第105話 東京スカイツリー
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
その広場は観光客でごったがえしていた。
後藤が芝浦の廃工場を訪れる前日の午後、彼は例の雇い主からの指示でこの場所へ来ていたのだ。
「どうしていつもこんな場所ばかりなんだぁ?特に今回は人混みがひどいぜ」
後藤はそうグチりながらも、ひとつのテーブル席をゲットした。シルバーの金属製丸テーブルと、やはり金属製のチェアが四つ。後藤はそのうちの一脚に、どっかと腰を下ろす。
東京スカイツリーの施設、スカイツリータウンにあるソラマチ商店街の入口前広場だ。そのままの名前のここ「ソラマチひろば」では、夏は涼し気な噴水が上がり、それ以外の季節には休憩スペースとしてテープルと椅子が並んでいる。
スカイツリーは高さ634mの電波塔だ。タワーとしては世界での最高度を誇り、ギネス世界記録に認定されている。都内に高い建物が増え、テレビやラジオの電波が届きにくくなった東京タワーに代わって、関東全域に電波を送信する電波塔として作られた。
だが、その高さを利用した研究棟が存在していることは、一般にはあまり知られていない。電力中央研究所や理化学研究所の雷観測施設、日本気象協会のヒートアイランド観測施設、東京大学の重力差による時刻の歪みの観測施設、国立環境研究所の大気中の温室効果ガス観測施設、そして東郷大学袴田研究室の素粒子観測施設などが存在している。
「しかし、よりによって年末年始にここを指定するってのはなぁ」
後藤はすぐ真横に、ものすごい存在感で天空に向かって一直線に伸びている巨大な塔を見上げた。
この電波塔だが、当初は電気街やオタクの聖地として有名な秋葉原に建設することが決定していた。実際、2001年2月には「第2東京タワーの建設は秋葉原に決定!」との報道が、新聞テレビに踊っている。その設計もアキバらしくとてもサイバー感溢れるもので、巨大なタワーが山手線の高架をまたぐようなカタチが考えられていた。しかも、その高さは現在のスカイツリーよりも高い800メートルと言うから驚きだ。
結局、電気街として電気製品を取り扱う店舗が多いことで、高出力の電波をそんなに近くで発信されたら売り場の商品がノイズを発してしまう、とのクレームでその決定は覆されてしまう。アキバは未来のサイバー都市になり損ねてしまった、というわけだ。
ベージュ色の薄手のダウンを着込んだひとりの男が、後藤の前のチェアーに腰掛けた。キャップをまぶかにかぶり、表情をあまり読み取らせないようにしている。歳はアラフォーあたりか。
「お待たせしました」
男は後藤の方を見もせずに、ボソッとつぶやいた。
「ここ、人が多すぎじゃねぇか?この中に、どこかの組織のやからがまざってるかもしれねぇぜ」
「まぁ、その時はその時です」
男が少し、ニヤッと笑った。
「ところでよぉ、あんたいきなり若返っちまったな。この前隅田川で会った時より、そうだなぁ、20は若くなってるじゃねぇか。今回の設定はいくつなんだぁ?」
「ご想像におまかせします」
後藤は、食えねぇヤツだなぁ、と苦笑する。
「それって特殊メイクってやつかぁ?シロートにはできねぇ技術だろ」
男からの返事は無い。
「だんまりかよぉ。まあいい。俺の方も、ちょっとはあんたらのことを調べさせてもらってるんだぜ」
「ほう」
男が少し興味深げに後藤に顔を向けた。
「なぁ、佐々木さんよぉ」
佐々木と呼ばれた男の目がスッと細められた。
「そして、あんたの所属は内調、しかも国際テロ情報集約室なんだろ?」
「なるほど。ウワサ通り、あなたはあなどれない方のようだ」
「そんなこと言っちまっていいのかぁ?今のセリフ、あなたの言う通りですって聞こえるぜ?」
後藤はドヤ顔をしつつ、内心では、
まぁ公安のにーちゃんから聞いただけなんだけどよぉ。
とニヤけていた。
「で、今回は俺にどうしろって言うんだぁ?」
「もう一度、黒き殉教者に接触していただきたい」
後藤がフンっと鼻を鳴らす。
「機動隊へ行けって言ったり、また戻れって言ったり忙しいなぁ。大丈夫か?あんたらの作戦はよぉ」
佐々木はキャップのツバを少し上げ、後藤に目を向ける。
「もちろんですとも。我々を信用していただきたい」
「俺が信用するのは金だけだぜ」
「もちろん、報酬はいつもの口座に、別名義の個人名で振り込ませていただきます」
そう言うと佐々木は、肩から斜めがけをしているカバンから大きめの茶封筒を取り出した。
「今回の動きに必要な資料が揃っています。誰にも見られない場所で確認しておいてください」
封筒を受け取る後藤。
「簡単に言うと、何をすればいいんだぁ?」
男は周りを見渡し、少しだけ声をひそめた。
「某国の技術者が、袴田素粒子をパッケージ化することに成功したようなんです」
「本当かよ?」
後藤も声をひそめる。
「外見は小さめのシリンダーのようものらしいのですが、近々奴らの手元にそれが届くとの情報を入手しました。あなたにお願いしたいのは、それがいつ日本に届くのか。ヤツらはそれをいつ使うつもりなのか、ということです」
冬晴れの青空から吹き下ろす北風が、後藤たちの近くの落ち葉をくるくると巻き上げていた。