第28話 南郷教官
「超機動伝説ダイナギガ」が今年(2023年)なんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
カツン、カツン……回避教習のあった日の放課後、両津はロボット格納庫から伸びる長い廊下を歩いていた。彼の表情は、いつもと少し違っている。
関西人である両津の日常は、基本的に笑いでできている。スキあらばボケたり、ダジャレを言う。そのために、常に周りに何があるのか友達が何と言ったのか、そんなことに神経を尖らせている。また、誰かがボケた時には、すかさず突っ込まないといけない。それが関西人の掟であり人生なのだ。
ある関西人は言った。東京に引っ越して、人生が楽になったと。なにしろ起きている間ずっとボケや笑い、そしてツッコミを考えていた日常がガラリと変わり、心が開放されたのだ。
両津はいつもの笑顔を浮かべてはいなかった。だが、心が開放されたような表情ではない。違ったベクトルでの緊張が張り付いている。それは、不安だった。
ある扉の前で立ち止まる。
コンコン、とノックの音が響いた。
「南郷センセ、両津です」
ここは南郷の研究室だ。彼は日々この部屋で、新型ロボットの研究開発に励んでいる。両津もよく知っていることだが、南郷の実験はまだひとつも成功を見せてはいない。だが、実は彼の開発した技術は、様々な企業で採用されてきた。つい先日の失敗作、飛行ロボットのエネルギー噴射ユニットは、すでに大手ロボットメーカーから引き合いが来ている。実績を上げてきているのだ。両津を始め生徒たちの誰一人、そんな事実を知らなかった。
「おう、両津くんか。入ってええぞ」
南郷の返事を聞いた両津は、研究室の扉を開け中に足を踏み入れた。
「俺の国、こんな陸の孤島にようこそ!」
「陸の孤島って、教習所の敷地内ですやん」
一応突っ込むことも忘れない。
「しかしセンセ、この部屋まるでゴミ屋敷みたいですね……どこを踏んで歩いたらええのか、サッパリ分かりませんわ」
足の踏み場がないとは、まさにこの部屋のことだろう。本、雑誌、何かの部品、お菓子の袋、何か食べ物のようなもの……様々なものが散らかっており、ほとんど床が見えないのだ。
「うぎゃーっ!」
両津は何か柔らかくで気持ちの悪いものを踏んだ。
「なんや?!なんや?!センセ、なんかやわらかいもの踏みましたよ!」
南郷は机に向かって何かをしながら、振り返りもせずに言った。
「たぶんおでんのコンニャクやな。ゆうべの食べ残しや」
「拾っておいてくださいよ!」
両津はゆっくりと右足を上げ、それからは踏んでも大丈夫そうな雑誌を選んで南郷の近くへと進んだ。
「実は、センセにちょっとお聞きしたいことがあるんです」
南郷は作業の手を止めると、椅子をくるりと回して両津の方を向いた。いつもより無精ヒゲが濃くなっている。
もしかして、おでんを夜食に徹夜したんやろか?
ふとそう思った両津に南郷が聞く。
「何を知りたいんや?」
日頃あまり聞くことのない、真面目な声である。
両津は緊張していた。
「ボク今日、もう一つのクラスとの合同授業に参加したんですけど」
心なしか声が震えている。
「その時に自習になって、時間あったんで、みんなで話したことがありますんや。えーと……この教習所には、不思議なことがいっぱいあるって」
南郷がフムとうなづく。
「そや。それを教習所の七不思議っちゅーんや。7つ以上あるけどな!うわ〜っはっはっは!」
両津の中で、緊張の糸が切れる音がプツンと聞こえた。
ちょっと怖い顔してたけど、いつもの南郷センセや。この調子の方が話しやすいわ。
「でも、そんな真面目な話なら、俺より陸奥センセに聞いたほうがええんちゅうか?」
「いえ、陸奥センセ、怒ると怖いので」
「俺はこわないんか?」
苦笑してしまう両津。
「まあええわ。何でも聞いてみ、俺に分かることやったら答えたるわ」
両津の顔がパッと明るくなる。
「ありがとうございます!」
ふうっと一息吐いて、両津は質問を始めた。
「まずシールドのことです。泉崎さんも言ってたんですけど、なんで教習所にめっちゃすごいシールドなんかがあるんです?」
「ああ、両津くんと俺を爆発から守ったアレね」
「はい」
南郷は頬をポリポリとかく。
「そりゃあの時みたいに、事故の被害を最小限にするために決まってるやん」
「ホンマにそれだけですか?」
うーんと唸る南郷。
「まあとりあえず、まず質問を全部言ってみ。答えられるものには答えたるから」
両津はひかりや奈々たちと話し合った疑問を、次々と南郷にぶつけた。
生徒数が少ないのに、施設や設備がやたらと豪華なこと。正雄やマリエなど、海外校からの交換留学生の費用全てを教習所が出していること。生徒の全員が特待生で、衣食住の全てをここが面倒見ていること。どうやって利益を出しているのか謎なこと。そして、今日の回避教習が、どう考えても軍事訓練だったこと。
「そうやな……詳しいことは雄物川さんに聞いてみんと、どこまで言っていいか分からんなぁ」
顎に手をあてつつ南郷が言った。
「知りたいか?」
「知りたいです!」
「それはなぁ……」
「それは?」
「ひ・み・つ!」
またこれだ。両津はため息をついた。
「と言いたいところやけど、両津くんにはひとつだけ教えといたる」
南郷の目は、両津が見たことのない真剣さを帯びていた。
「もうすぐ……全てを話せるようになる。もうちょっと待ってくれ」
両津は言いようのない不安に襲われていた。




