第144話 SM-3ブロックIIA
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
「東経139度45分58秒、北緯35度40分53秒……これって、東京駅のあたりですね」
コンソールから、パチパチと何かを打ち込んでいた愛菜がそう言った。
「なるほど。東京のど真ん中を狙っていると言うわけか」
雄物川の表情が苦いものに変わる。
東京駅の住所は東京都千代田区丸の内一丁目。まさに東京という都会の真ん中だ。すぐ近くには皇居も存在している。通常、廃棄となった人工衛星や宇宙ステーションは、太平洋に落とされることが多い。大気圏への再突入時に燃え尽きるものがほとんどとは言え、破片が地上まで到達する場合もあるからだ。それを考慮して、安全のために海に落とすのである。
だが今回の場合、落下してくるのは巨大な宇宙ステーションだ。確実に破片が地上に到達するだろう。しかも海ではなく東京駅に。
「愛菜!」
ISSのダンからの通信だ。
「紀伊半島沖で任務中のイージス駆逐艦が、あいつに一発くらわせてくれることになった」
「こちらにも一報が届いているわ」
「第7艦隊のジョン・フィンだ。最新鋭のイージス駆逐艦だぜ」
雄物川と久慈がうむとうなづく。
弾道ミサイルキラー。それが米海軍第7艦隊所属のイージス駆逐艦「ジョン・フィン」の異名である。イージスとは,ギリシャ神話で最高神ゼウスが女神アテネに与えたという絶対的な力をもつ盾のことであり、その防衛能力の高さに例えてネーミングされたものだ。この名を冠するイージスシステムを搭載した船がイージス艦と呼ばれる。
イージスシステムは、レーダーで探知した目標の脅威度を判定し、発射したミサイルを誘導してそれを撃墜、という一連の流れを自動化した高度な防空システムのことだ。正式名称はイージス武器システムMk.7(AEGIS Weapon System Mk.7)で、通称AWSと呼ばれている。
搭載されているミサイルは「SM-3ブロックIIA」。
日米共同で開発された、弾道ミサイル防衛用の迎撃ミサイルだ。従来型の「IA」に比べ性能が大幅に向上し、その撃墜高度は1000kmを優に超えている。例えばISS国際宇宙ステーションの高度は地上408kmだ。SM-3ブロックIIAであれば、大抵の人工衛星や宇宙ステーションを撃ち落とすことができる。その能力の高さは驚くべきものである。
一方、我々がニュースなどでよく耳にするPAC3は、地対空誘導弾パトリオットミサイルのことだ。ミサイルの発射機と、レーダー、管制装置などでワンパックになっており、車両に積載して飛来情報に応じた発射地点に移動展開する。半径約20kmの防護能力を持ち、ミサイル自体が電波を照射して目標を捕捉、敵ミサイルの弾頭を確実に破壊する。イージス艦のSM-3ブロックIIAが大気圏外で撃ち漏らした場合、地上からPAC3で迎え撃つ、二段構えのシステムになっている。
UNH国連宇宙軍総合病院感染症隔離病室のアイは、静かに目を閉じていた。
センドラルの落下地点を割り出した後、ずっと黙ったままなのだ。
「おおまか、と言ってましたけど、もっと確実な場所を割り出しているんでしょうか?」
袴田の助手、遠野拓也は首をかしげた。
「そうかもしれんな」
アイからの次の言葉を待つように、病室内を沈黙が支配する。わずかに聞こえるのは、いくつかの医療用電子機器からの信号音だけである。
その時、アイがゆっくりと目を開いた。
「すいません。私たちのネットワークには、様々な交信やデータが混在しているので、それらを分離しつつ分析を進めています。今回のステーション落下計画の全貌が、あと少しで見えてきそうです」
そこでアイは袴田に視線を向けた。
「ところで、落下してくるステーションへの対処方法は決まりましたか?」
うむとうなづく袴田。
「まずは、米軍のイージス艦がミサイルによる迎撃を行なうそうです。そうですよね、雄物川さん」
「はい」
リモート画面の向こうから、雄物川の声が答えた。
「なるほど」
「もし撃ち漏らした場合は、陸自のロボットに出動要請を出しています。ただ、手続きが間に合うかどうか、まだ微妙なところです」
「分かりました。では、その結果が届くまで、もう少しデータの奥まで分析を進めます」
アイは再び目を閉じた。
「アイさんが提示してくれた座標は正確なようです」
対袴田素粒子防衛線中央指揮所のコンソール画面に、ISSと地上からの観測データから割り出したセンドラルの軌跡が表示されている。そしてその先の予測線は、確実に日本の、関東地方の上に重なっていた。
「ジョン・フィンがSM-3を発射しました」
愛菜の緊張した声が指揮所内に響いた。
コンソールの画面にセンドラルとは別の光点が表示され始めたのだ。
「いけない!」
アイがそれまでには見せなかったあわてた様子で声をあげた。
ぎょっとする一同。その声はリモートで、指揮所にも届いている。
「イージスと言うことは、ミサイルはSM-3ブロックIIAですよね?」
「おそらく。それが何か?」
リモート越しに、雄物川が答えた。
「やられました。彼らは、ミサイルでの迎撃も計算に入れています」
「それはどういう……?」
病室、そして対袴田素粒子防衛線中央指揮所に、困惑が広がった。




