。
図ったかのように全員の感想が違っている。
「センセ、宇宙に匂いってあるんでっか?」
両津の問いに、陸奥がニヤリと笑った。
「ある!」
生徒たちがおお〜!と盛り上がる。
「とも言えるし、無いとも言える」
陸奥の言葉に盛り下がる一同。
奈々が首をかしげて陸奥を見た。
「でも、ロボットで外へ出る前この部屋には何の香りも無かったです。もちろん、この宇宙服も匂いませんでした」
ひかりの顔がパッと明るくなる。
「あ!ロボットさんからラズベリーの匂いがする!」
皆が一斉に、自分が搭乗していたロボットの匂いをかぎ始めた。
そしてぎょっとする。
「ラム酒みたい」
「ステーキよ」
「ケーキですぅ!おいしそうですぅ!」
そう言った愛理のとなりで、正雄がニヒルな笑顔で言う。
「こりゃあ拳銃を撃った後の、硝煙の匂いだぜベイビー」
「あんた、拳銃なんか撃ったことないでしょ!」
そう突っ込んだ奈々に、正雄はマイトガイスマイルを向けた。
「え? あるの?」
目を丸くする奈々に、両津が肩をすくめて言う。
「アメリカやったら、観光旅行でも銃、撃てるらしいで」
「ほんまでっかーっ?!」
ひかりのイントネーション無視の関西弁が炸裂した。
そんな生徒たちに、陸奥が説明し始める。
「よく考えてみろ。匂いをかごうにもISSの外には鼻で吸い込む大気が無い。そんなことしようとしてヘルメットを脱いだらどうなる?」
「そりゃ……死んでまうんちゃうかなぁ」
両津の言葉に、陸奥がうなづいた。
「その通り。なので、宇宙の匂いを直接かぐことは不可能だ。でも」
「でも?」
生徒たち全員が陸奥の言葉を待つ。
「宇宙空間に何らかの微粒子や分子が存在しているとすると、ロボットの外部装甲に付着することはあり得る」
生徒たちの何人かが、なるほどという表情になった。
奈央もうなづいている一人だ。
「そうですわ。そしてエアロックで1気圧の空気に触れたら、その微粒子が広がって匂いになる」
陸奥が手を叩く。
「正解だ」
さすが都営第6ロボット教習所の物知り博士だ。
生徒たちが、おお〜!と盛り上がる。
ISSに搭乗した経験のある宇宙飛行士達の間では、以前から宇宙の匂いについて語られてきた。
CNNの宇宙特派員だったマイルズ・オブライエン「銃を撃った後の匂いのようだ」
元宇宙飛行士のクリス・ハドフィールド「宇宙は硫黄のような匂いがします」
NASAのドナルド・ペティ宇宙飛行士「溶接で融けた金属の匂いです」
トーマス・ジョーンズ宇宙飛行士「つんとするオゾンのにおいかな」
そして日本人宇宙飛行士の野口聡一も「刺激臭のある、独特の金属臭のよう」と証言している。
その原因についてはいくつかの説があるが、ISSの軌道上に存在する有機化合物「ギ酸エチル」の微粒子が関係しているというものが有力だ。この物質が宇宙服やロボットに付着し、エアロック内で空気に触れて匂いになるのではないかと。
ギ酸エチルは地球上ではパイナップルやラズベリー、キャベツ、酢、バター、ブランデーに存在する物質で、甘い果実臭を持つため主に香料として使われている。実はこの説を元に、宇宙の香りを再現したフレーバーティー「SPACE TEA」が販売されている。また、宇宙の香りを再現した香水も販売されており、火薬と表面をあぶったステーキ、ラズベリー、ラム酒がまざった匂いをコンセプトに調香したと発表されている。
その時、ガチッ!と、エアロック内に甲高い金属音が響いた。
「硬っ!」
ひかりがロボットにかじりついたのだ。
あわててひかりをロボットから引き剥がす奈々。
「ひかり何やってるのよ!ロボットが食べられるわけないでしょ!」
「てへへへ」
ポリポリと頭をかくひかりだった。




