第270話 お茶の時間
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
「センセ、このパン……なんて言うんやったっけ?」
両津が首をひねると、ひかりがすかさず答えを出す。
「総決算!」
「何それ、スーパーの特売?」
「ううん、これの名前!」
ひかりがテーブルのカゴに用意されたパンを指差す。
「これはクロワッサンよ」
「そう、それや!このクロワッサン、食うてもええんですか?」
両津だけではない。生徒たち全員が、南郷に視線を向けていた。
「君ら、そんなに腹ペコなんか?」
「ペコペコです!」
全員がユニゾンで答える。
「ぽこぽこです!」
「ひかり、お腹がぽこぽこって何よ?」
「タヌキだよ、奈々ちゃん!」
そう言いつつ、自分の腹をバンバンと叩く。
「どやさ!」
「それはまた別の人でしょ!」
どんどん話がズレていく!
両津はちょっとあせって南郷に視線を向けた。
「ボクら、三時のおやつ、まだ食うてませんねん!」
「え? 三時のおやつって、みんな教習所でそんなの食べてないでしょ?」
久慈が首をかしげる。
「久慈教官!」
突然ひかりがビシッと立ち上がり、キレイな敬礼をした。
「は、はい」
「両津くんは毎日、授業中にこっそりお菓子を食べているのでありまする!」
「ありまする」
マリエが復唱する。
「両津くん、それ本当なの?」
「いや〜何と言うか、それよりも今はこの総決算の方が気になると言うか」
「クロワッサンよ」
奈々が淡々と突っ込んだ。
「クロワッサンも総決算も、おいといて」
南郷が肩をすくめながら言う。
「この会議室にある食いもんは全部、自由に食うてええことになっとる。飲みもんもそうや」
やった!
生徒たち全員が歓声を上げ、一斉に動き出す。
部屋の端にあるキッチンスペースに、何が用意されているのかを確認するためだ。
そこからは早かった。奈央の仕切りで全員分の紅茶を入れていく。
実家では、毎日のお茶の時間を欠かさない彼女の手際は実に見事だ。
キッチンスペースにあるポットの沸騰スイッチをオンにする。温度設定のない電気ポットは、たいてい80℃を保つようになっている。だが紅茶を美味しく抽出するのに適した温度は95℃以上だ。紅茶の風味を構成する大切な成分タンニンが、茶葉から溶け出してくるのが95℃以上。そしてカフェインが80℃から出てくるため、95℃以下の温度だと、カフェインばかりが強く出てエグミのある紅茶になってしまう。つまり、おいしい紅茶のためには、お湯を沸騰させることが最低条件なのである。
保温機で温めてあったティーポット三つに、アールグレイの茶葉を入れていく。黄金の缶が目印、フランスの高級食料品店フォションの逸品だ。一方のティーポットとティーカップ&ソーサーも一流品だ。白地に金の縁取り。美しいブルーの火の鳥が描かれたそのシリーズは、ウエッジウッドのフェニックス。英国バーラストンの工場で、熟練の職人によりひとつひとつ手作りされ、命を吹き込まれた超高級品である。
「とってもキレイなカップですぅ」
愛理が憧れの目を奈央に向けている。
彼女は特撮やアニメだけでなく、女性としても愛理の憧れになりつつあった。
「キレイでも汚くてもええから、はよ飲も!」
両津が急いでポットのひとつに手を延ばす。
「両津さん、そのポット、25万円しますわよ」
「うげっ!」
両津があわてて手を引っ込めた。
「カップの方は、一脚7万5千円です」
「たっか!」
「みんな気をつけて飲まないと、割ったら君が弁償だぜベイビー」
全く気をつける様子もなく、正雄がニヤリと両津を見る。
「棚倉くんが割ったら、ボク、弁償なんかせぇへんからな!」
その時、キッチンスペースを物色していた心音がパッと振り返った。
「おいしそうなクッキー、見つけたわ!」
再び生徒たち全員の歓声が上がる。
同時に、教官たち全員が顔を見合わせた。
実はたった今、生徒たちがおかれている現状についての話を終えたのだ。
大統領と総理が言っていた侵略について。
それに対抗するため、人類が開発している技術がダイナギガと呼ばれていること。
そして、それをコントロールできる可能性があるのは、ここにいる生徒たちだけなのだと。
もちろん、その中で考えられる危険についても。
だが、その話を聞いた直後だと言うのに、彼らはいつもと変わらない。
「陸奥さん、俺ら心配しずきやったんかもしれんなぁ」
南郷を含め教官の全員が、ちょっと複雑な表情をしていた。




