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第181話 性染色体

「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。

【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】

 UNH国連宇宙軍総合病院感染症隔離病棟のチーフドクター牧村陽子は、ずっと考え込んでいた。彼女は袴田素粒子のアイ、そしてその宿主とも言える山下美咲の主治医だ。

 先程この病室で展開された会話はとても刺激的であると同時に、非常に恐ろしい事実をも含んでいた。だがそれ以前に、陽子の心には何かがひっかかっていた。それが何なのか、その会話が終わってから今まで、ずっと考え続けているのだ。顔の前に来ていた髪を、右耳にかけなおす。

 大きな爆弾を落とした張本人、美咲は(アイとも言えるが)分厚い防疫ガラスの向こうのベッドで、すやすやと寝息を立てている。治療中の死んだような眠りとは違い、今は普通の睡眠状態に見えた。腕からは何本もの点滴チューブが伸びているが、それは宇宙病の治療のためではない。アイが顕現してから、治療は一時中断されている。なにしろ治療と言うのは袴田素粒子、言い換えればアイを美咲の脳から除去する行為なのだから。とても好意的なアイである。しかも彼からもたらされる情報の価値は計り知れない。今彼を失うことは、人類にとって想像すら及ばない大きな損失となる。

「Y型か……」

 陽子には、そのカタチが気になって仕方がなかった。

「X……Y……」

 うわごとのように繰り返す。

「これって、偶然とはとても思えない……」

 誰に聞かせるでもなく、陽子はそうつぶやいた。

 宇宙病を発症させる袴田素粒子は、人間の脳に感染する。しかも大脳皮質のいわゆる左脳に。知覚、思考、判断、意思、感情を司る部分で増殖することで、思考のコントロールが奪われる、と考えられてきた。アイの登場までは。アイは美咲の思考を奪うことなく、彼女の脳に同居している。アイが単独の素粒子なのか、集団意思なのかはまだ分かっていない。今日判明したのは、そのカタチにはX型とY型があるということだ。陽子の医学的知識では、袴田素粒子は脳細胞の核の中に存在するX染色体と何らかの関わりがあると言われている。共鳴するとの論文を呼んだことはある。だが、形は似ていてもあまりにも大きさが違うふたつがどう共鳴するのか、陽子には見当もつかなかった。素粒子と染色体のカタチが似ているのは、ただの偶然ではないのか?

 だが今日この場所で、Y型の素粒子の存在が明らかになった。

 XとY。これはもう、偶然ではありえないのではないか?

「性染色体と、どう関係しているの?」

 またつぶやく。

 陽子は子供の頃から独り言が多かった。ある意味頭の良すぎた彼女には、あまり同年代の友達ができなかった。そのため、玩具や人形に話しかけることは当たり前で、自分自身の心を声に出すことで確認する子供だった。今でも自宅のマンションで飼っている猫に、友達のように話しかける。扱っている医療機器にも小声で、看護師に聞こえないように、こっそりと話しかける。なのでいつもは注意して、誰かがいる場所では独り言を言わないように注意していた。だが、今はその抑制もはずれてしまうほど、思索に没頭しているのだ。

 人を含む多くの哺乳類の場合、性染色体がXXで女性、XYで男性となる。だがその仕組は結構複雑だ。Xが2本あれば必ず女性になるのか? あるいはYがあれば男性となるのか? 実は生まれつき性染色体がXXとXYのどちらでもない個体が存在している。染色体異常症候群の中の「クラインフェルター症候群」の患者の性染色体はXXYだ。この場合、外見は男性となる。逆に「ターナー症候群」の場合、性染色体はXが1本のみだ。この時の外見は女性となる。つまり、Xが2本あってもYがあれば男性であり、Xが1本しかなくてもYを持たなければ女性になる。つまり驚くべきことに人は基本的に女性であり、Yは男性化するための染色体とも言える。

 ここまで考えた陽子に、ふと違ったベクトルの考えが浮かんだ。

 人以外はどうだろう? と。

 多くの鳥類の性染色体は雌ヘテロ接合型、ZWで雌、ZZで雄だ。

 昆虫の場合は、XX雌・XY雄、XX雌・XO雄、ZW雌・ZZ雄、ZO雌・ZZ雄の4通りの型がある。カイコの性染色体構成は、ZW雌・ZZ雄だ。

 ショウジョウバエが遺伝子の実験でよく使われるのは、人と同じ性染色体の組合せを持っているためである。

「もし袴田素粒子が、生物の性染色体と深かい関わりがあるとすると……」

 陽子は何かに思い至り、ハッと顔を上げた。

「これはもしかすると?!」


 東郷大学袴田研究室では、アイの説明に基づいて様々な実験にとりかかっていた。

 様々な差粒子をぶつけることで、どんな反応が返って来るのか?

 新しく発見したY型の袴田素粒子。X型のそれと同じ名前で呼ぶのがいいかは、まだ疑問の余地があるところだ。なのでここでは仮にX素粒子、Y素粒子と呼ぶことにしていた。

「教授、UNHの牧村先生から、リモートの要請が来ています」

 コンソールに向かっていた小野寺舞が袴田に視線を向けた。

「つないでくれ」

 舞がカタカタとキーボードを操作する。

 すぐに正面のディスプレイに、リモート会議の画面が開いた。

 ついさっきまでつながっていた隔離病室のコントロームルームが見える。

「牧村先生、山下さんの様子は?」

「特に問題はありません。静かに眠っています」

 陽子の言葉に、袴田、拓也、舞がほっと胸をなでおろす。

 いきなりのリモート呼び出しは心臓に良くない。何か悪いことが起こったのではと、そんな想像ばかりが浮かんでしまう。

「では、どうしたのです?」

 陽子は一度つばを飲み込むように、一瞬間を開けるとカメラ越しに三人を見つめた。

「素粒子のカタチはX型とY型。そして感染するのは左脳の性染色体です。これって偶然だとはとても思えません」

 陽子の言葉に、三人はなぜ思い当たらなかったのかと、目を見開いた。

「性染色体には、他にもいくつものカタチが存在します。Z、O、W……つまり、袴田素粒子にも、もっと別のカタチのものが存在するのかもしれません」

 研究室に、驚愕の色が広がっていた。

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