第193話 お帰り、愛菜
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
真っ黒な空間を、白く細長い物体がゆっくりと進んでいる。
宇宙の大半は、人間には見えない物質・ダークマターと、真空に蓄えられた謎のエネルギー・ダークエネルギーで構成されている。星や我々を作っている物質は約4%、ダークマターが約23%、そして73%がダークエネルギーだ。
ロシアの宇宙船・ソユーズMS-32が、ダークマターとダークエネルギーをかき分けるように進む先にはISS・国際宇宙ステーションがあった。秒速約7.7km。時速に直すと約28,000kmで地球を回っているそれに、軌道と速度を合わせていく。その全てをコントロールしているのは、クルスと呼ばれる自動ドッキングシステムだ。コンピューター制御のオートパイロットのため、乗員もISSのクルーも、その様子を眺めているだけで良い。
NASAはスペース・シャトルの引退後、ISSへの宇宙飛行士の輸送はロシアのソユーズに頼っている。2009年末からだ。NASAはロシアからソユーズの座席を購入し、NASAや日本、欧州、カナダの宇宙飛行士に割り振っている。ちなみにソユーズの座席は一席で片道9030万ドル(約138億円)である。
ソユーズがISSのドッキングポートに近づいてくる。
ドッキングポートでは、クルスがコントロールするロボットアームが4つ、ソユーズを待ち構えていた。そのマニピュレータがソユーズをしっかりと掴む。
ガゴン……。
宇宙空間に音は響かないが、ISS内に小さな衝撃音が聞こえ、ソユーズはISSとドッキングした。
「おみやげあるわよ」
愛理の母、素粒子物理学者の伊南村愛菜は、宇宙服からISSのユニフォームに着替えてすぐ娯楽室に来ていた。
「そりゃあいいね!」
アメリカ人宇宙物理学者のダン・ジョンソンが、とびきりの笑顔で愛菜を迎える。
フランス人宇宙生物学者レオ・ロベールも一緒だ。
「でも、ずいぶん早かったね。今回の休暇はもっとのんびりするのかと思っていたよ」
「休暇と言っても、センドラルのせいでほとんど休めなかったけどね」
愛菜はダンに苦笑を向けた。
休暇だけではない。実はソユーズでの移動も、今回は特急並の速さだった。従来では、打ち上げからドッキングまで、早くても約6時間、遅ければ約2日間もかかっていた。だが今回は約3時間での到着となったのだ。
かつては、ソユーズの軌道決定や計算は、地上の管制側が担当していた。そのためソユーズと地上とが何度も通信する必要があったのだ。通信の機会はソユーズがロシアの地上局上空を通過するタイミングしかない。そのため1日に4回程度しかチャンスが無かった。例えば、ある周回でソユーズの軌道を決定し、それに基づいたエンジン噴射のデータをソユーズに送れるのは、さらにその1周回後になるため、結果的にISSとのドッキングまで2日間もかかっていた。だがその後、ソユーズの搭載コンピューターの計算能力が向上、通信が限られているなかでもす早く軌道決定や計算ができるようになる。その結果、打ち上げから約6時間でドッキングすることができるようになった。
だが進歩はそこで止まらなかった。2020年には、新しい通信システムによってデータ中継衛星を使用した通信が可能となり、ソユーズと地上との通信可能時間帯が増加した。さらに、GPSシステムを使った新しい航法システムや、より計算能力の高いコンピューターがソユーズに搭載されたこともあり、打ち上げからたったの2周回、わずか約3時間でのドッキングが可能となったのだ。
「新製品の宇宙食。今までになかった新しい具のおにぎりよ」
ダンとレオが歓声を上げる。
「それと、陸自に知り合いができたから、陸自のカレーもらってきちゃった。宇宙食じゃない、普通のレトルトだけどね」
「自衛隊のカレーは美味いって聞いたことあるよ、特に陸自のが。一度食べてみたかったんだ」
「モワ・オウスィ!」
レオも自国語で同意を叫んだ。
「あのぉ」
その時、ダンの後ろに立っていた青年がおずおずと声をかけた。
「ああ、忘れていた」
「ひどいですよ〜」
ダンがその男の腕を引っ張り、自分の横に立たせる。
「愛菜の休暇中に色々と助けてくれた野口守くんだ」
「ああ、衛星モニターの新人くん?」
思い当たる、愛菜がそんな表情を見せる。
「はい、しばらくここに滞在しますのでよろしくお願いします!」
「滞在しますって、旅行みたいだな」
ダンがケラケラと笑う。レオもニヤニヤだ。
どうやらこの青年は、二人に可愛がられているようだ。
「こちらこそよろしくね。ダンに聞いたんだけど、あなたがセンドラルの落下を発見したんでしょ?」
「はい、それが仕事ですので!」
守はなぜか緊張していた。
そして四人の、楽しくてのんびりした雑談タイムが始まった。
それから小一時間、ひとしきりトークを楽しんだ四人だったが、突然守が変な声を出した。
「あ。そうだ!」
「おい、どうしたんだ?いきなり」
レオがいぶかし気な目を守に向ける。
「皆さんにお伝えしたほうがいいかなあって」
「何を?」
「たいしたことではないんですが、センドラルの例もあるので、小さなことでも情報は共有しておいたほうがいいかなぁって」
「もったいぶらずに早く言えよ」
ダンが先をうながす。
「ボク、いつもここで世界中の人工衛星をモニターしてるじゃないですか。落下を始めないかとか、衝突しないかとか」
「そのおかげでセンドラルにも気づけたんだよな」
レオが、良かったとばかりにため息をついた。
「それで、たまには外宇宙にも目を向けてみたいなと思って、ナンシー・グレイス・ローマン宇宙望遠鏡からの画像を見ていたんです」
ナンシー・グレイス・ローマン宇宙望遠鏡は、2026年からNASAが運用している宇宙望遠鏡だ。ハッブル宇宙望遠鏡と同じ口径2.4m の大型光学望遠鏡と、ハッブル近赤外線カメラの約200倍の視野を持つ広視野観測装置を装備している。そのため、より広い天域でよりたくさんの天体を観測することができ、高い精度の測定が可能になった。この広視野近赤外観測は、様々な分野の天文学研究に活用されている。
「それで、天体図に乗ってない星を見つけたんです」
守の言葉に、一同が盛上がる。
「すごいじゃない!」
「やったな!」
「それ、名前つけなきゃだな。MAMORUかな?」
ちょっと照れたように守が笑う。
「ただ、遠すぎてまだハッキリとは分からないんですけど、どうも動いているような気がして……」
動いている? それはどういうことなのか?
娯楽室にハテナマークが広がっていた。




