第241話 商談
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
桜庭は椿屋珈琲店の入口階段を昇ると、二階で店員らしき女性と何事か言葉を交わし、そのまま三階への階段を登って行った。どうやら二階は満席らしい。
実は現在椿屋珈琲店は、外国人観光客に大人気なのである。喫茶店と言う日本独自の飲食店であること。その内装が、明治から昭和をイメージさせるレトロなデザインであること。そして新宿というにぎやかな街の中にあって、とても静かで落ち着いた空間であること。それらの魅力がガイドブックやSNSなどで紹介され、外国人観光客の間で空前の大ブームとなっている。しかもそれにプラスして、レトロな内装が「映える(ばえる)」ということで、インスタ好き女子高生の間でも人気になっている状況だ。なんと平日の夕方などは、入店するのに女子高生に混ざって並ぶことになるという謎空間になっていた。
桜庭が上がった三階は、二階よりは確実に空席があった。その理由は分からないが、一説によると、階段を上がるのは2階までで、三階になると極端に客足が減るとも言われている。
三階の入口に桜庭が姿を表わすと、奥の四人席でコーヒーを飲んでいた男が彼に手を振った。桜庭は頭を少し下げると、その男の席へと向かう。
夕梨花と後藤は、その二人からテーブルをひとつはさんだ並びのテーブル席に腰を下ろした。さすがに話している内容は聞こえないが、その様子をうかがうにはじゅうぶん近い距離である。
「いらっしゃいませ」
夕梨花たちの席に、一人のメイドが注文を取りにやって来た。
テーブルに、二人分の水とおしぼり、そして大判のメニューを開いて置く。
黒いワンピースだが、秋葉原のメイド喫茶とは違い、くるぶしまである上品なロングスカートだ。真っ白なエプロンにはホコリ一つ見当たらない。あまり知られてはいないが、椿屋珈琲店の三階では、この上品なメイドたちが給仕をしてくれる。混雑した二階では味わえないちょっとしたぜいたくである。
「深煎りブレンドを」
夕梨花がメニューも見ずにそう注文した。
「へぇ、お嬢ちゃんは結構来慣れてるのかよぉ」
そう言うと後藤はじっとメニューを見つめる。
「じゃあ俺は、芳醇ブレンドってのをいただこうかなぁ」
「かしこまりました」
メイドはメニューを手に、バックヤードへと去っていった。
二人は、視線を向けないように注意しつつ、桜庭の様子をうかがう。
彼は何かカタログのようなものをテーブルに広げ、先に到着していた男に何事かを説明しているようだ。
「商談みたいに見えるよなぁ」
後藤がポツリとつぶやいた。
「合法ならいいんだけど」
夕梨花が皮肉な笑顔でそう言った。
彼らが注文したコーヒーは、実にいい香りをテーブル周りに広げていた。
香ばしく、まさに芳醇と言っていい香りが鼻孔をくすぐる。
後藤は注文した芳醇ブレンドをひとくち、口に含んだ。
「ほう、こりゃうめぇぜ。て言うか、この値段だと、俺みたいな味の分からない男でも、旨く感じるもんだよなぁ」
後藤の芳醇ブレントは一杯1210円、夕梨花の深煎りブレンドは1100円だ。
ふた口目をごくりと呑み込んだ後藤は、いぶかしげな目で夕梨花に視線を向けた。
「ところで相手の男、日本人かぁ?」
「どうやら違うみたいね」
「東南アジア系にも見えねぇが……アラブ系か? それともモンゴル?」
後藤の脳裏に、ダスク共和国のジガ砂漠の砂塵が浮かんだ。
まさかなぁ。あんなところから、わざわざ日本にまで来るかぁ?
だが後藤には、その男は見慣れた顔つきに見えた。ジガ砂漠で一緒に戦った反政府組織シャンバラの戦士、バータルやボルドと同系統の顔なのだ。
だがチラチラと断片的に聞こえる会話では、その男は流暢な日本語を使っているように思える。もしそうなら、滅多にいない人材なのかもしれない。
しかし日本にいるダスク人だとすると、身元を洗うのに大して苦労はしないだろう。
東京にいるダスク人の数などたかがしれている。大使館に要請すればすぐに、その全員の情報が手に入るに違いない。
「もしかすると、ダスク人かもしれねぇ」
うめくような後藤の言葉に、夕梨花は気付かれないように男に視線を向けた。
「ダスクだとすると、まさかシャンバラが関わっていたりしないわよね?」
「それは分からねぇ」
シャンバラは、ダスク共和国政府に反旗をひるがえしている反政府組織だ。その行動は全てが悪事だとは言えないが、非合法活動には違いない。
「相手が2つのテロ組織になると、ちょっと厄介ね」
夕梨花が小さくため息をついた。
「いや、もしシャンバラが関わっているとすると、俺にはコネクションがある」
夕梨花の目が丸く見開かれる。
「そんな顔しねぇでくれよお嬢ちゃん。今も仲間ってわけじゃねぇ。でも、情報源はあるってことさ」
「分かった。その言葉を信じよう」
「ありがとうよ」
しかしシャンバラが日本にまで手を伸ばしているとは、後藤は聞いてはいなかった。
確かに、ベトナムあたりに支部を作る、なんてウワサはあったのだが、後藤の調査ではそれはデマだった。
まさか、それが日本だったとでも言うのか?
後藤の頭の中で、様々な憶測が浮かんでは消えていく。
「ゴッド、動いたぞ」
夕梨花の声に顔を上げた後藤の目に飛び込んできたのは、立ち上がって頭を下げている桜庭だ。そしてそのまま手を振って、二人は別れようとしていた。
「どうする?」
「ゴッドはあの外国人を追って。私は桜庭を追う」
「了解だ。あと、」
「なんだ?」
「ここの支払いは、おごってくれよなぁ」
後藤がニヤリとした笑顔を夕梨花に向けた。




