第150話 教習所の地下施設
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
「こんなもんがあるって、誰か知っとった?」
ひかりたち7人はそれぞれ自分のロボットに乗ったまま、貨物用にも見える巨大なエレベーターで地下へと潜り続けていた。
「知りませんでしたわ」
「私も知らないですぅ」
この大きさはどう見ても人間用ではないだろう。だが、自動車用にしては天井が異様に高い。恐らくこれは、ロボット用に作られたものだと思われた。
「私も、知らない」
マリエが小さくつぶやく。
「私は、な〜んにも知らないよ。奈々ちゃんは?」
ひかりが奈々に問いかけた。
「私も知らない、と言うか、これいったいどこへ向かってるの?」
奈々が見つめるコンクリートの壁が、高速でどんどん上へと飛び去っていく。
「奈々ちゃん、壁が上に飛んでいくよ〜、目が回るよ〜」
「ひかり、壁が上に行ってるんじゃなくて、わたしたちが乗った床が下に降りて行ってるの」
「どっちにしろ目が回る〜」
「壁を見ないようにしなさい!」
コンコン……と、正雄がロボットのマニュピレーターで床を叩く。
ちょっと間をおいてまたコンコン。コンコココン。ココンのコン。
「キツネさんだぁ!」
火星大王が両手のひらを、キツネの耳のように頭部の両側で立てた。両膝がちょっと曲がっている。
「コンコン!」
「火星大王さんがゴツイから、あんまり可愛くないですぅ〜」
「愛理ちゃん、そんなこと言ったらお稲荷さんのバチが当たるよ」
「ひかり、お稲荷さんじゃないでしょ」
「ん? おいなりさんは美味しいよ?」
「食べた方がバチが当たるわよ!」
「バチってなんですかぁ?」
「それは太鼓を叩く、」
「それじゃなーいっ!」
「とっても汚い、」
「それは、ばっちぃ!」
「イチか!」
「バチか!」
「バチになったよ?」
「あー!もうわけが分からなくなってきたわ!」
そんなやりとりに、正雄の真面目そうな声が割り込んだ。
「どうなってるんだ?」
「棚倉くん、床に何かあるの?」
両津の不思議そうな声に、正雄はさらに何度か床を叩いてから言った。
「この床の材質……多分、鋼鉄にノンスキッドを塗ったものだ」
「のんす???」
ひかりと愛理が首をかしげる。
「簡単に言うと、空母の飛行甲板と同じってことだぜ、ベイビー」
ノンスキッドは、鋼鉄の滑走路に塗られる滑り止めの塗料だ。エポキシ樹脂を主体に、酸化アルミニウムを混ぜて作られる。高い耐熱性と耐久性を誇り、表面の凸凹はとても強固で、ジェット戦闘機の車輪やロボットの脚部による力のロスを極限まで減らすことが可能となる。
例えば米空母で使われているノンスキッドはMS-375Gだ。戦闘機や戦闘用ヘリのエンジン排気、燃料油、酸、アルカリ、溶媒、塩水、洗剤、アルコールなどに対して強い耐久性があり、温度に関しては約1000度まで耐えられると言われている。
「なんでそんなもん使ってるんや?」
「最初から、戦闘用ロボットの運用を考えて作られたエレベーターってことになるぜ。例えば、この前暴走したヒトガタとか」
「クワガタ!」
ひかりのひと言の後、一同に沈黙が訪れる。
ロボット免許教習所の設備に、軍事技術が使われている?
そんな疑問に皆が頭を悩ませていると、ひかりがニッコリと笑った。
「都内の入浴料は520円だよ」
「その銭湯じゃないのっ!銭湯用ロボットって何なのよ!」
「ダンナ、お背中お流ししましょうか?」
「じゃあ頼むわ……って、誰がダンナよ!」
「じゃあお嫁さん」
「え?」
ひかりとのよく分からないやりとりは、奈々の顔が真っ赤になることで終了した。
その時、ガコン!と大きく揺れて、エレベーターが停止した。
ビーっ!とブザーが鳴り、照明が明るくなる。
ずいぶん長い時間降下したこのコンクリートの箱は、いったいどのくらい深く、地下へ潜ったのだろうか?
キーン、と壁のスピーからハウリングが鳴った後、久慈教官の声がエレベーター内に響く。周りがコンクリートのためか、少しエコーがかかっていた。
「皆さんはしばらくそのまま待機していてください。外の状況がハッキリしたら、また連絡を入れます」
そしてまた沈黙が広がる。
「奈々ちゃん……」
「どうしたの?ひかり」
ひかりの声はどう聞いても、もじもじしている。
「ガマンできないから行ってくる〜!」
火星大王の搭乗用ハッチが開き、いきなりひかりが飛び出してくる。
小型とは言え、結構な高さがあるコクピット部から床までひとっ飛びだ。
「久慈教官が待機だって言ってたでしょ!」
「もう無理無理無理ぃ〜!」
「何をガマンできないのよ?!」
「トイレ〜!」
そう叫んでエレベーターの壁側に見える扉へ走り寄る。
「しょうがないわね!」
奈々はそう叫ぶと、ひかり同様自機のハッチを開き、床へと飛び出した。
スタっ!とカッコ良く着地すると、ひかりの後を追って走り出す。
「泉崎先輩、カッチョいいですぅ!」
「お二人共、すごいですわね」
「遠野さん、生身でも暴走するんやなぁ」
「暴走半島だぜ!」
「うまい!」
別にうまくはない。
「ひかり……」
マリエのリヒトパースのハッチが静かに開く。コクピットから飛び降りたマリエは、まるで天使が降臨したかのようにふわりと着地した。そして、ひかりと奈々が出ていった扉へと歩いていく。
「身のこなしが優雅ですわ」
「マリエちゃん、ステキですぅ」
「やばいやばいやばい!」
ひかりが飛び出した廊下は照明が落とされていた。非常口を示す緑の灯火と、何用か分からない赤の非常灯で、なにやら不思議な空間になっている。
「トイレトイレトイレ〜!」
キョロキョロしながら目的の場所を探すひかり。
「ひかり〜!ちょっと待ってよ〜!」
奈々はこの廊下に入ってすぐ、ピタリと立ちすくんでいた。
なにしろ奈々は、暗い場所が怖いのだ。
「お化け」
「ひぇぇ〜っ!」
突然耳元で聞こえた声に、奈々は震え上がった。
恐る恐るゆっくりと振り返る。
「なんだ、マリエちゃんかぁ、脅かさないでよ」
「前に棚倉くんが奈々ちゃんにそう言ったら楽しいよって教えてくれたの」
「あいつ〜!」
奈々が怒りの拳を握りしめる。
「お化け」
「ひぇぇ〜っ!」
マリエがニッコリと微笑んだ。
「だからやめてってば〜」
「うん。暗くても私がいるから大丈夫。いっしょにひかりのところに行こ」
「ありがとう!」
ゆっくりと廊下を進み始める二人であった。




