第142話 感染症隔離病室
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
UNH国連宇宙軍総合病院感染症隔離病室は、深い沈黙に包まれていた。各種医療機器が発するかすかな電子音だけが、この場の雰囲気を支配している。
ベットサイドに立ったままみじろぎもしないのは、惑星調査船サン・ファン・バウティスタ号の元副長、山下美咲である。もっとも今の彼女は、自らをアイと名乗る袴田素粒子の意識にコントロールされているのだが。
「脈拍、呼吸数、血圧、サチュレーションの全てが安定しています。いえ、安定と言うより、睡眠時の数値に近いかもしれません」
このフロアのチーフドクター牧村陽子の言葉に、この場にいる全員がアイの表情に視線を向けた。
ひとつの人体を、人間と袴田素粒子が共用する。
そんな、想像すら及ばない事態が今まさに、目の前で実現している。
いったいどんな仕組みなのか? 睡眠状態に近いとは、どんな状況なのか?
皆がそんなことを考えていた時、東郷大学袴田研究室の助手・小野寺舞が袴田教授に小声でささやいた。
「先生、これを見てください」
舞は教授の前に、彼女のスマホを差し出す。
女の子らしい明るい色のストラップやシールなどが何もない、実にシンプルなスマホだ。そのケースもクリアなプラスチック製で、ロゴやイラストなどは描かれていない。女子大生のスマホとしては少し味気ないそれは、舞のさっぱりとした性格を表わしていた。
「袴田顕微鏡の画像だな」
その画面では黒いエックス状の何かがいくつもうごめいている。袴田素粒子である。
舞のスマホには、現在研究室で観察中の袴田素粒子の様子がリアルタイムで送られてきていた。素粒子を可視化する能力を持つ袴田顕微鏡からの画像である。
「ここです……ちょっと拡大してみます」
舞が右手の親指と人差指で画面をピンチする。
うごめく素粒子たちが、ぐっと拡大される。
「何かあるな」
うじゃうじゃと気持ちの悪い群れ方をしている袴田素粒子の中に、ひとつだけ少し違和感のある何かが見え隠れしている。だが、アルファベットのエックスのカタチが重なり合い、なかなか判別が難しい。袴田も舞も、その生配信を目を凝らして見つめる。
「さっき、チラッとだけ見えたのですが……」
舞はそう言うと、もう少し見やすくならないかと、画面をより拡大した。
「これは!」
たったひとつではあるが、そこにはエックスとは違ったカタチの素粒子が動いていた。
「Y……ですかね?」
舞の自信なさ気なささやきが聞こえた。