第235話 ロボットの笑顔
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
「声って、どんな風に聞こえるの?」
美咲の声はとても優しい。
ひかりのこれまでの経験では、こんな場合、頭ごなしに否定されるか嘲笑されるのがオチだった。だが、この新任教師はそうではないようだ。
山下先生、信じてくれたみたい。
ひかりは安堵の息をついた。
「声と言うか……言葉として聞こえるんじゃないんですけど……頭にふわって浮かんでくると言うか」
ひかりがマリエに同意を求めるような表情を向ける。
「うん。私もそんな感じ」
マリエが小さくうなづく。
「ずっとお話してるんじゃなくて、必要な時にアドバイスをくれたり、私から話しかけると返事してくれたり」
「うん。私もそんな感じ」
マリエがコクコクと首を縦に振る。
ふむと、美咲は何かを考えるかのように、一拍の間を開けた。
「お話できるのはロボットさんだけ?」
「ううん、ロボットじゃない機械さんでも、お話してくれる子もいます」
「いるいる」
「例えば、これまでにお話した機械って、どんなものがあるのかな?」
美咲の問いに、ひかりとマリエが並んで首をかしげる。まるで相似形だ。
「あー!この前、人間の尊厳に関わった時だ!」
「それだ」
ひかりがぴょこんとはねた。
「なんだか大げさな話ね。人間の尊厳?」
「そう!奈々ちゃんが、大人になって漏らしたりしたら人間の尊厳が崩壊するわよ、って」
「そーかい」
マリエの言葉に南郷が反応する。
「おい今の、崩壊のダジャレでそーかい、て言ったで。やっぱりマリエ、遠野に似てきとる」
「確かにそうかもしれませんね」
陸奥と久慈もうなづいた。
「それで、人間の尊厳がどうしたの?」
「そう!人間の尊厳を崩壊させないように、頑張ってトイレを探したんです!なのに、ドアに鍵がかかってて」
「ひかりピンチ」
「その鍵の番をしていた機械さんに、人間の尊厳がヤバいからここを開けて!ってお願いしたら開けてくれました」
ニッコリと笑うひかり。まさに今、人間の尊厳が守られたかのような笑顔である。
「あ、それって」
何かを思い出したのか、久慈がハッとしてひかりとマリエに視線を向ける。
その時、久慈は数日前の出来事を思い出していた。宇宙ステーションセンドラルの破片が、この教習所を襲った日のことである。
「第5格納庫07扉のセキュリティが破られました!」
対袴田素粒子防衛線中央指揮所で、コンソールに向かっていた一人の男性所員が叫んだ。
「侵入者か?!」
雄物川の問いに、久慈が答える。
「今あのフロアには生徒たちが避難しています。おそらく、生徒の中の誰かではないかと。ロボットに乗ったまま、待機を命じておいたのですが」
「あそこのセキュリティを破れる者がいると言うのかね?」
あの時なぜ電子ロックが開いたのか。それはいまだに解明されていない。
まさかそれが、ひかりが電子ロックにお願いしたからだと言うのか?
「鍵を開けてってお願いしたら、電子ロックは何て答えたの?」
再び小首をかしげるひかり。
ちょっと考えてから口を開く。
「答えたと言うか……笑顔が見えますた!それでガチャリって鍵が開いたんです」
「あ」
マリエが何かに気づいたように声を漏らし、ひかりに視線を向けた。
「私も機械とお話する時、よく笑顔を見る気がする」
「いっしょだね、マリエちゃん!」
「うん、ひかりといっしょ」
「あ、それってもしかして、バイタルサイン?」
「そう」
ひかりとマリエ、二人だけで盛り上がり始める。
「ごめんなさい、そのお話は後で詳しく聞かせてね」
ちょっと混乱したような表情の美咲は、ここまでの二人の証言をまとめていく。
「遠野さんもマリエさんも、ロボットや機械とお話ができる。それは声が聞こえるんじゃなくて、笑顔が見えたりする。ということは……言葉じゃなくて、機械の心が分かるってことかな?」
「きっとそうです!」
ひかりがそう叫ぶと、マリエが大きくうなづいた。
「ありがとうございました」
まだ20代後半に見える男性が、頭を下げて診察室を出ていった。
ここは国連宇宙軍総合病院にある素粒子内科の外来診察室だ。研修医の三田大輔と、彼の指導医である長谷川潤子の診察が終わったばかりである。
「また同じ症状ですね」
「そうだな」
この数ヶ月、素粒子内科に回されてくる患者の症状が、非常に似通っているのだ。何かの声が聞こえる、機械から声が聞こえる、ロボットが返事をした。そう訴える患者が激増している。ただ、ありがたいことに、その患者たちの症状がより悪化したり、意識が何かに奪われるような事態は起こっていない。つまり、いわゆる宇宙病ではないと思われた。
「ここまで増えてくると、本当にロボットの声が聞こえてるような気がしてしまいますね」
大輔が肩をすくめる。
顔には苦笑が張り付いている。
「本当かもしれないぞ、青年」
潤子はいつも大輔のことを青年と呼ぶ。
やめてほしいと何度かお願いしたが、全く直してくれない潤子に、大輔はすでに諦めの表情だ。最近では看護師からも、青年先生!なんて呼ばれ始めている。なんだが自分が、夏目漱石の「坊っちゃん」のように思えて、呼ばれる度に恥ずかしくなる。まあ大輔は「坊っちゃん」がどんなストーリーなのか、全く覚えてはいないのだが。
「先生は、本当にロボットの声が聞こえている可能性があると思うんですか?」
潤子はニヤリとした笑いを、大輔に向けた。
「ああ。絶対に無いと証明されない限り、その可能性の全てを追求するのが科学者だ。それに……」
「それに?」
「その方が面白いじゃないか!」
潤子の満面の笑顔に、大輔は大きなため息をついた。




