第242話 大切な仕事
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
桜庭純也は緊張していた。若くして部長職に就いたとはいえ、若干まだ38歳だ。体育会系と言われるロボット業界ではまだまだ若造である。しかも今彼が立っているのは、自社の会長室の前だ。朝礼などで何度か顔を合わせたことはあるが、会長と二人だけで話したことはない。その会長から直々に呼び出されたのだ。自分はいったい何をしでかしてしまったのかと、内心の不安はどんどん大きくなっていく。
二回ノックをする。
「桜庭です!」
「入りたまえ!」
中から、実に元気そうな会長の声が聞こえた。90歳を超えているとは思えない、若々しさに溢れている。
「失礼します!」
その元気さに負けないよう大声で返事をすると、桜庭は会長室のドアを開け、その中に足を踏み入れた。そこには会長と会長秘書の女性、そして一人の見慣れない男がソファーに腰を下ろしていた。
「紹介しよう」
会長が桜庭を手招きする。
ソファーの男はスッと立ち上がり、小さく頭を下げた。華奢な、だが弱々しくはない若い男だ。まだ20代後半ではないだろうか? 吸い込まれそうに深みのある黒いスーツ姿だ。朱色のワンポイントが入ったネクタイが無ければ、まるで喪服のようである。
「彼が桜庭純也。まだ若いが、我社が誇るその道のホープだ」
黒スーツの男が名刺を差し出す。
「霧山グループで、霧山宗平の第一秘書を努めています、佐藤です」
彼が差し出した名刺には霧山グループのロゴと、第一秘書、佐藤・テムーレン・真司、とある。
「あ、桜庭純也です、あの、こういうことだとは思わなくて、名刺を持ってきていなくて」
あわてる桜庭に、佐藤と名乗った男は微笑みを向ける。
「大丈夫です。あなたのことは、花菱会長からうかがっていますので」
「はぁ」
桜庭は、フォアフロント部の部長である。最先端のロボット部品の開発から販売までをカバーする、社内一の稼ぎ頭と言われている。しかも複数の部門にまたがるプロジェクトを立ち上げたり、その舵取りをする部でもある。つまり、社内の状況を最も把握している部所だとも言えた。それを取り仕切るには柔軟な若い考えが必要だということで、桜庭が抜擢されたのだ、と、社内では囁かれている。だが、桜庭本人はそうは思っていない。
俺なんかにそんな能力は無い。
社長の意を伝えるためのお飾り、人形なのだろう、と。
「実はね桜庭くん。君にちょっと頼みたい大切な仕事があってね」
桜庭は驚きに目を見開いた。
会長から直接指示される仕事っていったい?
これまでに例のない事態に、少々うろたえてしまう。
「あの、私、何をすれば?」
「それは、こちらの佐藤さんから聞いてくれたまえ」
佐藤がニッコリと桜庭に視線を向ける。
「はぁ」
「では、こちらにお掛けください。今回お願いしたいことについて、詳しく説明させていただきます」
佐藤の手招きに従い、桜庭はソファーに腰をおろした。
桜庭はスマートホンの地図を確認した。
待ち合わせの場所は、新宿の椿屋珈琲店だ。その名前は聞いたことはあるが、彼にとっては無縁の場所である。そのため、指定場所にたどり着くにはスマホに頼る他ない。
「……ここだな」
道にはみ出した縦長の看板を確認すると、桜庭は店内へと続く幅広の階段を昇る。
この階段、ちょっと急だなぁ。
若い頃から理工系で、運動やスポーツに縁のなかった桜庭は、35歳を超えたあたりから自分の体力に限界を感じ始めていた。例えば駅やショッピングモールなどでは絶対に階段は使わない。エスカレーターやエレベーターを探すのだ。なにしろ、たった一階を昇るだけで息切れしてしまう。
そんな彼に示されているのは三階席だ。
「三階で待ち合わせです」
彼はそう店員に告げると、重い足を三階への階段に踏み出す。
こりゃ、明日は筋肉痛だなぁ。
いいかげん運動しないとなぁ。
ジムにでも通うか? いや、そんな金は無いかぁ。
そんなことを考えながら三階に到着すると、フロアの奥の席で誰かが彼に手を振っていた。事前に見せられた写真の人物に違いない。
桜庭は小さく頭を下げると、そのテーブルへと歩を進めた。




