第115話 落下する衛星
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
「愛理ちゃんのお母さん、何してる人なの?」
奈々の疑問は当然だ。警視庁のヘリで現われ、さっそうと埋立地に降り立った。そして白衣のいでたちでロボット教習所に入っていったのだ。
一体何者?
誰もがそう思うだろう。
「あんなにカッコいいんだし、きっとすごい人なんだよね!」
ひかりの目はワクワクで輝いている。
「うーん……なんとか物理学者?」
愛理は首をかしげなから皆を見返した。
「なんとかって言われても、俺らには分からへんで」
「きっと『なんとか』を研究してるんだよ!」
ひかりが明るく、きっぱりと言い放つ。
「だから、なんとかって何なのよ!」
「ナン、とか?」
「カレーかよっ!」
奈々が右手の甲でパシンと、ひかりの左肩に突っ込みを入れた。
うおっ!泉崎さん、突っ込みポーズまで身につけたんや!
両津の目は違うワクワクで輝いた。
「そ……そ……そ、なんとか、だったような」
思い出せそうな、出せないような、愛理が口をパクパクさせている。
「ソース焼きそば!」
「縁日へ行きなさい!」
「総入れ歯!」
「歯医者に聞けっ!」
「粗大ごみ!」
「そんなもの研究してどうするのよ!」
「相対性理論!」
「研究しろ〜!」
ん?正解かな?
ひかりと奈々が愛理を見つめる。
だが、口を開いたのは奈央だった。
「伊南村愛菜さんですわね。高名な素粒子物理学者さんですわ」
「それですぅ〜!」
その言葉に愛理が飛びついた。
「なかなかマニアックな研究だぜ、ベイビー」
「でも……前から思ってたんですけど、素粒子ってなんですかぁ?」
「おかーちゃんの仕事、分かってへんのか?愛理ちゃん、めっちゃすごいな」
そう言うと両津はひかりに視線を向けた。
さあ、なんて言うやろ?
「愛理ちゃん、素粒子って言うのはとっても小さい粒のことだよ」
「合ってるやないかーい!」
「とびっことか」
「違ってたやないかーい!」
例によって、全然話が進まないのであった。
「こちらが例の衛星の画像です」
愛菜は、教習所校舎地下にある対袴田素粒子防衛線中央指揮所で、一つのディスプレイを指差した。
その場には陸奥、南郷、久慈、そして雄物川所長の姿もある。その他、多くの白衣の所員たちが、忙しそうに動き回っていた。モニター画面をチェックする者、何かの資料を広げている者、電話でどこかに連絡している者もいる。
「この画像はISSが捉えたものです。相対速度が速すぎてブレていたのを、AIで修正してあります」
「いや、これって大きすぎませんか?」
陸奥の指摘に、愛菜が自分のパッドを操作する。
ピッピッとタップして、何かの資料を表示した。
「ISSの同僚が識別番号から割り出したんですが、これは人工衛星ではないんです」
一同の顔に疑問が浮かぶ。では、何なのか?と。
「インドの宇宙ステーション、センドラルです」
インドは宇宙開発大国だ。
インド宇宙研究機関ISRO(Indian Space Research Organisation)の技術力は非常に高い。1969年に設立された国家機関ISROは、インドの宇宙開発を順調に推進してきた。その規模も大きく、約2万人の職員が日夜宇宙についての研究開発を続けている。宇宙センターは南東部スリハリコタにあり、人工衛星104基を載せたロケットを打ち上げ、すべての衛星を軌道に投入することに成功したことで世界的にも有名となった。一度のロケット打ち上げで軌道に投入した衛星の数では、もちろん世界最多記録である。
「センドラルですか、最近聞かない名前ですね」
「確か、ずい分前に廃棄されたんちゃうかったっけ?」
久慈と南郷が首をかしげる。
「はい。今では新型のベーラマンガイに置き換わっています」
センドラル、タミル語で「花」の名を持つその宇宙ステーションは、インドの宇宙開発の初期に大活躍を果たした。月、そして太陽系の他の惑星に探査機を送る場合、センドラルで組み立て、オペレーションされてきたのだ。だが、10年を越える運用での老朽化は激しく、最新型のベーラマンガイに交代するカタチとなった。ちなみにベーラマンガイは、タミル語で「勇気ある女性」の意味である。
「全長26メートル、質量は110トンを超えます」
愛菜の言葉に、雄物川が思わず息を漏らした。
「そのサイズじゃ、大気圏に再突入しても、燃え尽きないんじゃないかね?!」
「はい。元々は、残された推進機関を使って太平洋上に落とす計画だったんですが、それが機能しなかったんです。ただ、静止軌道が非常に高いため、落下してくる恐れはないとされていました」
「それが落ちてきている?」
「この画像の……ここを見てください」
愛菜が指し示した場所に、小さな光点が見える。
「これは?」
「先程お話した推進機関が機能しているようです」
指揮所内が沈黙に包まれた。
「それで、袴田素粒子の反応は?」
「センドラルの速度は秒速約460m、ISSは秒速約7.7kmです。あまりの速度差で、なかなか反応をとらえることが難しいのですが……そろそろISSの同僚たちがなんとかしてくれる頃じゃないかと」
愛菜の言葉を受けるように、コンソールに向かっている所員の一人が声を上げた。
「ISSからの連絡が入りました!」




