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第13話 夢

「超機動伝説ダイナギガ」が今年(2023年)なんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。

 三年生……私、三年生だっけ?

 授業中なんだ……今。

窓のすぐ外で背の高い木が風に揺れている。何の木なのか、ひかりには分からなかった。ひかりがいる教室は四階にある。窓から見えるのは夏の間に勢い良く茂った枝と葉。秋を前に全体の色が少しずつ変わり始めている。日ざしはもうやわらかい。

「遠野さん」

 突然ひかりの名前が呼ばれる。もちろん先生だ。国語の授業の真っ最中だと言うのに、ぼんやり外をながめている生徒に注意するのは教師にとって当然の務めである。

「は、はい!」

 驚いてはじかれたように立ち上がるひかり。

「何を言っても相手から反応が返って来ない……そんな時、ことわざでは何と言うのか、答えてみなさい」

 優しい口調である。柴本恭子は生徒達の間で特に人気の高い先生だ。まだ二十代だと言うのに教え方が優れていて、生徒たちの成績はどんどん上がっていく。しかもとびきり優しいとなれば、人気が出ないはずがない。彼女はひかりの担任でもある。

「これに答えられたら、ぼ〜っとしてたこと、許してあげるわ」

 ぼ〜っとしてたこと……そうか!

 ひかりの顔がパッと明るくなる。

「あ、分かりました!私、いつもみんなから言われるんです、それ……えっと……なんだっけ?」

 つい今分かったと言ったはずのひかりの顔にクエスチョンマークが浮かぶ。

 教室に笑いが広がる。

「ことわざのお勉強を始めて、最初に教えたハズよ。頑張って思い出しなさい」

 先生は持久戦の構えだ。チョークを置き、教科書を閉じてひかりを見つめている。

「えっと……」

 思い出せそうで思い出せない……もどかしさがひかりの中で広がって行く。

 その時、ひかりのななめ前に座っている男の子が、なにやらジェスチャーを始めた。

 鈴木雄二。ひかりの幼馴染みだ。どうやら身ぶり手ぶりでひかりにことわざを伝えるつもりらしい。

「腕を伸ばして……かきわけて……雄二、それじゃわかんないよ〜、もっと分かりやすく!」

 ひかりは小声で雄二に催促する。雄二の身ぶりが大きくなる。何かをかきわけて……腕で何かをぐっと押して……

「鈴木君、何してるの?」

 やばい!先生の声に、雄二は首をすくめた。ジェスチャーゲームはここまでだ。

「あ……分かった!思い出しました!」

 突然元気いっぱいになるひかり。

「確か……腕押しにのれん!」

 教室中に大きな笑いが広がる。不思議そうな表情でみんなを見渡すひかり。どうしてみんなが笑っているのか、ひかりにはさっぱり分からなかったのだ。

「違うの?だってよく言われるよ私……遠野って、腕押しにのれんだよなぁ……なんて」

「ひかり、逆よ逆!」

 ひかりの後ろの席に座っている仲良しの由美子が小声で教える。

「逆?……じゃあ、のれん押しにうで!」

 教室の笑いは最高潮に達した。先生は呆れた表情で腕を組んでいる。ピンチだ。ひかり最大のビンチ!

 と言っても、このくらいのビンチなら、一日に何度もひかりの身に訪れているのだが……

「遠野さん、それを言うなら……」

 先生がそう言いかけた時、教室の扉が激しくノックされた。ただならぬ気配である。笑いに包まれていた教室は、その威圧感のある音に一瞬にして静まり返った。

「はい」

 恭子は返事をすると、扉へ向かった。教室の扉は引き戸である。ガラガラと乾いた音をたてて開き、廊下と空間がつながる。

 どうやら教頭先生らしい。ひかり達からその姿は見えないが、わずかに声が聞こえて来る。恭子の態度から、誰かを連れてやって来たようだ。

 授業中に教頭先生が教室まで来るなんて、一体何ごとだろう?

 ひかり達の小さな胸に不安がよぎる。三年生と言えばそろそろ物事がしっかりと分かり始める年頃だ。

 こんなシチュエーションはテレビで見たことがある。あの時は主人公に悪い知らせが飛び込んできた……。

 生徒達の心にそんな思いが広がって行く。

「遠野さん、ちょっと」

 まさか……わたし?

 ひかりは恐る恐る自分の席を離れ、ポッカリと廊下へ口を開いた四角い穴へ向かってゆっくりと歩く。廊下からは、教室内とは違った少し冷たい空気が流れ込んでいる。そのせいか、先生達のいる場所が、ひかりには異空間のように感じられた。

「あれ……この時、何があったんだっけ?」

 小学三年生のひかりを見つめるもう一人のひかりの頭に、そんな疑問が浮かんでいた。教室の扉が開いた向こう、廊下のはずの空間が真っ黒な闇に見えていた。

「おかしいな……ちっとも思い出せないよ」

 ひかりは小首をかしげて考え込んだ。すると、どこからかひかりを呼ぶ声が聞こえてきた。

 遠野……。

「誰?」

 ひかりは後ろを振り返る。そこには真っ白な空間が広がっているだけで、誰の姿も無い。雲のような、霧のような、不思議な空間に純白の粒子がキラキラしている。

 遠野……。

 また聞こえた。

「あれ?陸奥教官?」


「遠野」

「はいっ!遠野は私ですっ!」

 ひかりは寝かされていた検査機のベッドで、勢いよく上半身を起こした。そこには陸奥がいた。いつもの鬼教官ではなく、とても優しげな眼差しをひかりに向けている。

「夢を見ていたみたいだな。何か寝言を言っていたぞ」

 陸奥はそう言うと、より一層優しい笑顔をひかりに見せた。

 あれ……こんな顔、どこかで見たような……。

「あ、お兄ちゃん!」

 そう、ひかりの兄の笑顔に似ていたのだ。

「俺はお前のお兄ちゃんじゃない、教官だぞ」

「ご、ごめんなさいっ!」

 ベッドの上で思いっきり頭を下げるひかり。

 ひかりには、こんなことがよくあった。担任の柴本恭子のことをつい、おかあさん、と呼び間違えることもよくあったのだ。

「特に問題は無かった。もう教室に戻っていいぞ」

 そんな陸奥の言葉に、ひかりも笑顔になる。

「はい!ありがとうございました!」

 検査機のベッドから降り、靴を履いて医務室を出ていくひかり。

「えーと……私、なんの夢見てたんだっけ?」

 ひかりはまた小首をかしげながら、廊下を自分の教室へと向かった。

 ひとり医務室に残された陸奥は、先程までの笑顔を消して、検査機のモニター画面に見入っていた。

「また数値が上がったか…」

 陸奥は誰に聞かせるでもなくそうつぶやいていた。

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