第180話 よく見つけられましたね
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
今の学生にとって冬休みは長い。
四季折々の美しさを感じられる日本での冬休みは、21世紀初頭まで高校大学共に約15日前後だった。ところが急激な気候の変化で、春と秋がほとんど感じられなくなったこの地では、冬休みも夏同様一ヶ月以上の日数が当てられるようになっている。今年の冬休みは40日間だ。
東郷大学のキャンパスは、冬休み中はとても閑散としている。夏休み中は、各スポーツ部の練習などで騒がしいのだが、異常気象でここまで寒くなってしまった関東の冬は、元気な学生たちをも家に閉じこもらせてしまう。寒さが広がり始めた時代には、重衣料(ダウンやコートなど厚手で重さのある衣料品のこと)の売上げが爆上がりし、戦後何番目と数えられる程の好景気を生んだ。だが、寒さがそれ以上に進んだ今、外出する者の減少により逆に景気低迷を招いている。そんな気分を表わすように、キャンパス内に凍てついた寒風が吹いていた。
その中にあって、袴田研究室は休み無く活動していた。
「これがその画像です」
今袴田研究室は、UNH国連宇宙軍総合病院感染症隔離病室のアイと、リモート会議システムで接続されている。
アイに送られたのは、先程袴田たちが画像の解析に成功した、新たな素粒子のものだ。X型の袴田素粒子と違い、それはアルファベットのYによく似た形をしている。まだ多少のノイズは残っているものの、その姿がハッキリと捉えられていた。
「よく見つけられましたね。私はもう少し先になると予測していました」
リモート越しに、高音が減衰したアイの声が研究室に届く。
その声音に変化はなく、ひどく落ち着いていた。
「それはあなた方にとって、全くの新しい発見なのですか?」
「はい。人類が発見した19番目の素粒子になります」
光の粒子や電子も素粒子だ。それに加え袴田素粒子を含めると、これまでに見つかった素粒子は18種類となる。人類が現在捉えている宇宙のほとんどは、驚くべきことにその18種類の素粒子からできている。実は重力をもたらしているのも素粒子であると予想はされているのだが、いまだ発見はされていない。そんな重力子より早く別の素粒子が見つかるなんて、世界の科学界における驚天動地の出来事が袴田研究室で起こっているのだ。
「あなたたちの顕微鏡は、微細な反応から素粒子を可視化すると聞いています」
「その通りです」
「いったいどんなデータによって、それを分離できたのですか?」
「詳細に調べると、帯びている電荷にわずかな違いがあったのです」
電荷は素粒子や物体が帯びている電気の量のことだ。袴田顕微鏡はそのわずかな差異から、袴田が設計したAIにより形の違いを可視化していた。
「このY型の素粒子も、あなた方と同じ袴田素粒子なのでしょうか?」
袴田の質問に、アイは少し考えを巡らすように首をひねる。
「何と説明すればいいのか」
そしてリモート用のカメラを真っ直ぐに見つめて言った。
「同じものですが、違うものでもあります」
「と言うと?」
「あなた方地球人類の人種や民族ほどの違いはありません。ほとんど同じだと言っていいでしょう。ですが……」
一瞬の沈黙に、重い空気が部屋に流れる。
「……考え方と言うか……思想が違う、と言えばいいのでしょうか。あなた方の言葉を借りるなら、X型は急進派、Y型は穏健派と言ったところでしょうか」
研究室の一同の目が、驚愕のあまり見開かれる。
だが、その次のアイの発言に、より驚かされることになる。
「穏健派は、人類の歴史が始まった頃から、この星に来ています。そして文明の発達をずっと見守って来た、と言ってもいいのかもしれません」
人類が発達する過程を量子テレポーテーションによって全宇宙で共有すれば、それが無害なのか、有害なのかが判断可能なのではないか?
袴田はそう考え、ことの重大さに恐怖を覚えていた。
「その情報を元に、我々が宇宙にとって害をなすと判断したとすると……?」
「それが急進派の狙いなのでしょう」
暴走ロボットどころではない。まさに地球人類存亡の危機ではないか。
袴田、拓也、舞、その場の全員の顔が青ざめる。
そこで何かに気づいたのか、拓也が恐る恐るアイに問いかけた。
「アイさん、あなたはどちらの?」
アイが少しいたずらっぽくフフッと笑う。
「私は穏健派です」
なるほど。アイが以前言っていた「一枚岩ではない」とは、こういうことだったのか。
ずっと抱えてきた疑問のひとつが解けた安堵感と、ことの真相の恐ろしさのギャップで、三人の心は震えていた。
「これって、雄物川さんたちにも知らせた方がいいのでは?」
リモート越しに、アイの主治医・牧村陽子の声が聞こえた。
「そうですね。それは私から伝えておきます」
袴田の言葉を聞きながら、拓也はふと思っていた。
父さん、確かギリシャの遺跡で発見された飛行ロボットの研究をしていたはず……遥か昔から袴田素粒子が地球に飛来していた証言だ。知らせた方がいいだろう。
「他に、この素粒子について、お知りのことはありますか?」
なぜかアイが、ふわっと優しい笑顔を見せた。
「すいません。私が人類自らの発達に関与することはできないのです。あなた方が何かを見つけたら、こうして相談に乗ることぐらいしか、私にできることはありません」
「分かりました。またよろしくお願いします」
そう言うと袴田はスマホを手に取る。
同時に拓也も、父へ連絡を入れるためスマホに手を伸ばしていた。




