第129話 ポイント・ネモ
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
「南郷さん、ヒトガタの運転は初めてですよね?」
陸奥はコクピット内の無線機に声をかけた。
「そうやなぁ、ここに来てすぐちょい乗りはしたけど、例の暴走騒ぎでちゃんとしたテスト運転すらできひんかったからなぁ」
陸奥と南郷はそれぞれ、陸自の最新鋭軍用ロボットである25式人形機甲装備、通称ヒトガタのコクピットにいた。その二機のヒトガタは、大型輸送ヘリCH-47JAチヌークに積み込まれている。
「しっかしホンマに超アナログですなぁ、こいつ」
南郷がパチパチと、いくつかの物理スイッチをオンオフさせる。
その動きに合わせて、ヒトガタの前方ライトが明滅した。
「でも、南郷さんはこのタイプの方が乗りやすいんじゃないですか?」
「まぁ、そうですけどねぇ」
「以前乗っていたのは、この手のヤツでしょう?」
「陸奥さんもそうじゃないですか」
二人が楽しげに笑う。
「こちらアビエーターの北斗です、ブルーと呼んで下さい」
陸奥と南郷のコクピットに別の声が入電した。
アビエーターは軍用ヘリや戦闘機の操縦士のことである。
パイロットだと、案内人など別の意味の場合もあるため、軍の現場ではこちらが使われることが多い。なお、空自の戦闘機F-4EJのパイロットはファントム・ライダー、F-15Jは特別にイーグル・ドライバーと呼ばれている。
「了解です、ブルー」
この場合のブルーはタック・ネームだ。
個人を識別するために入隊時に付けられるあだ名のようなもので、大抵は所属部隊の隊長によって命名される。
「ちなみにブルー、なんでブルーなんです?」
南郷の問いかけに北斗がにこやかに答える。
「酒を飲むとすぐ、顔が真っ青になりますので」
「わたしゃ真っ赤になりまっせ〜」
「いつかぜひ、ご一緒に」
「了解で〜す」
ローターの回転音が少しずつ上がっていく。
「こちら、いつでも離陸できます。そちらの状況は?」
「こちらも大丈夫です。ヒトガタ両機、すでに固定済みです」
「了解。間もなく離陸します」
ザッとノイズが鳴って、北斗の声が切れた。
ヘリポートから、チヌークが飛び立とうとしている頃、地下の対袴田素粒子防衛線中央指揮所では、インドの宇宙ステーション「センドラル」の落下時間と落下地点の割り出しに懸命の状態だった。
ここで入手できる様々な衛星の現状データ、ISSから送られてくるセンドラルの高度や速度の変化、推進システムによる加速やその進行方向、などなど全てのデータを、UNH・国連宇宙軍総合病院の袴田素粒子感染症候群隔離病棟へ送る。そしてそれらは全て、陰圧隔離室の山下美咲、いやアイに提示されている。
「これって、お見せするだけで大丈夫ですか?」
愛菜がリモート画面に問いかけた。
「大丈夫です」
アイの冷静な声が届く。
「美咲さんの目から入ったデータは全て、脳内でシミュレーションしている仮想コンピューターにインプットしています」
驚きである。
人間の脳の潜在能力の高さは誰もが知るところだ。ヒトは死ぬまでに脳の三割ほどしか使用しない、などとよく言われているが、アイはそんな脳をフル活用しているように思われた。アイの前に掲げられたノートPCの画面を、アイの目がくるくると動いて読み取っていく。
「センドラルですが、ポイント・ネモに落とせないかな」
ISSから声が届いた。フランス人宇宙生物学者レオ・ロベールだ。
「近くを通過しそうなの?」
逆に愛菜が問いかける。
「おそらく」
到達不能極という言葉がある。地理的に最も陸地から離れている海、たどり着くのが大変な地域のことである。地球の到達不能極は、ニュージーランドとチリとの間、南太平洋になる。大陸や小さな島など、どんな陸地からも2700km以上離れた、誰も訪れることのない場所、それが到達不能極。この場所こそ、人工衛星の墓場と言われる「ポイント・ネモ」なのだ。世界初の宇宙ステーション「サリュート」や後継機の「ミール」、そして初代の国際宇宙ステーション(ISS)など、300以上の人工衛星や宇宙ステーションがここに落とされてきた。
ちなみにその名前の「ネモ」は、ジュール・ベルヌのSF小説「海底二万マイル」に登場する潜水艦ノーチラス号の船長の名から付けられた。「ネモ」はラテン語で「誰もいない」という意味だからである。
「だが、そうなるとミサイルでもないと撃ち落とすことはできないんじゃないのか?」
雄物川が難しい顔をする。
「そうですね。日本からは無理でしょう」
久慈が首を左右に振った。
「ダン、米軍にお願いできる可能性は?」
「愛菜はいつも無茶なことを言う」
ISSのアメリカ人宇宙物理学者ダン・ジョンソンが肩をすくめた。
「でも、ダメ元でやってみるさ」
ダンの白い歯がキラリと輝いた。




