第139話 シミュレーション
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
「ほう」
後藤が少し感心したような声をあげた。
ここは国際テロ組織「黒き殉教者」の奥多摩アジト。後藤はブラックドワーフのコクピットで、コンソールの様々なボタンや装置をいじっていた。ブラックドワーフはどの国からも製造許可を得ていない闇ロボットである。軍用でも自家用でもないそれは、主にテロやロボット犯罪に用いられることが多い。
「こりゃ驚いた。エアコンが進化してやがる」
冬の奥多摩は東京都内と比較して、平均4度前後も気温が低い。しかもここは標高600メートルの廃村、沢集落跡である。にもかかわらず、ブラックドワーフのコクピットは過ごしやすいあたたかさだ。うっかりするとうたた寝すらしてしまいそうになる春の陽気なのだ。
「これなら夏の冷房にも期待できるってもんだぜ」
今から10年以上昔、後藤はダスク共和国のジガ砂漠で、様々な組織の傭兵として活動していた。その頃の相棒がこのブラックドワーフだったのだが、当時のこいつのエアコンは、後藤に言わせると「クソ」だった。ハードに暴れる任務だと言うのに、冷房が効いた試しが無かったのだ。ひと仕事終わった後、着ていた服は、まるで川に飛び込んだかのようにびしょ濡れになるのが常だった。
「もしかしてこいつ、日本製じゃねぇのかぁ?」
ブラックドワーフのエアコンは、中古の自動車用エアコンを無理矢理に装備したものだ。だが、後藤はこれまで日本製のエアコン付きのブラックドワーフにはお目にかかったことが無かった。
「いいねえ。俺にも1台くれねぇかなぁ」
そう言ってクフフと笑う。
「おい!なに遊んでんだ?!」
その時、ブラックドワーフのコクピット内スピーカーから、黒き殉教者のメンバー浦尾康史の声が響いた。
「これから、奉仕当日のシミュレーション訓練だ。お前のせいで失敗するなんて真っ平だからな」
「へいヘ〜い」
後藤がひょうひょうとした声で返事をする。
「しかし、奉仕ってのが慣れねぇんだよなぁ」
無線機のマイクでは拾えないほどのボリュームで、後藤はそうつぶやいた。
決行日がいよいよ来週に迫った今、今回のシミュレーションは本番と寸分違わない精度で行なわれる。ここでの訓練は本番にそのまま影響が出るだろう。失敗は許されないのだ。
後藤以外、浦尾、田村、石井の三人は、アイアンゴーレムのコクピットで極度に緊張していた。
後藤がコクピットの外部モニターに目を走らせる。
あれだな。
田村の乗るアイアンゴーレムの腰あたりに、ステンレスの輝きが見える。
円柱形で、500mlの水筒、真空断熱式のマグボトルのようなものが、アタッチメントで固定されていた。
あの中に袴田素粒子が山ほど入ってるって、冗談じゃねぇぜ……。
後藤は心中で毒づいた。
浦尾の説明によると、あのシリンダーはショックを受けると自動的に破裂する仕組みになっているらしい。つまり、目的の場所にさえ近づくことができれば、袴田素粒子をバラ撒くことが可能なのだ。
「田村さんよぉ」
後藤が無線に話しかける。
「なんだぁ?」
田村からイライラした声が帰ってきた。
「そいつ、訓練で破裂させないでくれよなぁ」
「けっ!俺はそんなにバカじゃねぇ!」
「それに、」
石井の声だ。
「このアイアンゴーレム三機とお前のブラックドワーフには、素粒子の感染を防ぐシールドが装備されてるんだ、心配ねぇ」
後藤がニヤリと笑う。
「そんなこたぁ分かってるけどよぉ、今破裂させちまったら、本番で使うものが無くなっちまぅだろうがよぉ」
「ちっ!」
石井の舌打ちが聞こえた。
「おい!そろそろシミュレーションを始めるぞ!」
浦尾の声が飛ぶ。
「お前ら、口じゃなくて手を動かせ」
「す、すまねえ」
こいつら、チームワーク最悪だなぁ。
後藤はそう思うと、ニヤリと右の口角を上げた。
「ところでよぉ。あのヒトガタはシミュレーションに参加しねぇのかよ? 本番どおりにやるって言ってなかったかぁ?」
後藤のその問いに、浦尾がイラついた声を返してくる。
「いいんだよ。俺たちの役目は東京ロボットショーのど真ん中に突入して、シリンダーを破裂させることだ。ヒトガタは俺たちとは別行動で、各出入り口で撹乱にまわってくれることになってる」
今回のテロ目標は、ビッグサイトで開催される東京ロボットショーだ。新型やコンセプトモデル、様々な自家用ロボットが1000台以上展示されるそんな場所で、袴田素粒子をぶちまけようというのだ。つまり、1000台のロボットを人質に、日本政府に要求を突きつけるのである。
「要求は、宇宙開発の全面停止だ!」
後藤は、顔を紅潮させてそう叫んだ浦尾を思い出していた。
「だったら、やっぱりヒトガタも一緒に訓練した方が良くねぇかぁ?」
「いや、ヒトガタと俺たちは連携の必要が無い。あっちはあっちで訓練することになっている」
「ヒトガタのパイロットは、今日はここに来てないしな」
なんだと?!そりゃ好都合だ!
石井の言葉に、後藤はニンマリと不敵な笑顔になる。
キドロ三機と俺のブラックドワーフなら、アイアンゴーレム三機なんて敵にもならねぇ。
モールス信号で、お嬢ちゃんをおどかしただけになりそうだぜ。
後藤はフッと、安堵の息を漏らしていた。




