第27話 状況報告
「超機動伝説ダイナギガ」が今年(2023年)なんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
パトロールロボット暴走事件が一息ついてからおよそ二時間後、情報システム部の三人は、医務室横のドクターの研究室に来ていた。
今回もメンバーは同じだ。三人の他にはドクターと船長が席についている。ドクターはノートほどのサイズのPADで、何かの資料に目を通している。船長は険しい表情で口ひげをなでていた。困った時によくやる、彼のクセだ。テーブルではカップから、紅茶のいい香りが立ち上っている。しかし誰一人として、口をつけていなかった。
今回のミーティングは、例のロボットの暴走を含め、それぞれの分野でこれまでに分かったことを報告するのが主な目的である。
「さて、まずは情報システム部からお願いする」
船長があかりたちを見渡した。
「ロボット暴走の件ですが、保安部からの報告書はもうお読みになりましたか?」
あかりが船長とドクターに目を向ける。
「うむ」
うなづく二人。
「では状況はご存知ですよね」
「そうだな。何があったのかは知っている。だが、あれの原因は何なのか、何か分かったのかな」
あかりを含め、三人が首を横にふった。
「さすがにあれからまだ二時間ですので、原因が判明したとは言えない状況です。ただ……推測でしかありませんが、今後の調査の指針は見えてきたのかもしれません」
残念そうな声音であかりがそう言うと、正明が手を挙げて話し始めた。
「えっと、本当にまだ推測の域を出ないのですが、あのバッテンの目的って、機械を故障させることではなく、コントロールを奪うことなんじゃないかと……」
船長が少し驚いたような表情で、再び口ひげをなでる。
「今君は目的と言ったが、素粒子が何らかの目的を持って動いていると?」
正明は困ったような顔で続けた。
「もちろん、ボクだって馬鹿なことを言っているとは思います。でも事実だけを並べると、そうとしか思えないんです」
「以前ドクターが見せてくれたカタツムリの寄生虫、ロイコクロリディウムみたいに、何か目的がありそうだなって……」
結菜も自信なさげだ。
「今分かっている事実を報告すると、」
あかりは、少し乱れた髪を右耳にかけながら説明を始めた。
「あの素粒子は電子や陽子のような荷電粒子に近いのか、移動することで周りにある他の素粒子をイオン化するようです。そして、制動放射線のような電磁波も放射しています」
制動放射とは、荷電粒子が急に減速されたり進路を曲げられたりすると発生する電磁波放射のことだ。簡単に言えばX線である。
「それによる機械への影響は不明……まだそれぐらいしか分かっていません」
それに正明が付け加える。
「イオン化も、制動放射も、機械をコントロールするための行動かもしれないと、ボクは推測しています」
船長はいぶかしげにドクターを見た。
「ドクター、素粒子が意思を持って何かをしようとするなんてこと、あると思うかね」
「医学的、動物学的に見ても、あのサイズのものに意識や自我があるとは思えません。例えば、生物かどうかの判断さえ難しいウィルスですら、タンパク質の殻とその内部に入っている核酸による構造体です」
確かに、と一同はドクターの説明に聞き入る。
「細菌の50分の1程度の大きさのウィルスと比べても、素粒子はとんでもなく小さい。そのひとつぶの中に、そんな構造体があるとはちょっと考えられません」
「ウィルスは他生物の細胞を利用して自己を複製します。ですがこいつは、どうやって増殖しているのか全く不明です。もしかすると通常の素粒子のサイズの中に、なんらかの構造体を含んでいるのか……」
ドクターはそこで一息ついて、一同を見回す。
「と、言うのが普通の考え方です」
「と言うと?」
船長が身を乗り出した。
「実は人間の感染症、宇宙病とおかしな共通点があるんですよ」
そうだった。いわゆる宇宙病、袴田素粒子感染症群はこの素粒子が原因だと以前にドクターは言っていた。
「ウィルスなどと比べても恐ろしく微細なこれは、実は人間の脳に感染することが分かって来ました」
脳に?……皆の顔が不安に曇っていく。
「しかも大脳皮質いわゆる左脳です。知覚、思考、判断、意思、感情を司る部分で増殖するのです」
だから意識が混濁して、自分で判断ができなくなると言うのだ。ドクターは続ける。
「そして最近やっと分かってきたのは、人間に感染した場合、脳細胞の核の中に存在するX染色体と何らかの関わりがあると言うこと……形は似ていてもこんなに大きさが違うのに、一体どういう影響を及ぼしているのか……今の所こちらで分かっているのはここまでです」
「脳細胞ですか……」
正明がつぶやいた。
「それって、機械のCPU感染と同じなのかもしれませんね」
「今のところ、乗船前に乗組員全員に打ってもらったワクチンのおかげで、船内に宇宙病の感染者は出ていません」
ドクターのそんな言葉に安堵する一同。
「しかし、機械にはワクチンは打てないからね」
船長の一言で、再び場の雰囲気が暗くなる。
なんとか機械の感染を止めなければ。そう決意するあかりだった。




