第175話 はらほろひれはれ
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
イグニッションキーを差し込み、右へと回す。最後にグッと力を入れると、少し抵抗が強くなり手応えが感じられた。エンジンが始動したのだ。
グオンと排気口がひと鳴きし、コクピットに微弱な振動が伝わり始める。目の前のディスプレイが明るくなり、メインカメラを始め左右や後部カメラの映像がいっせいに表示された。その画面には、様々なデータがオーバーレイされている。
現在時刻。
外気温とコクピット内の温度。
バッテリー残量や油圧サインなど機体の状況。
運転者のバイタルサイン。
カーナビのような簡易マップ。
その他、様々な情報が文字や図形で表示されていた。
野沢心音は、そのひとつひとつを目指でチェックする。この教習所に来て最初に習った、ロボット始動時のルーティンだ。
「全部OK!」
機体の状況と運転者のバイタルサインは特に重要である。その両方にグリーンマークが出ない限り、アラームが鳴る仕組みになっていた。自家用ロボットの最新機種は、ひかりの火星大王とは違い安全基準が高く設定されている。心音と大和のロボットは、一般的な普及型とはいえ最新型なのだ。
「こっちもOKだ」
無線から館山大和の声が聞こえる。
二台のロボットは、並んで同時に起動していた。
心音が、メインディスプレイに表示されているいくつかのボタンから、ひとつを選んでタップする。ロボットの外に音声を聞こえるようにする、外部スピーカーのスイッチだ。
「始動したわ。この後どうすればいいの?」
外部スピーカーはロボット頭部の正面下部、ちょうど人間の口の位置にある。おかげで心音の声は、ロボット自身がしゃべっているように聞こえる。
「白くて丸っこくて、ココちゃんみたいだね、奈々ちゃん」
「言えてるかも」
最近の自家用ロボットのデザインは、火星大王のように角張ったものではなく、曲面を多く取り入れたものが流行りなのだ。
「同型マシンが2台、燃えますわ〜」
「合体して欲しいですぅ」
奈央と愛理の中では、特撮かアニメの何かとかぶっているらしい。
「男女が操縦するロボが合体するなんて、ロマンを感じるぜベイビー!」
「何エロいこと考えてんねん!」
そんなことを思ったのは両津だけである。
一同、不思議そうな顔で両津に視線を向けた。
「あら? お呼びでない……こりゃまた失礼しますたっ!」
「はらほろひれはれ〜!」
ひかりが両手を上げてプルプルと振りながら、その場で回転する。
「それ何なの?」
「まぁ、お父さんが考古学者やから」
奈々の疑問に、両津がいつものように答えた。
はらほろひれはれとは「何かが舞い落ちる様子」を指す言葉で、江戸時代以前からの擬音語だ。だが、この言葉を広めたのは、昭和の音楽番組「シャボン玉ホリデー」である。同番組に出演していたジャズ&お笑いグループ「ハナ肇とクレイジーキャッツ」の谷啓が、崩れ落ちるような動作とともに「はらほろひれはれ〜!」
それ以降、意味不明な様子や、混乱した様子を表す言葉として大流行となった。ただ、今となっては死語と言えるかもしれない。ゆえに「お父さんが考古学者やから」なのである。だが、その前の両津のセリフ「お呼びでない、こりゃまた失礼しました」は、同じクレイジーキャッツの植木等のセリフだ。ひかりのセンスに、両津は舌を巻いていた。まあ、ひかりの言動はたまたまなのだが。
「ココちゃん!大和くん!」
ひかりが踊るのをやめて、二人を呼んだ。
「二人のロボットは何ていう名前なの?」
一瞬、沈黙が流れる。
「えーと……名前って?」
「ロボットさんの名前だよ。私のは火星大王さん」
大和の問いに、ひかりが明るい笑顔で答えた。
「私のはデビルスマイル」
「わたくしのロボットさんはコスパですわ」
「私のはラブリーななですぅ」
「俺のマシンはコバヤシマルさ!」
「ボクのはなにわエースや」
「私のロボットはリヒトパース」
心音と大和はポカンと口を開けたまま、ディスプレイ上で顔を見合わせた。
自家用ロボットに名前を付けているなんて聞いたこともない。
「ここの授業で付けたんだよ、私たち変じゃないよ、普通だよ。ね?奈々ちゃん」
「やっぱりこうなるわよね。きっと南郷教官のたくらみに違いないわ」
両津は奈々の意見に全面的に賛成だ。
「こりゃ、後で二人のロボットにも名前付けなあかんなぁ」
両津が悪い笑みを浮かべていた。
「じゃあね、操縦レバーを握って目を閉じて、心でロボットさんに語りかけるの」
ひかりが二人を指導する。
レバーを握るように、両手がニギニギしている。
「何を語りかければいいの?」
「お腹すいてる?って」
ひかりの答えを、両津があわてて否定した。
「あかんあかん、目の前にバッテリー残量の表示出てるやん。お腹すいてるかどうか分かってて聞いたら、先入観で答えが聞こえたような気がしてまうで」
「どうすればいいかなぁ?」
「お笑いのセンス、ありまっか? てのはどうや?」
「お前は無いけどな!」
「ひかり、またキツくなってるわよ」
「てへぺろ」
この困った状況を救ったのは、奈央のひと言だった。
「私のことをどう思っていますか? でいいんじゃないでしょうか」
「いいと思いますぅ」
「分かった!」
二台のロボットの外部スピーカーから、心音と大和の声が同時に聞こえた。




