第170話 本殿の死闘
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
「刃物で切った張ったかよぉ、下品なこった」
本殿の大広間にたどり着いた後藤が目にしたのは、短刀を逆手に持って構えているスーツ男と巫女装束の女が二人、そして特殊警棒を上段に構えている夕梨花の姿だった。
「まぁお嬢ちゃんのは刃物とは言えねぇかぁ」
と、ポリポリと鼻の横をかく。
しゃーねぇなぁとばかりに、後藤は履いていた右の革靴を脱いでそのかかとに触れる。ぐいぐいと押し込んだりひねったりしていると、パカンと口が開いた。中から出てきたのはグレーの棒状の物体。後藤お得意のアーミーナイフである。
アーミーナイフといえば、赤に白の十字マークでお馴染み、ヴィクトリノックスの十徳ナイフを思い浮かべるのではないだろうか。だが後藤が取り出したのは、巨大な刃のナイフ「ラージ・ブレード」をメインに、ドライバーやノコギリが追加されている戦闘に特化された特殊モデルだ。ヴィクトリノックスソルジャーを元にした、闇市場の改造品である。
ゆっくりとラージブレードを引き出してロックする。その刃渡りは、家庭用の料理包丁を優に超えている。街なかで不審尋問に合った場合、確実に銃刀法違反で逮捕される代物である。後藤はそれを、スーツ男たちとは違い右の順手でグッと握った。
「お嬢ちゃん、助太刀するぜぇ!」
後藤はその体躯に似合わない目にも止まらない速度で、巫女のひとりに斬りかかった。
カキーン!と、鋭い音が響く。後藤の素早い一撃を、巫女が短刀で受け止めたのだ。その一瞬の間に、もう一人の巫女が後藤を斬りつける。ぴょんと後ろに飛び、その刃をよける後藤。
「へぇ、巫女さんたちも忍者なのかよぉ。おもしれぇ動きをしやがる」
そんな後藤と巫女たちを、夕梨花が軽々と飛び越え、スーツ男に肉薄した。
キン!キン!キン!
特殊警棒の攻撃を、スーツ男はことごとく短刀ではじいていく。
「そいつもロボット用と同じ、超硬合金製か?!」
夕梨花の問いに、スーツ男は呆れたような表情を見せた。
「そんな無粋なもので作ったりしませんよ。日本古来からの製法に習い、砂鉄を原料とした「たたら製鉄」で作られた鉄を精錬したものです。混ぜものをした合金などには負けませんよ」
どんなに精錬しても、その硬度は合金製にはかなわないはずでは?
そんな夕梨花の疑問を読み取ったのか、スーツ男がニヤリと笑顔をこぼした。
「なにしろ、神が宿っていますから」
「おめぇ、マジでうさんくせぇな」
二人の巫女を軽くあしらいながら、後藤の声がスーツ男に投げられた。
「おや、巫女は苦戦していますか。さすがゴッドさんです、歴戦の傭兵って二つ名も伊達ではないようですね」
スーツ男がスッと左腕を上げた。
「二人共下がりなさい」
その声をスーツ男が言い終わらないうちに、二人の巫女の姿がかき消えた。
もちろん、左右両側の黒いフスマを開け、この部屋を去ったのだ。だが、あまりの速さに「消えた」と脳が錯覚してしまう。
「こいつらどんな身のこなし、してやがるんだぁ? やっかいだぜ」
後藤がチッと舌打ちを鳴らした。
「神主さんよぉ、俺たち二人ならおめぇさん一人でじゅうぶんってことかぁ? ナメられたもんだよなぁ」
そんな後藤を、夕梨花が左手で制する。
「後藤さん、手出し無用です」
「ありゃ、お嬢ちゃん熱くなっちまってるなぁ」
ジリジリと、スーツ男との間を詰めていく夕梨花。
スーツ男もすり足で、同様に間を詰める。
夕梨花の構えは、いつの間にか上段から少し下がり、特殊警棒がカラダの正面に来ている。中段の構え。いわゆる青眼の構えというやつだ。様々な構えや動きに、即座に移れるメリットがある必殺の構えである。
短刀を握るスーツ男の右腕筋肉に、一瞬の緊張が走る。
それを見逃す夕梨花ではなかった。
来る!
目にも留まらぬ速度でサッと繰り出されたスーツ男の突きを、特殊警棒で払い上げる。逆袈裟斬りだ。相手の横から肩にかけて、右下から左上へ斬り上げる技で、これを「右切上」(みぎきりあげ)と呼ぶ流派もある。
ガキーン!ものすごい音を響かせて、短刀がスーツ男の手からはじきとばされた。高速でくるくると回転し、ザザッ!っと、夕梨花の拳銃と同じ辺りの畳に突き刺さる。
「さっきのお返しだ」
夕梨花の顔に不敵な笑顔が浮かんだ。
「おやおや、これではリンチではないですか? 丸腰のひ弱なやさ男を、屈強なお二人が警棒とナイフでいじめるなんて」
スーツ男がニヤニヤしながらそう言った。
「何バカなこと言ってやがる。こりゃあ格闘技の試合じゃねぇんだぜ。ルールも何もあるかよぉ」
後藤がそう言い終わるより早く、夕梨花が右手の特殊警棒を放り投げた。それはものすごい勢いで飛び、スーツ男の短刀のすぐ隣の畳に突き刺さった。
「これでいいだろう?」
そう言うと同時に、夕梨花はサッと身構える。
逮捕術の構えだ。逮捕術は、剣道や柔道など様々な武道の動きを組み合わせた警察独自の武術である。犯人を怪我させず、自分自身も傷つかないよう素早く制圧することを目的に考案されたもので、日本警察が誇る独自の武術なのだ。犯人に過剰な攻撃を与えると、事件の捜査や刑事裁判に支障をきたすため、打撃は逮捕に必要最低限となるように指導されている。
「なるほど、逮捕術ですか」
スーツ男が値踏みするように夕梨花の構えを見る。
そしてスッと、彼も構えに入った。
不思議な動きである。
「もしかして、骨法術かぁ?」
後藤にはそれに少し見覚えがあった。
若い頃、京都で格闘術についての修行をしていた際、彼の師匠が似たような動きを見せてくれたことがあった。古代相撲の原型である格闘技にルーツを持つ、と言われる古流武術である。忍者による骨法はその発展型で「投げる・打つ」を極めつつ、特に打撃に重点を置いた格闘技だと言われている。逮捕術とはまさに真逆の戦闘法なのだ。
「マジもんの忍者ってぇわけだ」
そんなものが現代に生き残っていたとは。
しかも、国際テロリスト組織の幹部である。
その事実がどこまで根深いものなのか、この時の後藤と夕梨花には、まだ分かってはいなかった。




