第107話 内調の男
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
警視庁機動隊のロボット部隊、トクボ部の会議室に重々しい空気がよどんでいた。
白谷雄三トクボ部長、キドロパイロットの泉崎夕梨花、沢村泰三、門脇進、田中美紀技術主任、酒井弘行理事官、板東保則捜査主任の顔が見える。
「部長、そろそろでしょうか?」
夕梨花の問いに、うむと白谷がうなづく。
その時、トントンと会議室の扉がノックされた。
「入りたまえ」
「失礼します」
扉を開け入室して来たひとりの男。公安外事四課の花巻春人である。
以前同じこの会議室で、白谷の友人としてトクボ部のメンバーに紹介された男だ。だが、今日の彼は一人ではなかった。花巻に続いて、見知らぬ男が入って来る。トクボ部員一同の目が厳しく光った。
年齢はおそらくアラフォー、40代前半と言ったところか。着用しているスーツは、二着でまとめ売りされている吊るしのような普通のデザイン。ネクタイは無難でおとなしめのチェック柄で、少しヨレているようにも見える。髪型にも特徴がない。短めで、耳と額が見えている。まさに、どこにでもいそうな会社員そのものだ。
「白谷さん、彼がこの前お話した、」
そう言いかけた花巻を右手を上げて制し、その男が話し始めた。
「自己紹介いたします」
この場にいる全員に緊張が走る。
「わたくし、内閣情報調査室の佐々木と申します。所属は国際テロ情報集約室です」
そう名乗った男は、感情のあまり感じられない声音で続ける。
「こちらの所属となったゴッド、いえ後藤さんから、トクボの皆さんはすでに私どものことをご存知だと聞きまして。それならいっそのこと、情報を共有したほうが話が早いのではと、花巻さんに連絡を入れたのです」
そう言うと佐々木は会議室のメンバーを見回した。
「白谷部長、パイロットの泉崎さん、沢村さん、門脇さん、田中技術主任、酒井理事官、板東捜査主任、ですね」
どうやら彼の中では、トクボのメンバーの顔と名前が一致しているらしい。
なるほど、さすが内調だ。
一同の心に、より一層の警戒が広がった。
「佐々木さんは、後藤の動きをご存知なんですか?」
白谷がそう問いかけた。
後藤から白谷に連絡が入ったのは昨日。
『詳しいことは言えねぇけどよぉ、例の件で動きありだ。俺はクライアント様からの指示で、しばらく顔を出せなくなりそうなんだぁ。後のことは頼んだぜ』
それっきりプツリと連絡が途絶え、それ以降の後藤の足取りはつかめなくなっていた。
「例の件」とはテロ計画のことだろう。「クライアント様」とは内調のことだと思われる。「後のことは頼んだ」と言うのだから、内調のスジで探ってくれということだろう。
白谷はそう判断し花巻に一報を入れたのだが、その時にはすでに内調側からの連絡が公安に入っていた。そして今回の邂逅となったのである。
「我々の目的は、ほぼ同じだと思っています」
一瞬の沈黙が会議室を包む。そんな中、夕梨花のつぶやきが小さく聞こえた。
「テロを未然に防ぐ」
「その通りです」
「その、ほぼってのはどういう意味です?」
白谷の問いに、佐々木はニヤリと笑った。
「なるほど、内調さんは他にも何か目的があるってことですね」
花巻もニヤリとしてそう言った。
「お互い様ですよ、公安さん。ですが、共通の目的があると言うことは、それぞれの持っている情報を集約した方が、好結果になる可能性は高くなる、ということです」
確かにそうだ。
『袴田素粒子を無差別にばらまくテロだ』
ゴッドが言っていたことが本当なら、一秒でも早くテロ組織の動きをつかまなければ。
「部長」
夕梨花が白谷を見つめた。
「分かった。では共同戦線といきましょう」
「それが賢明です。我々には情報がある。もちろん公安さんにも。ですが、相手は軍用ロボットを使ってくるテロ組織です。内閣の力を使って陸自を動かすことは不可能ではないですが、大変時間がかかってしまいます。今回の場合、おそらく決行までには間に合わないでしょう」
会議室の全員が息を呑んだ。
「つまり、今回のテロ組織制圧には、キドロで動けるトクボさんが頼みの綱となるのです」
そう言ってから佐々木は、脇に抱えていたブリーフケースから大きめのパッドを取り出した。トントンとタップし、何かのアプリを開く。
画面一面にどこかのマップが表示され、その中心を赤く点滅する光点が移動している。
「これは?!」
「後藤さんです」
一同の顔に驚愕が広がった。
「脇の下にGPS発信機のマイクロチップを埋め込ませていただきました。最初後藤さんは嫌がったのですが、米粒ぐらいの大きさで痛くないと説得しましてね。まあ、多少は痛いのですけど」
佐々木はいたずらっ子のような不思議な笑みを漏らす。
「ここは……奥多摩ですね」
夕梨花の言葉に、一同は赤い光点を見つめた。
「おいよぉ、まだ着かねぇのかぁ?」
車の中に、後藤のひょうひょうとした声が響く。
「いい加減、腹が減ってきちまったぜ」
そのちょっと間の抜けた声に、誰も反応しようとはしない。
後藤は頭から真っ黒な袋をかぶせられていた。この状態なら、少しダミー走行をするだけで、車の目的地を悟られることはない。
同乗者は芝浦のアジトで後藤が対面した黒き殉教者のメンバー、浦尾康史、田村和宏、石井雄三の三人だ。
後藤の携帯は取り上げられ電源を切られている。もちろん、発信機や盗聴機を隠していないか、身体検査も行われた。用心深い組織こそ長続きする。黒き殉教者は後藤のことを100パーセントまでは信じていないのだ。
「着いたらまずトイレに行かせてくれよなぁ」
後藤の声音には、緊張感のかけらも感じられなかった。