第229話 言葉遊び
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
カツカツ、キュッキュッ、コッコッ。
黒板に、南郷がチョークで美咲の名前を書いていく。
『山 下 美 咲』
そしてその隣にフリガナをふる。
この教室にはもちろん、最新の電子黒板が導入されている。だが、南郷は昔ながらのアナログ黒板が大好きだ。緑の黒板にチョークで書く文字こそ、勉強に一番いいし目にもいい、そう言い切ってはばからない。
『居眠りしとる生徒がおったら、ズビシッて投げられるしな!』
いつもそんなことを言っては、かっかっかと大笑いする。
だがそれは、生徒たちにはあまり評判が良くなかった。なにしろ南郷の書く字は、致命的に下手だったのだ。よくミミズがのたくったような字、なんて表現があるが、南郷の書く文字はそのミミズがダンスまで踊っているかのように判別不能なのだ。授業に必要なプリント作成にはパソコンが使われることは、生徒たちにとって救いである。
「南郷センセ、ぜんぜん読めまへん!」
両津の声に、教室が笑いに包まれる。
「心の目で見たら、ちゃ〜んと読めるんや!」
南郷が合掌して念仏を唱えるかのようなポーズを決める。
なんて無茶な反論だ?!
教室に再び爆笑が巻き起こる。
美咲は南郷の書いた文字に目を向けるとクスリと小さく笑い、黒板に近寄って白のチョークを手に取った。
そして、自ら名前を書いていく。まるでペン字の教科書のように美しい文字である。
「素晴らしい!まるで日ペンの美子ちゃんのようですわ」
「巫女ちゃん!」
奈央の感嘆の声に、ひかりは間違った反応をしていた。
「山下さんはロボット運転の教習は担当せぇへん。だから教官やなくて先生や。山下センセ、授業に関する説明を」
「はい」
美咲はひとつうなづくと、生徒たちに向き直る。
「私の専門は宇宙工学です。ここでは、他にも応用化学や宇宙での生活についても授業をする予定です」
「奈々ちゃん、宇宙だって!カッチョイイ〜!」
ひかりは立ち上がって、ぴょんぴょんとはしゃいでいる。
「ひかり、落ち着いて。授業中なんだから、ちゃんと座るのよ」
「は〜い」
ぴょんぴょんはねていたひかりが、そのままスポンと椅子に座った。
火星大王の動きといい、普段の身のこなしといい、遠野さんは運動神経がいいのか悪いのか分からへんなぁ。
両津は首をかしげていた。
「先生!」
その時正雄が、勢いよく手を挙げた。
「えっと、棚倉くんね」
教室に驚きが広がる。
この先生、初めてここに来たというのに、生徒たちの顔と名前が一致しているのだろうか?
「俺のことはジョニーと呼んでくれ!」
「マイトガイのジョニーくんね」
「正解だ!」
名前の件で正雄と会話が成立した!
それだけでも驚きなのに、正雄のあだ名や別名まで知っているとはと、生徒たち全員だけでなく南郷も目を丸く見開いていた。
「山下さん、めっちゃすごいですな」
「いえ。ベッドの中はとても退屈でしたから」
そう言って美咲は、南郷に柔らかな笑顔を向けた。
「べ、ベッドの中って!山下先生は南郷教官と、そんな仲やったんですか?!」
両津が飛び上がるような驚きで声を上げた。
「そんな仲って、どんな仲なんですかぁ?」
愛理がとても可愛く小首をかしげる。
「それはね愛理ちゃん、都会から遠く離れたへんぴな所のことだよ」
「それは片田舎!両津くんが言ったのはそんな仲!」
「80年代の日本映画!」
「蔵の中!」
「あらまぁ、とてもマニアックな映画が出てきましたわ」
「この話は結末が見えません!」
「藪の中!」
美咲が南郷に、困ったような視線を向けた。
「いやぁ、こいつらいっつもこんな感じなんですわ。ダジャレ好きと言うか……関西人でもないんやけどなぁ」
南郷は、ふぅッと息を吐くと苦笑した。
「お前ら、もうそれぐらいにしとき。山下センセ、混乱してはるやないか」
「すんまへん!」
ひかりが、絶対に間違っているイントネーションで関西弁を発した。
教室が大爆笑に包まれる。
「遠野さん?」
「はいっ!」
美咲の呼びかけに、ひかりは飛び跳ねるように立ち上がる。
そしてなぜかビシッと敬礼していた。トクボ部ゆずりの例のやつだ。
「遠野さんて、耳がとてもいいとか、聴覚が敏感だとか言われたことはない?」
「へ?」
何を言われたのか全くわからないという、呆けた表情のひかり。
「それや!それや!ボクも似たようなこと思っててん!」
両津が興奮気味に、だが他の誰にも聞こえない小さな声でそうつぶやいた。
「それはどういうことです?」
南郷が不思議そうな視線を美咲に向ける。
美咲は南郷に近づくと、生徒たちに聞こえないように小声でささやいた。
「実は、アイくんに聞いたことがあるんですけど」
南郷の表情が急に真面目な色をおびる。
「素粒子に感染すると、音に対して過剰に敏感になることがあると」
南郷が目を丸くした。
「山下さんもそうなんでっか?」
「はい。感染前に比べると多少、という程度ですけど」
南郷がひかりの方に視線を向ける。
ひかりを中心に、まだ生徒たちはさっきと同様の言葉遊びを続けていた。
「あのダジャレに、そういう意味があるんやろか?」
「分かりませんが、ダジャレと言うより音、発音に反射的に反応しているように感じるんです」
そう言うと美咲も、言葉遊びが果てしなく続いているひかりと奈々に目をやった。




