第277話 北限の海女
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
「久慈!そろそろ時間だ!」
「はい!でも、もう一回!」
小型漁船の上から声をかけた担当教師に、海にゆらゆらと浮かんでいる私は、大声で返事を投げた。でも本当は、こんな大声を出したくはなかった。
海女には、深く長く海に潜るための呼吸法がある。海から上がるとすぐに鼻から息を吸い、口をすぼめて「ヒュッ、ヒュッ」と音を立てながら息を吐く。こうやって呼気に抵抗をかけることで肺を押し広げ、気管支の内圧を高める。それにより、次の呼吸でより多くの空気を肺に取りこむことができる。ベテランであればこの方法で、5分以上の潜水が可能だと言う。先生からはそう習ったのだが、当時の私はそんな理屈をあまり理解しないまま、言われる通りにやっていた。海女独特のこの呼吸法は、まるで笛を吹いているようであることから「磯笛」と呼ばれている。
「ダメダメ!もう上がるのよ、久慈さん!」
副担当の女性教師も大声でそう叫んだ。
私は自分の名字があまり好きではなかった。なにしろ生まれ育った場所が、久慈市なのだ。そこらじゅうで、自分の名前が書かれた看板を目にする。小学生の頃、男子からは
「ハズレくじだ!」なんてよく言われた。もちろん「当たりよ!」と言い返してはいたのだが。
久慈市で有名なのは「北限の海女」だ。1959年に放送されたラジオドラマ「北限の海女」がヒットし「北限」と言うキャッチーなフレーズもあり、全国的に知られることとなる。また、記憶に新しいところでは、2013年放送のNHK連続テレビ小説「あまちゃん」で登場した海女のモデルが、まさに「北限の海女」なのだ。
私はこの頃、久慈市観光物産協会が設立した「高校生海女クラブ」に所属していた。地元高校生の特権として、夏休みに本物の海女から素潜りを教わることができる。せっかくこの地に生まれ育ったのだ。そんな楽しそうなことを逃す手は無い。しかも、地元の漁業権を考慮した事業でもあるため、自分で獲ったウニは持ち帰ることが可能だった。今も、腰に吊るしたウニを入れる袋状の網「ヤツカリ」に、五つのウニが入っている。
「大漁ね」
私は笑顔でそうつぶやくと、勢いよく海水を蹴り漁船へと向かった。
私の家は江戸時代から200年以上に渡り代々伝わる商家だ。扱っているのは琥珀である。琥珀は宝石の一種で、数千万年から数億年前、地上に茂っていた樹木の樹脂・ヤニが土砂などに埋もれて化石化したもの、つまり樹脂の化石と言えるだろう。久慈市の琥珀は、約9,000万年前のもので、南洋スギの樹脂だと考えられている。久慈は琥珀の産地として日本最大であるだけでなく、世界三大産地の一つに数えられている。
「もしかして、琥珀屋総本舗ですか?」
奈央が首をかしげながら久慈に視線を向けた。
「そうよ。よく知ってるわね」
「もちろんです!宝石にも詳しくないと、資産運用のプロにはなれませんわ!」
「プロになる気なんや?!」
両津が目を丸くしている。
「ああ、だから久慈教官て、いつも琥珀のアクセサリーつけてるんですね」
「ええ」
奈々の問いに、久慈が首のペンダントに目を落としした。
「母からもらったお守りなの」
お? いい話来るか? また悲しい話になるのか?
皆が身構えた時、そんなことを全く考えていないような声でひかりが言った。
「あれぇ? 海女さんで琥珀屋さんで……どこでロボットさんになったんですか?」
「ひかり、久慈教官がロホットになったみたいに言わないの」
奈々が軽く突っ込む。
「実はね、家業を継がないで、大学は医学部に行ったのよ」
「次はお医者さんで、どこでロボットさんになったんですか?」
「ひかり、またロボットになってるわ」
「どう説明すればいいのかしら」
腕組みをして、考え込んでしまう久慈。
「私、知ってる」
マリエがスッと手を挙げた。
「ちょっと、マリエちゃん、何を言う気?」
なぜか久慈が、あわててマリエを手で制する。
「彩香、大学でロボットを研究している人と出会ったの」
「マリエちゃん!」
「ええぞ!マリエちゃん、もっと言うたれ!」
両津がはやし立てる。
「東京の日章大学で、彼氏ができたの」
うわっと盛り上がる生徒たち。
「それ、どんな人なんや?!」
両津だけではない、皆興味津々である。
するとマリエは、スッと右腕を上げて指をさした。
え? 一同がその方向を見つめる。
「陸奥教官?!」
「いや〜、なんと言うか、まぁそうだな」
陸奥は照れたように頭をかいていた。




