第258話 気絶と睡眠
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
「コマンダー、しかし貸し切りってのも珍しいですね」
ひかりたちが乗るラピッドクラフトの操縦室で、MSが首をかしげた。
ミッションスペシャリスト、略してMSは、日本語では搭乗運用技術者と呼ばれる。ラピッドクラフトの全システムについての知識を持ち、そのシステム運用を行うほか、ロボットアームの操作、船外活動、さらには実験運用も行うなど、オールラウンドな宇宙飛行士と言える。この船には3名のMSがレギュラーで搭乗していた。
「そうですね。ここ10年はこの仕事をしてますが、政治関係以外での貸し切りというのは初めてですよ」
パイロットが、姿勢制御スラスターの数値を指差し確認しつつそう言った。
JAXAの種子島宇宙センターを出発してから約半日、現在の時間はコマンダー、パイロット、MSの三人がこの場所の担当だ。もうしばらくすると、パイロットと現在のMSは他のMS二人と交代することになっている。そして約半日後には、ISSに到着予定である。ちなみにISSまでのフライトでは、コマンダーに交代要員はいない。
「まぁこれも、政治的な仕事かもしれんぞ」
その言葉に、パイロットもMSも笑顔になる。
「それは無いでしょう。修学旅行の生徒たちと先生方ですよ? お金持ちの市立とかによくあるパターンじゃないですか?」
「そうですよ、コマンダー」
そんな二人の言葉に、コマンダーの顔が曇った。
「何かあるんですか?」
「いや、そういうわけではないんだが」
「なんだかうかない顔ですね?」
コマンダーはフッとひとつ息をはき、パイロットとMSに視線を向けた。
「ISSがらみで、最近変なウワサを聞いてないかね?」
「ウワサですか?」
顔を見合わせる二人。
「JAXAで小耳に挟んだのは、何か新しいプロジェクトが動いているとか何とか」
「あ、それなら聞いたかも。政治的に何か問題があるとかで、まだ極秘になってるとか」
二人は中空を見つめながら、記憶を探る。
「でも、それと高校生の修学旅行と、どんな関係があるのでしょう?」
「それは俺にも分からん」
コマンダーが正面モニターに顔を向ける。画面の下三分の一に美しい地球、その上には真っ暗な宇宙空間が広がっていた。
「彼らの学校はロボット教習所だ。しかも東京都が運営する都営だ」
「それが何か?」
「このフライトの要請は日本政府からのものなんだよ。しかも、どうやら防衛省がらみらしい」
「防衛省って、どうして?」
二人の顔に不安の色が浮かぶ。
「だがな、まだその先があるってウワサだ」
「その先?」
パイロットとMSの二人が、コマンダーの顔をまじまじと見つめる。
「あくまでもウワサだ。証拠があるわけじゃない」
コマンダーの声が、急に小さく沈んだ。
「どうも、アメリカの宇宙コマンドもからんでるらしい」
二人の目が、驚きに丸くなる。
アメリカ宇宙コマンドは、NSDC・国家宇宙防衛センターの部隊である。宇宙空間での軍事作戦を専門に担当する米軍の統合軍のひとつで、ドナルド・トランプ大統領が設立させて話題となったアメリカ宇宙軍を含む多岐にわたる実働部隊だ。宇宙空間における安全保障及び経済活動の確保、敵対勢力からの保護、戦力投入などが主な任務である。
「それって、話が飛躍しすぎじゃあ?」
「だから、あくまでもウワサだって言ってるだろう」
MSの驚きの声に、コマンダーは静かにそう言った。
「なんだか、きな臭いですね」
パイロットのその声は、不安のためにいつもより低くなっていた。
「ねぇねぇココちゃん、ココちゃんが気絶したのってどの訓練?」
なぜかひかりが嬉しそうな顔を心音に向けた。
「遠野さん、どうして楽しそうな顔なのよ!」
「だって、ココちゃんが気絶したらちょっと可愛いかもって!」
「そ、そんなこと言ったって、気絶なんかしてあげないんだからね!」
その言葉に大和が吹き出した。
「いやいや、わざと気絶なんかできないから」
「やってみないと分からないじゃない!」
「無理だって」
「見てなさい!今ここでやって見せるから!」
笑いが止まらない大和にそう告げると、心音は腕を組んで憮然とした顔で目を閉じた。
「いやいや、それは気絶じゃなくて睡眠だって!」
大和の笑い声が大きくなる。
「あのぉ」
愛理が首をかしげながら奈央に視線を向けた。
「愛理ちゃん、どうしたのです?」
「気絶と睡眠て、何が違うのですかぁ?」
「なんだか哲学的な質問ですわね」
物知り博士の奈央も、少し首をかしげた。
「睡眠なら餃子が好き!」
ひかりが、とてもうれしそうにそう叫んだ。
「それは珉珉!」
「両津くんが女の子にかけようとする」
「催眠!」
「かけてへんわ!」
「それで女の子たちに怒られてバタンキュー!」
「永眠!」
「死んでへんわ!」
「はいはい、あまり騒がない」
美咲から叱責の声が飛ぶ。
「あの山下先生、気絶と睡眠て、どう違うのですかぁ?」
愛理が美咲に視線を向けて首をかしげた。
宇宙船の副長だった美咲は、基礎的な医学知識を身につけている。特に、宇宙空間での気絶という危険極まりない現象については十分理解していた。
「気絶というのは、脳への血流の減少によって突然意識が無くなることです。気絶状態に陥ったら、カラダの姿勢を保つことができず、全身の力が抜けてしまう。そして呼吸が浅くなったり脈が弱くなったり、カラダが冷たくなることもあります」
「でも、眠っている時も、力が抜けたりとか、同じじゃないんですか?」
愛理が再び首をかしげた。
「簡単に言うと、気絶は睡眠と違って、意図していない時に突然意識を失うってことかな。だからとても危険なの」
「危険?」
「例えば、宇宙で船外活動中に気絶なんかしてしまったら……」
「こわっ!」
両津が、自分を抱きしめる仕草をしながら叫んだ。
「あんたのギャグが寒すぎて、こっちが気絶だよ!」
「ひかり、またキツくなってるわよ」
「あれれ?」
そのやりとりに苦笑しつつ、美咲は真面目な目で生徒たちを見渡した。
「みんな、深夜にゲームをしている時や動画を見ている時、寝落ちすることはないかしら?」
「ありま〜す!」
なぜか元気いっぱいに答える一同。
「それは気絶である可能性があるから、注意するのよ。睡眠不足や過渡のストレスが気絶を招くことがあるの。あと怖いのは低血糖ね」
「低血糖?」
また首をかしげそうになる愛理に、陸奥が声をかけた。
「大丈夫だ。ISSに着いたら、そんなことも含めて、宇宙で活動するための注意事項をしっかりと学んでもらうからな」
「ええ〜?! 修学旅行なのに勉強するんでっか?」
「学問を修める旅行が修学旅行だろ?」
両津の抗議に、陸奥は悪い笑顔でそう答えた。




