第116話 センドラル
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
スカイラブはアメリカの宇宙ステーションだ。
人類が初めて月への第一歩を記したアポロ計画が予定より早く終了したことで、打ち上げロケットに余剰が出てしまった。そのサターンV型の第3段をまるごと改造して宇宙ステーションにしたのがスカイラブである。
直径6.6メートル、全長14.7メートル、重量28.3トン。1973年5月14日に打ち上げられ、1979年にはその役目を終えて廃棄、大気圏に突入する。だが、その破片は再突入でも燃え尽きず、オーストラリア南西部の陸地に落下した。
ロシアの宇宙ステーション「ミール」の廃棄は世界中で物議をかもした。特に日本での報道は過熱気味だったのを覚えている方もいるだろう。なぜなら、南太平洋に落下すると言われたミールは、その直前に日本列島上空を通過することが分かったからだ。
なにしろミールの全長は約33メートル、重量約140トンと、スカイラブの比ではない。大気圏で燃え尽きずに、確実に地球に到達するだろう。
だが実際は陸地には落下しなかった。燃料を積んだ補給船が2001年1月末に打ち上げられ、ミールにドッキング。そのエンジンを使ってミールの高度を徐々に下げ、最終的には無事に南太平洋の海に落下させた。2001年3月23日午後3時頃のことである。フィジー諸島からは、ミールがいくつもの火の玉になって海へ落下する様子が観測されたという。
そして今回問題になっているインドの宇宙ステーション「センドラル」は全長26メートル、重量は110トンだ。スカイラブとミールの中間あたりのサイズとも言える。つまり、確実にその破片は地球上に到達することになるだろう。
「ダン、聞こえてる?」
対袴田素粒子防衛線中央指揮所のコンソールから愛菜が、ISSへ声をかけた。画面にはISS船内の様子が映し出されている。
「ああ、大丈夫だ。ちゃんとつながった」
その画面には、アメリカ人宇宙物理学者ダン・ジョンソンとフランス人宇宙生物学者レオ・ロベールが映っていた。
ISSは秒速約7.7kmの、ものすごいスピードで飛んでいる。すると何が起きるのか……。SFなどでよく聞くウラシマ効果である。アインシュタインの特殊相対性理論によると、高速で移動するものは、その内部での時間の流れが遅くなる。もちろんISSも、この物理法則からは逃れられない。また、人工衛星にかかる重力の大きさは、地上より小さくなる。一般相対性理論によると、重力の影響が少ないものの時間は、地上より早く進むのだ。
ISSだけではない。現在当たり前のように使われているGPS衛星の場合、この小さな時間のズレによって数キロ単位で位置がズレてしまう。そこでGPSでは、一般相対性理論と特殊相対性理論の連立方程式を作り、その誤差を修正している。
これらの要素のため、ISSにおける時間は、地球上よりも1年につき0.009秒遅れることになる。しかも、それに加えて通信にとって重要なのは距離である。光の速度で進む電波であっても、距離が離れれば遅延が発生する。これら様々な要素で、ISSからの通信はおよそ0.5秒のズレが生じてしまう。テレビなどでよく見る衛星中継のタイムラグが生まれるのだ。
「ダン、センドラルに袴田素粒子反応は?」
0.5秒のタイムラグにより、ダンの声は一瞬の間が開く。指揮所にいる全員にとって、その0.5秒は永遠の時間に感じられた。
「残念だが、反応をキャッチした」
誰のものか、大きなため息が聞こえた。
「落下の速度は変わってない?」
「いや、スラスターの噴射で変化するので、なかなか予測できずにいるんだ」
スラスターとは、人工衛星、惑星探査機などの場合、主な推進機関以外の、姿勢制御や軌道の微修正などに使う噴射装置のことだ。宇宙では燃料を燃焼するロケットスラスターが使われている。先程の画像で光っていたのは、その噴射の炎なのだ。
「なんと言うか……まるで誰かが乗り込んで、操縦しているみたいな動きなんだ」
「落下地点もまだ分からない。なにしろ、スラスターで落下だけじゃなく移動もしているんだよ」
レオとダンの顔が曇っている。
「分かった。引き続き観測を続けて」
「了解!」
愛菜がコンソールから顔を上げると、後ろにいた所員のひとりが声を上げた。
「袴田研究室ともつながりました!」
ISSの様子が見えている画面の隣のディスプレイに、リモート接続された袴田研究室の面々が写った。
「袴田教授、おひさしぶりです」
愛菜のあいさつに袴田は、うむとうなづいた。
「どうでしょう、衛星のことは分かりましたか?」
袴田の言葉に、指揮所のメンバーは顔を見合わせた。
「袴田くん」
雄物川の声が重く響く。
「君の言う通りだ。廃棄されたインドの宇宙ステーションが、少しずつ落下を始めている」
「インドと言うことは……センドラルか?」
「そうだ。しかも、センドラルには袴田素粒子反応が出ている」
やはりそうか。
袴田の表情はそう語っていた。
「あのステーションのサイズだと、必ず地上に落下してしまう。どこに落ちるのかは分かっているのか?」
「いや、それはまだ調査中だ」
指揮所一同の表情が暗くかげる。
「実は、みなさんに紹介したい人物がいるのです」
袴田はそう言うと、リモートで使っているノートPCを移動させた。
一体誰のことだろう?
そう思い、画面を見つめていた皆の目に、一人の女性の姿が写る。40前後だろうか。キリッとした表情が美しい。
彼女は髪をゆっくりとかき上げ、右耳にかけた。
「はじめまして。アイと申します」
感情のない声だが、口元にはほんの少し微笑みが見て取れた。
「彼女は山下美咲さん。二年前に地球に帰還した惑星調査船、サン・ファン・バウティスタ号の副長です」
画面に美咲を写したまま、袴田の声がそう告げた。
「ですが、今しゃべっているのは、袴田素粒子のアイくんなのです」
あまりの驚愕に、指揮所内の空気が震えた。




