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第109話 アイくん再び

「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。

「今日の予定はどうなってる?」

「今日の予定はありません。自室でのんびりとおくつろぎください」

 朝食を終えたばかりの美咲の問いに、自室のコンピューター「アイくん」がそう答えた。

 山下美咲はこの船サン・ファン・バウティスタ号の副長だ。略してサンファン号は、日本の宇宙航空研究開発機構JAXAを中心に集められた民間企業連合によって運営されている惑星調査船だ。太陽系の各惑星の調査が任務だが、現在は火星の資源調査のために一路宇宙空間をひた走っている。片道約半年にもなる道行きだが、今は往路のほぼ半分にまで到達していた。

「アイくん、もう一度聞くけど私の今日の予定は?」

「今日の予定はありません」

 美咲が少し眉をひそめる。

 もちろん宇宙船勤務にも休暇は存在する。地球でも宇宙でも、人は休み無く働けば疲労やストレスで体調を崩してしまうからだ。サンファン号では、地球の生活リズムを崩さないよう、7日に一度の休日が認められている。もちろん、クルー全員でシフトを組み、人員が足りなくなることのないようスケジュールが組まれていた。

「おかしいわね」

 美咲は小さくつぶやくと、自分の記憶を探った。

 前の休日から、まだ三日しか過ぎていない……はずだった。

 なぜ「はず」なのかと言うと、なぜか記憶が少し曖昧になっているのだ。

「アイくん、紅茶のおかわりをくれるかな?」

「種類は?」

「茶葉はダージリン、フレーバーはユリで」

 フードプロセッサーに真っ白なティーカップが現われる。

 美咲はそれをひとくち、口に含む。

 なるほど……。

「アイくん、私ブリッジに行ってくるわ」

「今日の予定はありません」

 なぜか同じ返事を繰り返してくるアイくんにも、美咲は不思議な不安を覚えていた。

 部屋着を脱ぎ捨ててベッドに放る。なんだかキチンとそれをたたむ気分では無い。落ち着いて、いつもの制服を着用する。澄み渡る宇宙空間をイメージした紺色に、副長を表す金の星が三つ並んで美しい。

「行ってきます」

 美咲はAIコンピューターにそう告げると自室を後にした。

 ブリッジは美咲の自室から数階上、宇宙船の先頭に位置している。少し廊下を進み、エレベーターへと向かう。真っ白な壁に大きな窓。窓外には真っ暗な宇宙空間に、美しい星たちが流れている。サンファン号のメインエンジンは通常ドライブではない。長距離の宇宙飛行を可能にするスリップストリーム原理が応用されたエンジンを積んでいる。

 スリップストリームとは、自転車競技や自動車レースで用いられる技術で、前方の車が空気を押しのけることにより、すぐ後方の車の空気圧が低下する現象のこと。これにより後方の車の速度は飛躍的に上昇する。宇宙では、亜空間の流れである量子スリップストリームを、ディフレクターを使って艦の前方に流すことでこの現象を起こし、亜光速での飛行を可能とするのだ。ただし、ワープやトランスワープ航法などと比較すると、低速な部類と言えてしまうのだが。今窓外に流れている美しい星々の軌跡は、この船がスリップストリームエンジンによる航行中であることを示していた。

 やはり、何かがおかしい。

 いつもの廊下、いつもの窓、いつもの星空。

 だが……誰もいないのだ。

 この船のクルーは総勢220名。普段ならエレベーターに着くまでに、数人のクルーと出会っていてもおかしくない。

「ブリッジ」

 エレベーターに乗り込んだ美咲はコンピューターにそう告げる。ぐんぐんと加速して上昇するエレベーター。そして到着。目の前のドアがシュッと小さな音を立てて開いた。

 驚愕に目を見開く美咲。

 ブリッジは無人であった。

 船長の椅子に誰も座ってはいない。それだけではない。パイロット、分析官、通信士、科学主任、その他全ての椅子に誰もいないのだ。もちろん、警備クルーの姿も無い。

「コンピューター、クルーはどこにいる?」

 美咲が船のメインコンピューターに問いかけた。

「美咲さん、この船に乗っているのはあなただけです」

 その声は、つい先程まで聞いていたものと同じ声色だった。

「アイくん?」

「はい、美咲さん」

「あなた、私の部屋のコンピューターでしょ?船のメインコンピューターは?!」

 少しの沈黙。

「この船のコンピューターは私だけです」

 一体何が起こっているのか?

 美咲は混乱していた。

 200人以上の乗組員はどこへ行ったのか?

 どこかの敵対勢力による攻撃か?

 未知の自然現象、それとも超常的な力によるものなのか?

 それとも……夢?

「そうですね。それが一番近いかもしれません」

「アイくん、何言ってるの?私、今朝起きてから紅茶を飲んで、朝食を食べて、着替えてからここへ来て……それが全部夢だと言うの?!」

「厳密には夢ではありません」

「じゃあ何なの?」

 アイは逡巡しているように黙ってしまう。その様子はコンピューターとは思えない、自我を持つもののようだ。

「アイくん?」

「実は……美咲さんにお話しなければならないことがあるのです」

「私に?」

「はい、美咲さん、あなたは……宇宙病に感染しています」

 驚愕する美咲。

 だが考える。

 宇宙病に感染しているとしても、クルーが消えた原因になるとは思えない。

「つまり……どういうこと?」

「美咲さんは現在、国連宇宙軍総合病院の隔離病棟で眠らされているのです」

「じゃあこの船は?」

「私が美咲さんと上手くコミュニケーションを取るために、あなたの脳内に構築したイメージです」

 そういうことか。

 美咲は逆に落ち着きを取り戻しつつあった。

 さっき自室でアイくんに頼んだ二杯目の紅茶、ユリのフレーバーティー。

 それを口に含んだ時、違和感がハッキリと見え始めたのだ。

 全く味がしない。

 美咲はそのフレーバーティーを飲んだことが無かった。つまり、美咲が知らない味を、アイくんは再現できていなかったのである。

「やはり美咲さんは賢い人です」

「だから?」

「実は、美咲さんに……いえ、全人類にお話しなければならないことがあるのです」

 全人類にだと?

 美咲は息を呑んだ。

「このままだと、地球人類は絶滅してしまうかもしれません」

 あまりにも壮大な話に、美咲は次の言葉が出なくなっていた。

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