第275話 テスト操縦
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
「俺がヤツを引きつける。その間に、ゲルの子供たちを救出してくれ」
「おい、一人で大丈夫か?」
俺のひと言に、一緒に行動していた一人が日本語で問いかけてくる。
俺たちが乗る軍用ロボットは、子供たちが幽閉されているゲルの前に到着していた。もちろん、岩影に身を潜めてはいるが。
当時、ダスク共和国政府の腐敗は目に余るものがあった。政府の役人自らが、海外への違法ロボット売買に手を染めるなどはよくあることで、子どもたちを中心とした人身売買組織に加担している輩さえいる始末だ。
ダスクのジガ砂漠での新型ロボットのテスト操縦を考えていた俺にとって、政府との交渉はリスクが高い。恐らく断られることは無いだろう。だが、テスト結果のデータを要求されるか、もしくは盗まれることになりかねない。その頃開発中だったロボットとその素材は、世界の戦場に投入されれば革命的な変化をもたらす画期的な代物だった。もちろん、テロに使われるなどもってのほかである。そのため、軍用ロボットやそのパーツの違法売買に手を染めているダスク政府には、少しのデータも渡すわけにはいかない。
そこで考えた方法がこれだった。
反政府組織シャンバラに、傭兵として参加する。
シャンバラは反政府組織とは言え、通常のテロリストとは一線を画していた。彼らが 理想とするのは、国家中心主義であり、国家による悪を是とはしない。もちろん違法集団であることに違いはないのだが、国家による犯罪が横行するダスク政府よりリスクは少ないと、当時の俺は判断した。
そして今、俺達は政府高官の指示による人身売買の現場に到着したのである。今回の俺たちの任務は、今まさに売られていこうとしている子供たちの救出だ。俺たちが見張りのロボットを撃破した後、ヘリで子供たちをさらわれた村に送り届ける。親によって売られてしまった子供たちは、シャンバラが運営する孤児院へと連れて行く。もちろんその場所は、世間的にはシャンバラの影が見えないように注意深く経営されてはいるのだが。
「陸奥さんよぉ、新型か何か知らねえが、さっきの話聞いてなかったのかぁ?」
そうのんきに言ったこいつの名は後藤茂文、もちろん本名かどうかを俺は知らない。彼も俺と同様シャンバラに雇われた傭兵だ。ここでは仲間内からゴッドと呼ばれている。どうやらダスク人にとって後藤の発音は難しいらしく、いつのまにかゴッドと呼ばれるようになったらしい。
「相手はファイヤードラゴンだ。おめぇ、ドロドロに溶かされちまうぜぇ?」
ゴッドは、恐ろしく物騒なことをニヤニヤしながら言った。
ファイヤードラゴンは、当時世界中の戦場で最も恐れられていた最強の軍用ロボットだ。特殊なテルミット弾を打ち出すグレネードランチャーが、まさにドラゴンのような頭部、しかも口腔内に設置されている。テルミットとは、アルミニウムの粉末と酸化した金属粉の混合物のことを言う。これに点火すると、爆発的なテルミット反応が引き起こされ、およそ2500度の高熱で燃え上がる。鉄の融点は1538度だ。鋼鉄製のロボットでさえ、たった一発でドロドロに溶けてしまう。
「あの炎にさえ当たらなければ、まぁなんとかなると思うぜ」
後藤の口調は、相変わらずのんきだった。
当たらなければ、テストにならないんだけどね。
その時の俺は、そう思いながらも、全く恐怖を感じていないわけではなかった。もちろん実験室でのテストはクリアしている。武器として手にしているロボット用特殊警棒、左腕に装備している盾、そして機体の一部にも採用された材質は、新しく開発された超硬合金だ。鉄やステンレスよりも硬く、ダイヤモンドに次ぐ硬さを誇っている最新の合金である。テルミット反応の温度はおよそ2500度。超硬合金の融点は2900度だ。理論上、そして実験室ではテルミット攻撃を防ぐことに成功している。だが、実戦では何が起こるか予想ができない。俺の想定外の何かが起こらないとは限らないのだ。
「俺は神様じゃないんでね、ゴッド」
俺は苦笑しながら、無線には聞こえない小さな声でそうつぶやいていた。
「センセ、それでどうなったんですか?!」
両津の声に、生徒全員が無言になる。
一様に心配げな表情だ。
「今ここに、生きてる俺がいるんだ。結果は分かるだろう?」
陸奥が自分の胸をパンパンと叩き、ニヤリと笑みを浮かべる。
「勝ったのか、すごいぜベイビー」
会議室に、安堵の色が広がる。
「その時にテストした機体が、泉崎のお姉さんが乗ってるキドロのプロトタイプだ」
これまで、姉にしか意識が向いていなかった奈々だったが、姉が活躍する影には、こうしてそのロボットを開発したり、メンテナンスをするなど多くの人たちがいる。奈々の心に、初めてそんな思いが広がっていた。
「だから英雄なんですわね」
「確かに英雄ですぅ」
奈央と愛理が感心するようにうなづいた。
「でも、なぜ伝説なんですか?」
「それは俺にも分からん」
奈々の問いに、陸奥が苦笑する。
「おおかた、酒の席で盛り上がって付けたんだろう」
肩をすくめる陸奥。
「でも陸奥教官、たくさんの子供たちを助けたんでしょ?」
「まぁ、そうなるな」
陸奥はひかりに、少し照れたような笑顔を向けた。
「伝説の英雄だ!」
ひかりの目が憧れに変わる。
「えーゆー!えーゆー!」
なぜかマリエもはしゃぎ始める。
「携帯!携帯!」
「ひかり、どうして携帯なの?」
「だって英雄だもん!」
ひかりの答えに、聞いた奈々はもちろんその場にいるほぼ全員が首をかしげていた。




