第100話 ロボット教習所の年末
「超機動伝説ダイナギガ」が今年(2023年)なんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
オリオン座やおうし座、冬の大三角形など冬の星座が美しく輝いている。
特区とは言え、ここは東京の24区だ。東京湾に作られた巨大な埋立地であるここからは、普段はこんなに美しい夜空を見ることはできない。だが、今日はもう大晦日である。陽も数時間前に暮れている。おそらく、いつもの東京より大気の状況が澄んでいるに違いない。心なしか、いつもは東京じゅうを包み込んでいる自動車やロボットの排気音や動作音が、ひときわ小さくなったように思えた。
「寒っ!」
五階の窓を開き、星を眺めていた男はそう言ってぶるっとひとつ震えた。
刺すような冬の冷気が、室内へとどんどん侵入してくる。
そして彼は、ゆっくりとその窓を閉めた。
「今夜も冷えまんがな」
関西弁が軽やかな南郷教官である。
上着は自分の研究室に置いてきたのだろう、寒そうなシャツ一枚だ。
「なんだか年々冬の寒さが厳しくなって行くような気がしますね」
久慈教官も、室内だと言うのに少し寒そうだ。白衣のエリを立て、腕組みのようにして自分を抱きしめている。
「南郷さんが窓を開けたりするからですよ。この部屋も、やっと仮説じゃなくなったんだから、暖房はしっかり効いている」
そう言った陸奥教官は、天井のエアコン吹出口に目をやった。
「そやけど、なんて言うか、底冷えがするっちゅーか……ねぇ、所長」
「うむ、確かに、前の所長室ほどは暖房が効かない気がするな」
都営第6ロボット教習所の所長、雄物川はデスクの湯呑みを持ち上げ、ズズッと熱々のお茶をひと口すすった。
この四人にとって、今年はお正月どころではない。いや、この建物の地下深くに作られた対袴田素粒子防衛線中央指揮所の係員たちも、誰一人として休暇を取っていなかった。
それだけ切迫した状況が迫りつつあるのだ。
「では、ちよっとまとめておきたいのだが、いいかね?」
雄物川の言葉に三人がうなづく。
南郷も、皆が座る応接セットのソファーに腰を下ろした。
「我々はずっと、パイロットの候補者を探してきました」
陸奥が口火を切る。
「このプロジェクトは国の管轄で、極秘裏に進められてきました。まずは日本中の病院ネットワークと協力してパイロット候補を探り出し、ここへ入所さる。そしてその適正を調べてリストアップしていく」
部屋の全員が陸奥の次の言葉を待っている。
「それを、ここ数年続けて来ましたが、あまり大きな成果をあげられずにいました。ところがです……」
陸奥が一瞬言葉を止める。
「ところがですよ……この冬の入所者の中に、突然何人もの適合者が現われたのです」
「彼らだね」
「遠野ひかり、泉崎奈々、宇奈月奈央、伊南村愛理、棚倉正雄」
「両津良幸くん」
「私がアムステルダムから連れてきた、マリエ・フランデレン」
「まさに希望の光です」
陸奥は明るい笑顔を見せた。
「ですが、ここでちょっとした問題がもちあがります。これまで我々の予想では、パイロット候補が見つかるのは一人、もしくはサブパイロットを入れても二人ということになっていました」
「それがいきなり七人や。びっくりやで。まぁ両津くんとマリエちゃんは、他の生徒たちとはちょっと数値が違ってるんやけど」
「ここで我々が困惑したのは、見つかった人数だけではありません」
久慈が、自ら落ち着こうとしているような声音で言う。
「共鳴率も適合率も、全員大差ないという事です。厳密に言えば、マリエがトップで遠野さんが二番目……ですが、意味のあるような大きな差では無いということです」
うむ、と雄物川はひとつうなづき、三人を見渡した。
「ここまでの認識は確認できたと思う。では……彼らをどうすればいいと思うかね?」
仮ではなくなった新所長室が沈黙に包まれる
「それなんですが……」
陸奥の声は少し自信なさげだ。
「パイロットを一人に絞らなくてもいいのかもしれません」
「それって、以前もあなたが提案していた計画よね?」
久慈が陸奥を見つめる。
「ああ、そうだ」
「あれ、あきらめたとか言ってへんかったか?」
南郷がちょっと驚いたように言う。
「実現までに少し時間がかかるので、自分から提案をひっこめた」
雄物川が考え込む。
再び湯呑みを持ち上げて、すでに冷めかけている緑茶をひと口すする。
「それで、どれぐらいの時間がかかると思うかね?」
「それは……技術班に相談して、しっかり計算してみないと」
「分かった。それは陸奥くんが進めてくれ」
「はい」
雄物川は久慈と南郷に顔を向ける。
「二人はこれまでの計画を進めてくれ」
「了解しました」
とりあえず今日の会議はここまでかな、と雄物川が立ち上がろうとした時、久慈が一同を見回した。
「実は、学食に年越しそばを用意してもらっているんです」
「なんやて!久慈さん、ほんまですか?!」
「本当ですよ」
久慈がニッコリと笑う。
「根を詰めすぎるとカラダに毒です。ちょっした息抜きは必要ですから」
「久慈さん、まさに天使や〜!」
「それに、下の所員のみなさん全員分、あるんです」
「久慈さん、まさに女神や〜!」
南郷の声は新所長室外の廊下にまで響いていた。
それでは行こうか、と雄物川は開いていたファイルをパタンと閉じた。
その表紙には「極秘」の文字と、ひとつづりのアルファベットが見える。
そこには「dinagiga」と書かれていた。