赤いぬいぐるみカー レッド・ジョウの恋
冬童話2023(ぬいぐるみ)参加作品
オレの夢は、この車体のような赤く燃えるハートで、この荒野を守る強くかっこいい男になることだ。
今日もオレ、赤い布製車ことレッド・ジョウは、青いぬいぐるみカーのブルー・トムを引き連れて、ボスのたっくんと共に荒野を勢いよく走り回る。
「なぁブルー・トム! 今日もエンジン快調、気持ちいいぜ! おまえはどうだ?」
「はいぃ、レッド・ジョウ兄貴! ワタシも楽しいですぅ」
ブルー・トムはオレの忠実な子分だ。オレのトランクの辺りには紐がついていて、ブルー・トムのボンネットへとつながっている。だから、先頭を切って走るのはオレの役目。そして子分を気持ちよく走らせるのも、兄貴としてのオレの役目なのだ。
「レッド・ジョウ兄貴、走るのは楽しいんですけどぉ……、で、でもお願いですから、……もうちょっとお手やわらかにぃ」
あいかわらずブルー・トムはすぐ弱気になってこんなことを言うから、困っちまうぜ。
「何言ってんだ、オレたちはな、たっくんボスの一番のお気に入りなんだぜ。ボスの大好きなスピードに応えなくてどうするよ?」
「で、でもぉ、ワタシは兄貴よりも小さいんで、……もうちょっとゆっくり走っていただけるとぉ」
ブルー・トムはいつだってこんな調子だ。まぁ、気持ちの優しい子分だからな。
オレはたっくんボスと一緒に、この荒野を全速力で走り回るのが大好きだ。走っているオレは、この荒野に住むぬいぐるみや人形たちの中の誰よりも強くてかっこいい。それにオレは、時々この荒野に現れては暴れるドブネズミ野郎を追い出さなくちゃならねえしな。この場所を守るためには、強くないといけないんだ。
「おっとその話はまたあとでだ、ブルー・トム!」
たっくんボスがオレのボディをつかんだので、オレたちはエンジンを吹かして発進の準備をした。
たっくんボスはパワフルだ。荒野に点々と転がっている本や線路やブロックを難なく乗り越えて、すごい勢いで走りまくる。
「この風を切る感じ、最高だぜ! なぁ、ブルー・トムよ!」
「はい、レッド・ジョウ兄貴……うわっ……! さ…いこう…ぎゃっ! …ですぅ」
荒野の住人たちは、一斉に飛び退いて道をゆずり、オレたちの走りを見る。
そりゃあそうだよな、ボスとオレたちが、かっこよく走っているんだからな。
そんなある日、真白いベビーベッドなるものが荒野に建てられ、たっくんボスの妹様がやってきた。
オレが気になったのは、たっくんボスには悪いが、妹様じゃない。……ベビーベッドの柵の一番高い所に、やわらかそうな真白い服を着て、背中をピンと伸ばして座っているバレリーナ人形だ。金髪に青い目、薄いピンク色の頬。小首を傾げて、たっくんボスの妹様をじっと見つめて微笑んでいる。オレは、なぜだかその微笑みから目が離せなかった。
「おい、ブルー・トム。あそこに座っている人形は?」
「はい、リーナという名前だそうですよ。すてきな子でございますねぇ」
ブルー・トムの言葉に、オレのエンジン音が高まった。
荒野を走り回っているときも、リーナのことが気になってしょうがない。
オレは、思い切ってリーナに話しかけてみた。
「おい、はじめまして…だな。おまえ、リーナっていうんだって?」
すると、ずっと妹様を見つめていたリーナが、オレの方を見た……!
――だが。妹様に見せるような微笑みは、その表情にはこれっぽっちも無かった。
「わたし、乱暴な人形、キライよ」
静かにそれだけ言うと、リーナはすぐに妹様の方を向いて、いつもの微笑みを浮かべた。
オレは慌ててブルー・トムに尋ねた。
「ブルー・トムよ、……オ、オレは、……乱暴なのか?」
「レッド・ジョウ兄貴……そうですねぇ……申し上げにくいですがぁ……はい。住人達も……おそらく同じかとぉ」
オレは――――ショックだった。
その日、たっくんボスとオレはいつにも増して荒々しく荒野を走ったぜ。走って走って走りまくり、そして遂には、オレたちはリーナのベビーベッドに激突してしまった。
火が付いたように泣く妹様の声、リーナの激しく怒った顔。後ろを振り返れば、ブルー・トムが大破して綿が飛び出ていた。
たっくんボスとオレは、起きてしまった事の大きさにどうすることも出来ず、ただ立ち尽くすしかなかった。
たっくんボスのマムがブルー・トムを治してくれて、オレはブルー・トムに心から詫びた。
「なぁブルー・トム、おまえはいつも言ってくれていたのに、オレはずっと耳を貸さずに、本当に悪かった」
リーナにも詫びたが、リーナはちらりとこちらを見ただけだった。
それから、たっくんボスとオレは、変わった。
荒野に転がっている本や線路やブロックを避けて走り、住人たちの横をゆっくりと走った。
昔のように走りたくなると、隣の荒野に行って走りまくることにした。だけど、ブルー・トムが楽しめるスピードに抑えることにしたぜ。オレは兄貴だもんな。子分を気持ちよく走らせるのは、オレの役目だ。
オレは走りながらリーナを見上げた。リーナはいつものようにベビーベッドの柵の上に凛と座り、小首を傾げて、妹様にあの微笑みを浮かべていた。以前と違うのは、時々俺たちの走る様子を見ているようだった。
それから何日かたった深夜のこと、とうとうヤツが姿を現しやがった。
そう、ドブネズミ野郎だ。
ヤツは天井から侵入してくると、本棚を伝い降りてきて、こともあろうにベビーベッドの柵に飛び乗ったのだ。
「レッド・ジョウ兄貴っ! ヤ、ヤツが、ベ、ベビーベッドにぃ!」
オレは小声で返した。
「ブルー・トムよ、落ち着け!」
そう言いながら、自分にも言い聞かせていた。
(畜生あの野郎……! あそこにはリーナと妹様がいるんだぞっ)
ドブネズミ野郎はオレ達を見て挑発するようににやりと笑うと、あっという間にリーナを口にくわえて床に飛び降りた。
オレは怒り心頭でエンジンをブルブルと震わせた。オレとブルー・トムは必死にヤツを追いかけたが、ヤツはちょこまかと荒野を逃げ回り、なかなか捕まえられなかった。
その時、荒野の住人たちが一斉に動いた。自分たちの体を寄せ合って、ヤツの左右に高い壁を築き、一本の道を作ったのだ。ヤツはその一本道を走るしかなかった。行き着く先は、本棚の下段にぽっかりと空いたスペースだ。ヤツは追い込まれて、完全に逃げ道を失った。
「ブルー・トム、行くぜっ!!」
「はいっ、レッド・ジョウ兄貴っ!!」
オレたちはヤツの後ろ足目がけて猛スピードで突っ込んだ。ヤツは驚いて飛び上がり、リーナを放す。オレたちはリーナを受け止めようと彼女の下に滑り込んだ。ヤツは一目散に天井裏へと逃げて行った。オレはリーナを布製ボディで受け止めた。
「リーナ! 大丈夫か!?」
「大丈夫……ありがとう、レッド・ジョウ、それにブルー・トムも」
震え声でそう言うと、リーナはその美しい頬にぽろぽろと涙をこぼした。
リーナには微笑んでいて欲しい、それなのに怖い思いをさせて泣かせちまった……
「怖かっただろう? リーナ、もう心配いらないぜ」
オレは泣き続けるリーナを布製ボディで優しく支え、流れる涙をサイドミラーでぬぐってやりながら言った。
「涙を収めてくれないか。リーナ、おまえにはあの微笑みが一番似合ってる」
たっくんボスとオレたちは、翌日もいつもと変わらず車を走らせた。
「レッド・ジョウ、ブルー・トム! 昨日はどうもありがとう」
見上げるとリーナが、こっちを向いて微笑んでいた。
そしてオレと目が合うと、リーナは頬を赤く染めた。
ブルー・トムが後ろからオレに囁いた。
「リーナ様を誘うなら今ですよっ、レッド・ジョウ兄貴っ!」
「リーナ! その…今度一緒に……ドライブしないか?」
リーナが恥ずかしそうにコクリと頷き……オレを見て微笑んだ。
「ええ、喜んで!」
オレの夢は、このボディのように赤く燃えるハートを持ち、この荒野を守る、強くかっこいい男になることだ。
オレは燃えるように熱いハートで、皆とこの荒野を守り抜き、強くかっこいい男に近づいたんじゃないかと思う。
そして、今、リーナがオレに微笑みかけている。
オレの夢は、もう一つ増えてしまったんだが――――
…………それも、じきに叶っちまうかもしれないぜ。
~ ~ ~ The End. ~ ~ ~
西部劇の香り漂う?一風変わったこちらの作品、お楽しみいただけましたでしょうか?
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2023冬童話「ぬいぐるみ」にもう一作品参加しています。こちらは王道の童話を真面目に書いていますw
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「さがさないでください。おにぎりより」
本作品のスピンオフもあります。
「おにいちゃん、やめます。」
ジョウのボス、たっくんの揺れるお兄ちゃん心を描いたお話です。作風はかなり異なります(2023年6月月間4位獲得)。
よろしかったら覗きに来てくださいね(^▽^)