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スティグマ エイプリルフール・スペシャル(東の国の小さなお話)

作者: 吉澤雅美

「スティグマ」のメンバーが、何故か東帝国の湖沼地帯に登場。そこで一番の美味を振る舞われますが……。

普段と違う肩の凝らないコメディをどうぞ。

 湿った風がいつの間にかカラリとした涼しいものに変わり、「湿地の麦」は頭を垂れて黄金色に色付いた。

 黄金の波が見渡す限り揺れる。


「ルルディ、まるでお前の髪のようじゃないか?」


 エウゲネスが手を伸ばして愛する女性の髪をなでた。彼女は晴れた空のような青い目を輝かせて異国の風景に見入った。


「あれは、イネ、採れる穀物はコメと呼ばれてます」

「マグヌスは物知りね」


 マグヌスと呼ばれた青年は、日に灼けた長い黒髪を払ってニコリと笑った。


 ルルディの言い様は親しげで、それだけでエウゲネスは嫉妬した。


「マグヌス、ルルディは俺の婚約者だ。気軽に口をきくことは許さん」

「マグヌスはうちに婿に入ってもらうの。(わたくし)が父を説得しますわ」


 淡い金髪に灰色の目をした女戦士が、マグヌスの手を取った。


「困ります、ドラゴニア。あなたにはもっとふさわしい人がいるはず」


 ふん、と鼻で笑って、ドラゴニアはマグヌスに腕を絡ませる。


 二組の若者のやり取りを見守っていた、落ち着いた中年の男性が、このままではまずいと、強引に話題を変えた。


「東帝国の大湖沼地帯。よくぞここまで来たものだ」

「テトスの計略のお陰でさしたる抵抗もなく」

「そう、損害は軽微だった」

「季節も良い。これから取り入れだな」


 マグヌスは、近くの稲穂をちぎり、モミから米粒をスルリと押し出した。


「ちょうど取り入れ頃のようです」


 エウゲネスがその稲を受け取って、


「重い。よく実るのだな。我らの麦がこれほど実れば、餓えにも戦いにも苦しまずに済むだろうに」

「さすが王たるお方の言葉は違う」


 小柄で、頭もあごひげも貧相な初老の軍人が、へつらうような声音で語りかける。


「ピュトン、今日は戦勝記念の無礼講(ぶれいこう)、気にするな」


 苦味を効かせてテトスが一言。


「それで、これでどうする? 壮大な眺めだが、眺めていても腹は膨れぬ」


 テトスが笑って言った。


「この地の民に申し付けております。ここで取れる最も美味い物を昼餉(ひるげ)に献上せよと」


 おお、と、エウゲネスが思わず声を漏らした。


「異国の美食か」


 元々、王は武を好み贅沢は遠ざけている。

 それでも異郷の美食と言われれば、心が動くのだろう。


「ついでに、民がどう作るかもご覧になりますか?」

「見てみたい!」


 無礼は承知でマグヌスが口を挟む。

 知識欲はマッサリア五将随一だ。


「待ってぇー!」


 遠くから女の声が聞こえた。

 エウゲネスが、しまったという顔でルルディを見る。

 ルルディは黙って「あきれた」という表情になり、マグヌスの方へ一歩寄った。


「違う、連れて来たのでは無い。勝手に着いてきたのだ」

「エウゲネス様、待ってー」


 ルルディが、もう一歩マグヌスの方へ寄った。

 マグヌスは、ルルディとドラゴニアに挟まれて、助けてくれと、テトスを見た。


「やけにモテるじゃあないか」


 テトスは助ける気は無いらしい。


「わかりました。自分が迎えに行きます」

「おおそうか、お前がフリュネの相手をしてくれるか」

「はい」


 女性陣はありありと失望する。

 ピッと、エウゲネスのこめかみが動く。


「早く行け!」


 テトスの声に、マグヌスは灰色の芦毛馬に飛び乗ると、声の主──フリュネを探して駆けていった。


「彼女は置いてきたんじゃないのか?」

「ご丁寧に深い泥の中に残して来たんだが……」


 テトスとピュトンの企みが失敗したらしい。


 フリュネは、泥まみれで泳ぐように腕を振りながら走っていた。

 ドレープが美しい着物(キトン)が灰色の泥で濡れそぼちて、手足にまとわりついている。

 もちろん顔も泥パック状態で、声を知っている者にしか、人物の見極めは難しい。


「よくも残して行ったわね」

「最初からついて来るなと言われていたでしょう」


 フリュネは、泥の塊になって道端に座り込んだ。


「マグヌス! 私を、馬に乗せなさい!」

「ではまず立って」


 マグヌスは道沿いに敷設された水路に、泥まみれのフリュネを導いた。

 澄んだ水が浅く流れている。

 イネは豊かな水をコントロールすることが肝要らしい。


「こっち見ないで」


 フリュネが金切り声をあげる。


「はいはい」


 マグヌスは逆らわずに馬の手綱を取り、反対を向いた。

 フリュネは着物を脱ぎ、膝まで水に浸かりながら、身体を洗った。


「まあ! お肌がスベスベだわ!」

「では、定期的にここの泥に浸かりに来ると良いでしょう」

「ええ。誰にも内緒よ」


 着物の布の方は簡単に汚れが取れず、泥色の生乾きの布をまとうしか無かった。


「さあ、行きますよ」


 マグヌスは手を組んでフリュネの足を支え、勢いをつけて馬の背へ押し上げた。


「高いわね、怖いわ」

「失礼」


 彼は自分も馬の背に乗り、後ろからフリュネを支えた。


「さあ、行きますよ」


 二人がそうこうしている間に、エウゲネスたちは村の広場に案内された。


 いくつも火が焚かれ、二重になった鍋のような土器から湯気が勢いよく出ている。


「あれは、コメを蒸しているのです」


 村長と思しき老人の言葉を若い通訳が取り次ぐ。

 この地の人々は、やや黄色みを帯びた肌に、真っ直ぐな長い黒髪が特徴らしい。


「きれいな目……」


 ルルディが、果物や焼いた鳥肉を差し出す童女たちに言った。

 言葉は理解できないが褒められたとは伝わったらしく、童女はアーモンド形の目を細めて微笑み、くるりと背を向けた。


「よくこの地まで参られた。モチを振る舞わせていただくが、その前に、こちらで虫養いをしていただきたい」


 村長は、ピンと背を伸ばし、まっすぐにエウゲネスを見ながら微笑んだ。


「征服された自覚が無いのか?」

「そのようですな」


 エウゲネスとテトスの会話を耳で拾った通訳が自分の言葉で、


「彼らは客人をもてなしているのです。征服者に憐れみを乞うているのではありません」

「ほほう」


 村人は皆、目が合うと微笑みかける。

 それは、刃物を手にした威嚇よりも戦意を失わせるものだった。


「あれは、臼と杵、あれで蒸したコメをついてモチにします」


 広場の中央に据えられた重そうな道具。

 もうもうと湯気をあげる蒸し上がった米が臼にうつされ、村の若者が二人、モチをつき始めた。


──ぺったん。

──よいしょ。

──ぺったん。

──よいしょ。


 リズミカルな動きに、回りの者が囃し立てる。


「やってみたい!」


 虫養いにと出された小鳥の炙り焼きをむしっていたエウゲネスが立ち上がった。


「もう一人、相手はいないか」

「では私が」


 ちょうど追いついて、フリュネを馬からおろしていたマグヌスが名乗りを上げた。


「ちょっと、ルルディ、王は私のものよ。置いていくなんて酷いことをしてくれたわね」

「フリュネ、侍女の立場をわきまえよ。ルルディ様こそ王の妻となるお方」

「フリュネ、余計な事をしないのならいてもいいわよ。王がモチをつかれるの。一緒に見ましょう」


 エウゲネスは上半身裸になって杵を握った。

 胸の烙印(スティグマ)を恥じるマグヌスは、衣服はそのままで、臼の中のモチをこねる役に回る。


「気をつけて」


 通訳が声をかける。


「あまり振り上げてはいけません」

「こうか?」


──よいしょ!

──ぺったん。

──よいしょ!

──ぺったん。

──よいしょ!


「危ない!」


 かがみ込んだマグヌスの頭に杵が直撃するところだった。


「すまん」

「いいえ。……やはり慣れた者に任せましょう」

「そうだな」


 地面に敷かれた毛皮の上に戻り、ルルディに勧められて木の実の焼菓子に手を伸ばす。


「ハラハラしましたわ」

「まさか、俺が異母弟(マグヌス)を手にかけるはずが無かろう」


 マグヌスは何事もなかったような顔をしている。


 手際よくつき上がったモチが精巧な模様の施された土器に盛られて運ばれて来た。


 女たちが丸めていたが、仕上げが違うのか、何色にも加工されてホカホカと山盛りだ。


「ピュトン、食べてみろ」

「は……」


 ピュトンは純白のモチを一つつまんで口に入れた。

 スルリと滑らかな食感が心地よい。


「お前も亡者にならないか」


 突然、黄色い狼の毛皮をまとった貴婦人の幻がささやいた。彼に殺された先の王妃の亡霊だ。


「グエッ」


 モチがピュトンの喉に滑り込んだ。


「……!」


 声も出せずに喉元を掻きむしる。


「ピュトン!」


 マグヌスがピュトンの背後に回り、鳩尾に拳を当ててもう一方の手でそれをつかみ、グイッと上に引き上げた。


 スポン!


 と、口からモチが飛び出す。


「あわてて食べるとこうなる。年配者は特に。落ち着いて食されよ」


 村長が水を持たせながら忠告した。


「先に言わんか。儂はこれで充分」


 すっかりすねたピュトンは、水を飲んでから焼菓子をガリガリ食べ始めた。


 エウゲネスはそっとモチを口に運んだ。


 黄色い粉がまぶされたもの。

 砕いた木の実が混ぜられたもの。

 甘い汁をかけたもの。

 塩味。

 

 それそのものの味は感じられないが、合わせるものによって味が異なり、弾力や粘着力と相まって、不思議な美味だった。


「食べてみろ。面白い食べ物だ」


 エウゲネスは皆に勧めた。


 ピュトンの醜態を見ているので、残りの者たちは慎重にモチを口に運んだ。


「美味しいわ」


 ルルディの素直な意見。


「そうか、ここの民は戦うよりも相手の魅力を引き出す力を持っているんだな」


 マグヌスがいくつか食べ比べてつぶやく。

 エウゲネスがうなずいて、


「ここの民とは融和したほうが良さそうだ」


 土足で踏み込んで来た自分たちを、不思議な微笑みでもてなしてくれた、この地の長を呼ぶ。


「私はマッサリア国王エウゲネス。この地の民と末永く友好を保ちたい」

「それは良いことです」


 通訳を介して、返事が帰ってきた。

 エウゲネスは満足した。

 手では、もう食べ切れない餅の柔らかい感触を楽しみながら……。

 




「あなた、どうなさったの?」


 ルルディに肩を揺すられて、エウゲネス王は目を覚ました。


「おお、ルルディ、ここに居たか」

「随分気持ちよさそうに眠ってらっしゃいましたよ」


 寝椅子で食事と酒を楽しみながら、いつの間にか眠ってしまったらしい。


「夢か……」

「テオドロスが、こんなところに」


 言われて気付く。

 夢の中で撫でていたのは、幼子テオドロスのよく肥えたお尻だったようだ。


「モチか……美味かった」

「なんですか?」

「いや、お前はいつも美しいよ」

「あら、お父様はすっかり夢の国の人になられたようですね」


 いつか、あんな遠くまで領土とする日が来るのだろうか?

 多島海の戦いを終えたばかりの今は、もう少し眠りたい。


 エウゲネスは寝椅子の上で寝返りを打ち、もう一度目を閉じた。

 

いかがだったでしょうか。

エウゲネス王の夢オチ、楽しんでいただけたなら幸いです。

お餅を食べるときは気をつけましょうね!

最後になりましたが、アイデアを出してくださった葵紺碧様に感謝申し上げます。ありがとうございました。

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