第113話 ファーストコンタクト
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
「待ってくれ、我々は君たちのことを何も知らない。まずは君たちの存在自体について、教えてくれないか?」
袴田教授がアイの目つきに変容した山下美咲に言った。
陰圧感染隔離室にいる全員が、まさに固唾を呑んで見守っている。
このアイと言う存在は、人類にとって初めて遭遇した地球外の知的生命体なのかもしれない。つまり今この瞬間が、彼らとのファーストコンタクトになる可能性があるのだ。ここにいるたった数人が、今まさに歴史に残る瞬間に立ち会っているのである。
隔離室のガラスの向こうで、美咲の姿をしたアイは腕組みをする。
「そうですね……」
そして、少し考えるとゆっくりとうなづいた。
「いいでしょう。あまり時間が無いので、簡略化して説明させていただきます」
「まず最初に確認したいのだが、君は……いや君たちは、我々が袴田素粒子と呼んでいる存在なのかね?」
「あなた方の理解できるカタチでは、そう言ってもいいでしょう」
「あの、あなたたちは生命体なんですか?」
ごくりとつばを飲み込んだ遠野拓也が、思わず前のめりになる。
袴田研究室のメンバーにとって、それがずっと引っかかってきた問題なのだ。意思がある、もしくは自我があるように動く袴田素粒子。だが、これまでの生物学の常識では、素粒子のように小さな存在が生命体であるはずがない。
アイが拓也を見つめる。
「私たちは、あなた方が言う生命について、あまり理解していません。私が、なんとなくですが、それについて分かってきたのは、美咲さんといっしょになってからなのです」
いっしょになる、と言う表現にはずいぶんと違和感がある。
そこにいる全員にとって宇宙病は「感染する」ものなのだから。
「生命の定義が違うということですか?」
小野寺舞が緊張した声でそう聞いた。
「定義と言うか、私たちには生命という概念がありません。私たちは、物質でありエネルギーでもあるのです。ですから、消滅の概念はあっても死というものを意識したことはありません」
「では、君たちは生まれてから、いや発生してから何かの理由で消滅しない限り、永久に存在している?」
袴田が、興奮を隠せない声音で問いかけた。
「そうとも言えます。私ではありませんが、ビッグバン以来ずっと存在している者もいると聞いています」
聞いている?!
そうだ、あれが知りたい!
「聞くというのはもしかして、量子テレポーテーションを使っているんですか?」
拓也の質問に、アイはちょっと首をかしげた。
「量子テレポーテーションですか。量子物理学は少し分かりますが、その言葉は美咲さんの知識には無いようです」
そう言ってアイはほんの少し微笑みを浮かべる。
「美咲さん、物理は苦手とのことです」
表に出てこなくても、脳内で会話が続いているのか。
ドクターの陽子が、手にしているパッドに記録を続ける。
「そろそろ、急いでお知らせした方がいいと思われる話題に移ってもいいですか?」
「その前に、」
袴田がアイの言葉をさえぎった。
「一番大切なことを聞きたいのだが……」
「何でしょう?」
袴田はひと息ついて、意を決したように言う。
「君たちの目的は、地球の侵略なのかね?」
その仮説を知らないこの部屋の研究員やナースたちが、驚きに目を見開いた。
アイは思案しているように、右手をアゴにあてている。
室内に張り詰めていく緊張が、ピリピリと全員の肌を焼く。
「はい、その通りです」
驚愕は袴田を始め、ここにいる全員に広がった。
「あなた方の概念で言うと、そうなるのかもしれません。ですが……」
アイはガラス越しに全員を見渡してから、フッと柔らかな笑顔になった。
「私たちも、一枚岩ではないのです」
「ではアイさんは?」
「はい。ですから私はここにいるのです」
どこまで信用していいのかはここにいる誰にも分からない。なにしろファーストコンタクトなのだ。相手の性質や文化を知らない状態で、簡単に判断することはできない。
もっとお互いのことを知らなければならない。
袴田研究室の三人の心にはそんなことが浮かんでいた。
「これ以上のお話は、またの機会にしましょう」
アイの目つきが鋭くなる。
「ひとつお聞きしたいことがあるのです。地球の上空を飛んでいる人工衛星に、何かおかしな動きはありませんか?」
袴田と拓也、舞が顔を見合わせた。
「いや、我々の所には、特に連絡は来ていない」
「確認していただけませんか?」
「人工衛星ならISSが常に監視しているはずです」
「もし異常があれば指揮所……いや教習所に連絡がいくと思います」
拓也と舞が袴田にそう言った。
「分かった、今から確認してみよう」
「衛星の何が心配なんですか?」
そう言った拓也に、アイは視線を送る。
「私にも届いた情報です。あなた方の表現を使うなら、人工衛星に袴田素粒子を感染させ、地上に落下させる計画があるのです。そろそろその計画が始まっていると思われます」
一同の顔が青くなる。
「先生!」
「分かった、教習所に確認してみよう」
袴田はそう言うと、あわててスマホを取り出した。




