表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

138/508

第138話 ベッドサイドモニター

「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。

「わたし、宇宙病に感染したことがあるの」

 マリエの言葉は、この場にいる全員を驚愕させるに十分だった。

「じゃあマリエちゃんは宇宙に行ったことあるんだ!すご〜い!」

 ひかりだけ、驚愕のベクトルが違ってはいるが。

「宇宙病を完治させるには、何年もかかると聞いていますわ」

「うん。ずっと眠ってて、起きてもずっと隔離室にいたの。何年も」

 マリエの語り口はいつもと違って饒舌だった。だが、一同がそんな変化にさえ気付かないほどに、語られる内容が衝撃的だったのである。

 マリエが四歳の頃、父と母と共に宇宙へと旅立った。ヨーロッパ各国が共同で運営している欧州宇宙機関の調査宇宙船、ゴールデン・ハインド号で土星の衛星タイタンの調査に向かったのだ。

 マリエの父、ヤン・フランデレンは、オランダ宇宙研究所で宇宙物理学を研究していた。母、風花フランデレンは父と同じ研究所で、宇宙飛行士の健康管理や医学運用を行うフライトサージャンを努めていた。

 当時のマリエはまだ四歳だ。ゴールデン・ハインドの目的や土星の衛星タイタンについては、ほとんど理解していなかった。だが、父母と一緒に暮らす生活は、彼女にとって地球上でも宇宙でも、たいして変わりは無い。幸せだったのだ。

 だが、そんな生活は長くは続かなかった。

 父が宇宙病に感染した。次いで母も感染した。

 陰圧感染隔離室の分厚い二重窓から見えるのは、ずっと眠り続ける両親の姿だった。マリエはその光景を忘れることはできない。今でも時おり夢で再現されるのだ。

「その後、わたしも感染したの」

 そう小さくつぶやいたマリエを、皆静かに見つめている。

「それからなの」

 マリエが顔を上げてひかりに視線を向ける。

「機械の言葉が聞こえるようになったのは」


 最初それは夢の中での出来事だった。

「ねぇマリエちゃん。退屈じゃない?」

 マリエは両親と同じ、陰圧感染隔離病棟のベッドに寝かされていた。

 まわりを見回してもこの病室には誰もいない。

「だれ?」

「ボクだよ、ボク」

 声のする方を見ても、やはり誰もいなかった。

 そこにあるのは、患者の心電図、呼吸状態、血圧などの生体情報を表示しているベッドサイドモニターだけである。

「あなたなの?」

 マリエの問いに、モニター画面に映し出されている波形が、まるで笑顔のような形を作る。

「あ、笑った」

 マリエも少し笑顔になる。

 この日から、ずっと眠り続けているマリエの退屈な生活は、モニターさんの登場でガラリと変わった。

 ある日、マリエはいいことを思いついた。

「ねえモニターさん」

「なんですか?マリエさん」

「ぱ行で遊ぼ!」

 「ぱ行遊び」は、マリエがいつも父や母と楽しんできた言葉遊びだ。日本では幼稚園などで教育などにも取り入れられている。

 ルールは簡単だ。「ん」以外の全ての文字を「ぱ行」に変換して話す。それを聞いて何の名前を言っているのかを当てるのだ。

「いちご」は「ぴぴぽ」、「ホットケーキ」なら「ぽっぽぺーぴ」なんて具合。

そんな遊びなのだが、言葉をぱ行に変換することと、イントネーションだけで物の名前を当てることは、大人にとってすら結構難易度が高い。マリエが大好きな、そして得意な遊びだった。

 モニターさんは「ぱ行遊び」が得意だった。

 マリエとほぼ互角に渡り合ってくる。

 味気ないマリエの入院生活が、モニターさんのおかげでとても楽しくなった。

 だが、マリエは知っていた。その全てが夢の中の出来事であることを。

 そして、その日はやって来る。


 ガチャリと、ドアにしては大きめの音がした。

 隔離室の防護扉がゆっくりと開いていく。

 ベッドに腰掛け、本を読んでいたマリエが顔を上げた。

「いらっしゃい、マリエ」

 久慈が立っている。防護服は着ていない。

「いいの?」

 とまどいながらマリエが聞いた。

「ええ。あなたの中にあった悪いものは、全部除去できたわ」

 久慈の笑顔に、マリエが駆け寄った。そのまま飛びつくように抱きつく。

「もう大丈夫よ」

 マリエに抱きつかれたまま、久慈はマリエの頭をよしよしとなでた。

 その後マリエは、一般病棟へと移された。

 隔離されていない、誰からも拒絶されない、普通の病室だ。

 マリエの体内から、全ての袴田素粒子の除去が完了したのである。

 ベッドに横になりながら、長かった闘病生活を振り返ってみるマリエ。もちろん、病気の完治はとてもうれしかった。だが、マリエにとってたったひとつだけ、心残りがあったのだ。

 モニターさん……。

 ベッドサイドに設置されたモニター画面にふと目をやる。

 治療期間にマリエを支えてくれた彼とは、もう会えないのである。

 その時だ。心電図、呼吸状態、血圧などの生体情報を表示している画面がふらふらと揺れた。そしてその波形が笑顔のように変化する。

「モニターさん!」


「夢の中みたいに、言葉でお話はできないけど、その時から機械の気持ちが分かるようになったの」

 マリエは珍しくニッコリと笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ