第172話 霧山グループ
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
「フォションのモーニングティーですね。しかもライセンス品ではなく、本国からの輸入品だ」
その男は、ティーカップから立ち上る湯気の香りだけでそう言い当てた。
そしてゆっくりと口に含ませる。紅茶の苦味と、その優雅な香りが口腔内で混ざり合う。
「いつ飲んでも、本当に素晴らしい」
満足気に男はうなづく。奈央の父、宇奈月公造である。
彼が総帥を務める宇奈月グループは、宇奈月銀行を頂点とする巨大企業集団である。いち早くフィンテックを取り入れた宇奈月銀行は、変革の激しい金融業界で常にトップの座をキープする優良企業だ。まさにゆりかごから墓場までと言えるほど様々な業種の子会社を傘下に持ち、その全てが大成功を収めている。
コトン。
公造はイギリスの名門陶磁器メーカー、ウエッジウッドのフロレンティーンターコイズのカップをソーサーにゆっくりと置いた。
「しかし、私の好きな紅茶のことをどこでお知りになられたのですか? しかも、ティーカップの趣味までご存知とは」
実は、公造にとって紅茶は、どれも同じ味にしか感じられなかった。ティーカップの良さも、大して分かるわけではない。全て大好きな娘の趣味なのだ。だがいつも彼は、それを自分の好みとして他人に語っている。その事実を知っているのは家族だけである。
「喜んでいただけて光栄です」
けして豪華には見えないが、その実とんでもなく高価な応接セットの向かい側に、公造とはひと回り以上年下に見える男が座っていた。どこか天才肌のような、それでいて子供にも見える不思議な目をしている。
「秘書の佐藤が調べてくれまして」
彼の名は霧山宗平。宇奈月グループに負けず劣らず大成功を収め続けている企業体、霧山グループの総帥だ。今日は両グループのトップによる、商談を控えた事前の顔合わせだった。
「優秀な方なのですね」
「恐れ入ります」
そう言うと、秘書と紹介された男が公造に名刺を差し出した。
「霧山の第一秘書、佐藤・テムーレン・真司です。
華奢な、だが弱々しくはない若い男だ。まだ20代後半ではないだろうか?
吸い込まれそうに深みのある黒のスーツを着ている。朱色に近いネクタイが無ければ、まるで喪服のようである。
「もしかして、モンゴルの?」
「はい、母がモンゴル出身です」
その笑顔はクールだが、とても優しげだ。
「紅茶のことはどこで?」
「宇奈月様のお嬢様がお好きだと伺いましたので」
「ほう」
公造の目に、鋭い光が宿る。
この男、どんな情報網を持っているんだ?
奈央の話をすることで、どんな効果を狙っているのか?
「社長、そろそろお時間です」
公造に、隣の男が小さく耳打ちをした。
秘書の新垣隆二だ。公造が最も信頼している彼の右腕である。
まだ34歳の新垣は、中肉中背のカラダにグレーの地味なスーツ姿。目立たずに公造のサポートに徹する男だ。
「宇奈月さん、お引き止めして申し訳ない」
「いえ。紅茶、楽しませていただきました」
「では、今後も良いおつきあいを」
そうして顔合わせは終了した。
公造と新垣が去った社長室に、霧山と秘書の佐藤が残されていた。
「どう思う?」
霧山の問いに、佐藤がニヤリと口角を上げた。
「鋭い方ですね。さり気なく娘さんの話を混ぜただけで、私への警戒心が跳ね上がりました」
「そうだな。今後も長い付き合いになる。君が中心になって対応してくれ」
「分かりました」
そこで霧山がフッと息をついた。
「さて、例の件の報告を頼む」
「はい」
佐藤の返事を聞いた霧山が、ゆっくりと目を閉じた。
数秒の時間が過ぎ、再び目を開いた時、霧山の表情は全くの別人のように変わっていた。顔の作りが変わったわけではない。目に宿る光、そして表情の違いでそう見えるのだ。
「では頼んだぞ。アヴァターラ」
「はい」
佐藤が少し頭を下げた。




