第251話 スーティーツァイ
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
謎の男たちの内、二人が地面に倒れていた。どちらもビクリとも動いていない。夕梨花と葵に単独で襲いかかった男二人は、それぞれ反撃を受け完全に気を失っていた。こうなると二対五の状況だ。
「泉崎さん、さすがですね」
「キサマもな」
二人は背中合わせのまま、とり囲む五人の男たちを睨み返す。
その時二人の耳に、何かが近づいてくる音が聞こえ始めた。車のエンジン音だ。
「新手か?!」
「泉崎さんのお仲間ではありませんの?」
葵の問いに、夕梨花はかぶりを振った。
「いや、私の無線は妨害されている。連絡も取れないし、GPS信号も見失っているだろう」
「そうですか、それは残念です」
バリバリと砂利道を踏むタイヤの音を響かせて、先ほどと同型の黒塗りの車が二台、夕梨花たちの近くまで乗り入れ、停車した。
そして勢いよくドアが開かれると、それぞれ数人の男たちがぞろぞろと姿を表した。
「まずいな」
夕梨花の視線は、その男たちの右手を素早くチェックする。
トカレフだ。
新手は8人、その半数の手にトカレフT-33が握られていた。
「チッ、ここまでか」
夕梨花がそうつぶやいた時、葵の小さな笑い声が聞こえた。
「泉崎さん、私にしっかりつかまっていてくださいませ」
「え? どういうことだ?!」
葵はその問いには答えず、いきなり胸元から何かを取り出し、目にも留まらぬ速さで地面に叩きつけた。
ドーン!
大爆発だ。ガソリンを燃やしたかのような巨大な炎が上がり、一帯に黒煙が勢いよく広がる。男たちは炎と煙を避けようと目を閉じ、炎から顔を背ける。
「熱っ!」
「なんだ?! 何が起こった?!」
「煙で何も見えません!」
まさにパニックである。
炎から逃げる者。煙に咳き込む者。夕梨花たちを逃がすまいと、闇雲に両手をふりまわす者。ただ、素人ではないらしく、この状況ではさすがに発砲する者はいない。
そしてその煙が消えた時、夕梨花と葵の姿は、この場からこつ然と消え去っていた。
「火とんの術か?」
「何とでも呼んでください」
そう言うと葵がクスクスと笑う。
「もう降りても大丈夫ですよ?」
「あ」
爆発を避けて現場を飛び出す時、葵はうむを言わさず夕梨花を背負ってジャンプしたのだ。なので今もまだおんぶ状態である。
「す、すまない」
夕梨花が葵の背から降りる。
「やつら、まだ追って来るかもしれません。早くこの場を離れましょう」
「そうだな」
二人は広大な緑地を抜けるべく、高田馬場方面へと走り出した。
「まぁ、おかけください」
ドルジは、ポカンと突っ立っている後藤に声をかけた。
白い土壁を模した美しい部屋に、エキゾチックな家具や調度品が並んでいる。
「いやなぁ、まさかダスクの大使館に連れて来られるとはなぁ、さすがの俺もちょっと驚いちまったぜ」
後藤が肩をすくめた。
「私が、ダスク共和国国軍の資材調達課長であることを、信じてもらわないといけませんからね」
ドルジがニッコリと笑顔を後藤に向けた。
それに気をとめることもなく、後藤は部屋を見渡した。壁や調度品にはいたるところに「ウルジーヘー」の模様が描かれている。
モンゴルではどこへ行っても見かけるこの模様は、太古の昔にダスクへも伝わった文化である。ウルジーヘーは、結び目を用いた文様であり、その一筆書きで描くことができる特徴から、連続する無限を意味する。つまり、愛、調和、繁栄、長寿、多幸が終わりなく永久に続いていくことを表すシンボルなのだ。このウルジーヘーが描かれている物を持っていれば、様々な幸運を授かることができると考えられており、ダスクでは数ある文様の中でも最も人気があり、広く使用されている。
そう言やぁバータルとボルドも、ロボットの機体にこのマーク、描いてたよなぁ。
後藤の脳裏に、懐かしい顔が浮かんだ。
「とりあえず、そちらのソファーに」
後藤はハッとして、すすめられたソファーに腰を下ろした。
「あのよぉ、話の前にひとつだけ、聞いてもいいかなぁ?」
「どうぞ」
後藤は部屋をぐるりと見回した。
「この部屋、隠しカメラとか、盗聴器は大丈夫かぁ?」
ドルジが不敵な笑いになる。
「我が国は対立している国家や組織が多いのはご存知ですよね?」
「ああ、ご苦労さまなこったぜ」
「なので、そこは徹底的に管理しています」
その言葉に、後藤がニヤリと笑った。
「敵とは言ってねぇ。俺みてぇな来客を調べるために、あんたらが仕掛けてるってこともあるんじゃねぇのかぁ?」
ドルジも後藤同様に、ニヤリと笑う。
「それを肯定することはできませんが」
「否定もできないってか? おめぇら、相変わらず喰えねぇなぁ」
ガチャリと大きな音が響き、重そうな扉が開いた。
「お茶をお持ちしました」
モンゴルの民族衣装デールの女性が入ってくる。
真っ赤なデールが似合ったダスク美女である。
「お、スーティーツァイか?」
「正解です。私、毎日これを二リットルは飲まないと我慢できませんので」
スーティーツァイは別名モンゴルミルクティーとも呼ばれる。中国・チベット・モンゴル地方などでよく飲まれるレンガ茶(紅茶・緑茶などをれんが状・円形などに蒸しかためたも)を削って煮出し、ミルクを入れたお茶だ。喉の渇きを解消する他に、ダスクでは栄養の補給にもなると信じられている。
「ちょい塩味がきいてて、いいスーティーツァイだな」
ひとくち飲んだ後藤が、うまそうな表情をドルジに向けた。
「恐れ入ります」
「さて、落ち着いたことだし、色々と聞かせてもらおうじゃねぇか」
部屋に、ダスクメイドが二杯目のスーティーツァイをつぐ音だけが響いていた。




