第189話 寸止め
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
「痛っ!」
保健室に正雄の悲鳴が響いた。
ヒザの擦り傷に、久慈がワセリンを塗ったのだ。そのまま手際よく、保湿テープを貼る。保健室での傷の治療といえば、以前は消毒液で消毒し救急絆創膏を貼るなどするのが一般的だった。だが近年、閉鎖療法という新しい治療方法が有効だと判明したのだ。別名湿潤療法、潤い療法、ラップ療法とも呼ばれる方法で、傷口を水道水でよく洗い消毒せずに専用の絆創膏を貼る。その目的は傷口を乾燥させないようにすることだ。この方法は以前の治療法に比べ、傷が早く治り傷あとが残りにくい、しかも痛みも軽減される。最近では、ほとんどの学校でこちらの治療法が採用されているのはそのためである。
「それで、どうしてこうなったんですか?」
久慈は、怒りとも呆れともとれる顔でロボット部の全員を見渡した。
「子供だけならともかく、三井さんがついていてこんなことが起きるなんて」
ハァッと、久慈がため息をつく。
「申し訳ございません」
奈央付きメイド兼護衛の三井良子が頭を下げる。
「いいえ、三井さんは悪くありませんわ。私がうなづいたのが悪いのです」
「宇奈月だけに?」
「しーっ!」
奈々が右手の人差し指を立てて、ひかりの唇に押し付けた。
「にゃにするにょ?にゃにゃちゃん」
唇を開くことができないままに漏れたひかりの声に、一同が吹き出しそうになる。
「うぷっ」
心音だけが我慢できずに小さく吹き出してしまった。
だがよく見てみると、久慈の顔にもほんの少しだが笑いが浮かんでいた。
「しょーがないわね、もうこんなことのないように。分かった?」
「はーい!」
全員が元気に返事をした。
「しっかし三井さん、めっちゃ強いですね」
「そうでもありません」
良子が少し照れたように顔を伏せる。
「うわ〜謙遜や〜、大人や〜」
学食で突然開催されたメイドvs正雄の一騎打ちは、ひかりのひと声でスタートした。
「第一回チキチキ対決バトルロイヤル飛んで走って底抜け脱線栄光の勝利へまっしぐら武道会じゃーっ!」
正雄の構えはアメリカ仕込みのボクシングだった。フットワーク軽く、右に左にステップを踏む。
「ほえ〜、さすがアメリカ人のジュニーだぁ」
「あいつは埼玉出身よ!」
一方の良子は、特に構えることもなく棒立ちのままだった。
最初に仕掛けたのは正雄だ。まずは様子を見ようと左のジャブ。良子に向かって斜めに構えた前方の手を、最短距離で前に放つ。良子はほとんど動かずに、ほんの少し首を傾けるだけでそれをよけた。
ブン!
正雄の空振りパンチが空を切る。
すかさず正雄の右ストレート。体の回転を使って、後方に構えた手でまっすぐに打つパンチである。最も力の乗る、破壊力が高い一発だ。だが、正雄にとっての最速ストレートも、良子は難なくよけてしまう。
「ちょっと棚倉くん!寸止めって言ってたでしょ!あんたのパンチ、ぜんぜん止まってないじゃない!」
奈々の抗議が正雄に飛ぶ。
「俺は本気の勝負しかしないのさ、ベイビー!」
次に正雄は、左腕を曲げ体を回転させて巻き込むようにパンチを繰り出した。フックである。正雄の動きは、まるでボクシングの教科書を見るように正確だった。だが、だからこそそのコースが読みやすいのだ。またしても良子は、ほとんどカラダを動かさずにその拳をよけてしまった。
「今度はそうはいかないぜ!基本はもうおしまいさ!デンプシーロ〜ルっ!」
正雄は特撮ヒーローの必殺技のように、技名を叫んで良子に肉薄した。
デンプシー・ロールは、世界ヘビー級王者だったジャック・デンプシーが生み出した技だ。上体を左右にリズミカルに回転させ、体重の乗ったフックを連続して打つ。その破壊力の大きさは言うまでもない。ただし激しくカラダを動かすため、スキが生まれやすくなる弱点を持っている。
良子が奈央に目をやる。ふたたびうなづく奈央。ちょっと呆れた表情にも見えた。
次の瞬間良子が動いた。いや、あまりの素早さにその場にいる誰もがその動きを捉えることはできなかった。
正拳突き。
良子の右の拳が正雄の腹に食い込み、そのカラダを吹き飛ばした。
そして正雄は、打撲と擦り傷のオンパレードとなったのである。
「寸止めしない棚倉くんに、一発入れて差し上げなさい。そういう意味を込めて、わたくしうなづいてしまいました」
奈央がしょんぼりとそう言った。
「すごいなぁ、宇奈月さんと三井さん、以心伝心やん」
両津の言葉に、愛理がいつものように小首をかしげる。
「いしんてなんですかぁ?」
「それはね愛理ちゃん、数の子さんの親さんだよ」
「それはニシン!」
「コスプレする人の必需品の、」
「ミシン!」
「俺だけは許してくれ〜!」
「保身!」
「明治、」
「維新!」
「両津くん」
「不審!者!」
「なんでじゃ〜!」
愛理は逆向きに小首をかしげる。
「でんしんってなんですかぁ?」
「出たなジョーカー!」
「変身!」
「見たこと無〜い!」
「斬新!」
「こりゃ風邪ですなぁ」
「問診!」
「できちゃったぜ、ベイビー!」
「妊娠!」
と突っ込んで、奈々が顔を真赤にする。
あらら、もう怒る雰囲気じゃないわね。
久慈が大きなため息を漏らした。
「解散!」
仕方がないので、久慈はそう宣言したのであった。




