第121話 本殿
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
その部屋は真っ黒だった。
真っ暗ではなく、真っ黒なのだ。
後藤が連れてこられたのは、本殿の一番奥の部屋。もちろん、後藤にとっては初めての訪問である。その間取りを知るはずもないため、もっと奥、もしくは地下などにも部屋があるのかもしれない。だが、建物の大きさから推測するに、後藤にはここが最も奥まった場所だと思われた。
50畳はありそうな大きな部屋が、五つの区画に分けられている。その形状は、寺の本堂にそっくりだ。後藤たちが入ってきた扉から「外陣」、後方を「内陣」、その両脇を「脇陣」と考えればまさに寺の構造なのだ。
だが、寺と違い板の間は無く、50畳全てが畳敷きである。
後藤は、一緒にやって来た浦尾、田村、石井と共に、畳に正座をさせられている。
「落ち着かねぇな」
後藤は、誰にも聞こえないほどの小声でそうつぶやいた。
おそらく普通の神経を持つ者なら、ほとんどが後藤と同様の感想を持つだろう。
畳が黒いのだ。吸い込まれそうなほどに真っ黒なのだ。
日本には墨染めという技術がある。墨を基本に、染める対象によって様々なものと混合して染め上げる。喪服や、寺の僧侶の袈裟などでよく見られる染色方法だ。だがここの畳は、墨とは違った何かで染められているように見える。
後藤は畳の目を、右手の人差指でそっとなぞってみた。もちろん黒くなったりはしない。い草はしっかりと黒に染められている。だが後藤には、やはり墨の色とは違うように思われた。
室内にパチパチと木が燃える音が響いている。
後藤たちの前方で、護摩焚きのように組まれたやぐらの中で、札のような形をした木材が燃えているのだ。
「あれって、護摩の火なのかぁ?」
「そうだ」
浦尾が小さく返事をした。
護摩かよぉ。なんだか無茶苦茶だなぁ。
この場所に導くように立てられていた門は鳥居に似ていた。建物も、色は特殊だが神社の本殿のようだ。だが、その中の構造は寺のようで、目の前で護摩の火が焚かれている。
護摩ってのは密教じゃねぇか。神社と寺が混ざっててわけが分からねぇ。
護摩焚きは、日本やチベットなどに伝わる密教の代表的儀式だ。ご本尊の前で、その宗派の僧侶が供物を焚き上げ、厄や災いを払う。また、その火に札をくべ、その炎の昇り方で、様々な吉凶を占うこともできると言われている。
「護摩」は、梵語(サンスクリット語)の「ホーマ」が変化した言葉だ。「供物を捧げる」「犠牲」「いけにえ」などの意味があり、インドなどでは火を使った儀式の多くを指している。
もちろん、日本の歴史には神仏混淆というものがあることは後藤も知っていた。神社に祀るような日本古来の神と、仏教の仏や菩薩を一緒にうやまおうというもので、その始まりは奈良時代にまでさかのぼる。明治時代の神仏分離政策により禁止されたものの、今でもその名残はあちらこちらに残っている。寺の敷地内に小さな神社の社があったり、寺の門の前に鳥居があるところも見受けられる。初詣、七五三、縁結びなどの行事は神社にお参りするが、死んだら寺の墓に入る。日本人が、生きている間は神社、死んだらお寺の世話になる、などと言われるのもその名残なのかもしれない。
バチっ!
ひときわ大きな音が、護摩焚きから響く。
その時、後藤たちから見て護摩の火の向こう側にある、やはり真っ黒いフスマが音もなくスッと開いた。
やっぱり、この三人以外にも誰かいるようだな。
後藤は護摩の火に邪魔されている視界に目を凝らす。
「あなたが後藤さんですね?」
男の声だ。しかもとても美しい。
その男が護摩焚きの前へ出る。
華奢な、だが弱々しくはない若い男だ。まだ20代後半ではないだろうか?
この場所に似つかわしくないスーツ姿だった。その色はこの部屋に溶け込みそうな黒である。
ネクタイに色が無かったらまるで喪服じゃねぇか。
後藤は内心そう思ったが、口には出さなかった。
「あんた、何者だぁ?」
ぶしつけにそう聞いた後藤に、隣に正座している浦尾が大声を出した。
「失礼だぞ!この方は、アヴァターラ様だぞ!」
「アラビアータだと?パスタかよぉ」
後藤が右の口角をニヤリと上げる。
「何バカなこと言ってんだ!」
田村も後藤に噛み付いた。
「すんません、こいつ何も知らねぇんです、さあアヴァターラ様にお詫びしねぇか!」
「だからよぉ、そのアバ、なんちゃらって何のことだぁ?」
その問いには、黒いスーツの男が答えた。
「梵語で、神の化身と言う意味です」
男は口元に穏やかな笑みを浮かべている。
「ヒンドゥー教では、救済の神ヴィシュヌの化身とも言われています」
今度はヒンドゥー教かよ。もうわけがわからねぇ。
「で、あんたが神の化身ってことは、この寺か神社のトップでいいのかぁ?」
男の笑みがニヤリとしたものに変わる。
「そう言ってもいいかもしれません」
「じゃああんたが神主様ってことだよな」
「ちょっと違いますね。ここは神社ではありませんから」
男はちょっと考えるように間を置いてから後藤に言う。
「神職ではありますので、あなたがそう言いたいのならそれでもいいでしょう」
「じゃあ神主さんよぉ、ここは何をする場所なんだぁ?」
後藤の目を鋭く見つめて男はこう言った。
「マトハル教の儀式です」
マトハル教。
その名前は後藤にも聞き覚えがあった。
謎に包まれた日本の原始宗教で、結構ヤバい儀式を行なうらしい、と。
こりゃあとんでもない所に来ちまったんじゃねぇのか?
後藤の心中は穏やかではなくなっていた。




