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捕食


 怪物の体内。

 消化器官へと運ばれたのだろう。

 己の体がジュージューと音を立てて溶けていくのが分かる。


 とはいえ、光の差さないこの場所では視覚は役に立たず、皮膚の感覚と聴覚で認識するのみであった。


(このままじゃ不味い……)


 【肉体操作】でなんとか溶解に抗っているが、どうにかして体外へ出なければこのまま消化されてデッドエンド。


 一難去ってまた一難という言葉がドンピシャで当てはまるこの状況に、詩音はため息を吐けるなら吐きたかった。


(今俺にできることを考えよう)


 外に出るには2通りの方法がある。


 一つは、口へとどうにか戻って這い出る方法。

 もう一つは、肉を切り裂き開いた穴から脱出する方法。


 前者は現実的に不可能だった。


 そもそもそれができるならこのような消化器官にたどり着く前にやっている。

 この蛇狐の腹の中では、なぜか力が抜けるのだ。

 それは、以前戦ったナイトオウルの特徴に似ていた。


 ひょっとすると近縁種なのだろうか? という疑問を今は脳裏から追い出し、生き残るための思考だけを突き詰めていく。


 前者は無理として、後者はどうだろうか。

 蛇狐の肉を切り裂く手段はあるだろうか。

 

 見ることはできずとも、未だ離さず手に持つは折れた闇の剣。

 きっと肉を切り裂くには力不足だ。


 そして己の肉体、この牙で肉を削り取っていくのも難しい。

 そもそも牙を突き立て肉を抉り取れるほどの力は現在の詩音にはない。

 何より、完遂するよりも早く詩音が消化されてしまうに違いなかった。


 他に考えられるものとしては、


(──体に刺さったこの棘、使えるかな)


 体に数本刺さったままの金属樹(ストライダー)の棘が使えるかもしれない。

 

 とはいえ棘をそのまま使うのでは意味がない。

 少し刺さって、それだけで終わりだ。


 目的は詩音が体外へと出るための穴を切り開くことなのだ。


 では使い道はないのだろうか。


(いや、ある。一つ一つは使えなくても組み合わせれば……)


 詩音は棘を【肉体操作】で抜き取ると、それを口へと運び【捕食】する。


(打ち合った闇の剣が折れるほどの強度を持つ、ストライダーの金属質のナニカでできた棘。これを剣に混ぜ合わせることができれば、もしかするかもしれない)


 ウォーカーの肉体からはかけ離れた素材に見えるのに、なぜか嚥下した金属片が体に馴染む気がした。


 続いて折れた闇の剣を口元へと運び、躊躇せず飲み込んだ。


 迷っている時間はない。

 今この時間も詩音の肉体は溶け続けているのだから。


 詩音は、金属片と闇の剣が混ざり合い、融合し、新たな形となることをイメージする。


 己の肉を容易く貫いた棘。

 刺したウォーカーを弱らせた剣。


 それらのイメージを、素材の性質を、求める形へと捻じ曲げていく。


 敵の肉を容易く切り裂く刃。

 切り裂いた敵を弱らせる剣。


 願うは斬。

 ただひたすらに鋭く、全てを切り裂く刃を(こいねが)う。


 イメージを終え、詩音は胸の内で唱えた。


『……【秘宝生成】!』


 今までの【秘宝生成】とは桁が違うほどのエネルギーが身体から奪い取られていく。


 肉体の維持もままならなくなり、下半身の先から順に感覚が消えていった。

 恐らく、足先はもう溶けきってしまったのだろう。


 それでも、気を揺らさず、渦巻くエネルギーを収束させることに意識を集中させる。


 そして腰の辺りまで肉体が溶け切った頃、詩音は右腕を口へと突き込み、一つの剣を引きずり出した。


 生み出した剣を【自己鑑定】している暇も、もうない。

 

 詩音は力の抜ける感覚に抗い剣を振り上げると、側の肉壁へと撫でるように切りつけた。

 

 力は入っていない。単純に込められるだけの力がもう残っていなかったのだ。

 それでも、剣は己の重みだけで壁へゆっくりと沈んでいった。


 あまりの鋭さに痛みも感じられなかったのか、蛇狐が暴れる様子はない。

 壁に近寄り、溢れ出す血飛沫を口を開いて飲み干す。

 それだけで渇きは少し癒え、腕に力が入ってくる。


 膂力の戻った右腕で肉壁を削り取り、(えぐ)った肉を左腕で口へと運ぶ。


 突如暴れ出す蛇狐。

 肉を抉られるのは流石に痛かったのだろうか。

 体は揺れに揺れ、大きな叫び声が体内にも反響していた。


 壁へと叩きつけられながらも、詩音は叩きつけられた先の壁を切り取り、口へと運んでいく。


 それにより力がより回復し、徐々にそのペースは早まっていった。


 食い進めるごとに、【捕食】と【肉体操作】のおかげか溶けていた肉体が修復されていく。


 そして、なんとか五体満足となった頃、詩音の視界に光が差した。


 ついに蛇狐の身体に穴を開いたのだ。


(よし! ここから外に……)


 穴を広げ外に出る。それが当初の目的だった。なのでそれを目標に肉を切り裂いてきた。


 が、


(……別に出なくても良くないか?)

 

 外に出ようとしていたのは生き残るため。

 であれば、ダメージよりも回復量の大きい現状、無理に外に出る必要はないだろう。


(むしろ、蛇狐は体内への攻撃手段を消化液しか持たない以上、体内で暴れ回った方が勝率が高そうだ)


 ここで詩音は方針を切り替えた。


 体外への〝脱出〟から体内での【捕食】へと。


 つまり今までと同じことをすればいいというわけだ。

 右手に握った剣でそこらの内壁を切りつけ、左手でそれを掴み口へと運ぶ。

 穴を開けるほどには削り切らないで、広く薄く切り取っていく。


 傷から零れ落ちた血が消化液を薄め、ダメージが減っていく。

 肉を食い、力をつけたことでより切り刻むのが早くなっていく。


 蛇狐特有の力が抜けていく感覚も、もはや存在しない。

 肉体にはエネルギーが充溢(じゅういつ)し、むしろストライダーとの戦闘前よりも好調なくらいであった。

 

 蛇狐はのたうち回っているのだろう。

 上下左右は激しく入れ替わり、その度に詩音は壁に打ちつけられる。

 内部の詩音にダメージを与えようとしているに違いなかった。


 もちろん、食らったダメージ以上に回復してはいるのだが、うざったいことには変わりない。


(そうだ。ストライダー、あの金属樹のように──)


 リソースに余裕が出てきたので、詩音は思い付いたことを試してみることにした。


 思い浮かべるのはストライダーに枝を突き入れられた時のこと。

 剣で幾度切りつけても離すことのなかった、あの場面を。


 切りつけて開いた傷口に右足を挿入。

 そこで右足を【肉体操作】し、いくつかの束を作るように構造を変化させる。

 そして、それをさまざまな方向へと食い込ませた。


 これにより、いくら蛇狐がのたうち回ろうと足場は固定されており、壁に打ちつけられることは無くなる。


 樹に着想を得た、文字通りの〝根を張る〟行為であった。


 とはいえ、正しくは植物の根というよりも、足場を得る為にコケなどが持つ仮根というものに近かった。

 そこにはエネルギーを吸収する機構がないのだから。


(本当の根のように吸えたらいいんだけどね……って、できなくもないのかな?)


 試しに〝根〟の内部に空洞を作り、それをホースのようにして消化器官まで運んでみる。


 これは【肉体操作】を通して発見したことなのだが、今世の詩音の消化器官は胸部に存在する核のような球体らしい。


 そこに到達した瞬間、吸い込まれるように食糧が消えていくのだ。


 そこまでホースを繋げ、蛇狐の血潮が流れ込んできたら、それを蠕動(ぜんどう)のようにして〝核〟まで運び、順次【捕食】していく。

 そうすると【捕食】により蛇狐の血潮はホース内から消失し、ホース内の圧力が低下する。

 それにより、新たに血潮が吸い上げられる。


 こういった循環だ。


(ははははははは! これはいいぞ)


 蛇狐の血液を右足から吸い上げていく。


 効率を上げるために左足も【肉体操作】で根へと変え、両足から吸い込んでいった。


 身体に力が漲ってくる。

 今ならばストライダーと肉弾戦だってできそうだ。


 今までとは違って明らかに生気を吸い取られていく感覚に、蛇狐はより一層暴れ回る。


 けれど、致命的なほどに血液が減じたためだろうか。

 しばらくすると、プツンと糸が切れたかのように動かなくなった。


 それでもなお吸収できるものは吸収しておこうと、詩音は残った血液を余すことなく平らげる。


 吸えなくなってきたところで両足を元の構造に戻し、付近の壁を切りつけ、体内から脱出した。


 見渡すと、周辺の樹木はあらかた倒れきっており、その中央に漆黒の巨軀(きょく)がうずくまっている。

 言わずもがな、蛇狐の死骸であった。


 完全に絶命しているのだろう。

 微動だにしないその体を見て詩音は思う。


 結構食い出がありそうだな、と。


(手には切り刻める包丁もあることだし)


 光を得た詩音は闇の中では確認することのできなかったその剣を確認する。


 そこには烏の濡れ羽のように艶のある黒の刀身と、その根本には混沌とした──まるであらゆる生物の素材をごった煮にしたかのような姿の──鍔を持つ剣が存在した。


 鍔の中央についた紅色の瞳がギョロリと動き、詩音をじっとりと見つめる。


(うわ、前々から思ってたけど……絶対に生きてるじゃんこの剣)


 気味が悪いのでもう一度飲み込んで作り直してしまおうか。


 そう思って、濡れ羽の剣を眺めた詩音はハッとする。

 その瞳に、そしてその鍔の混沌さに、詩音はどこか見覚えがある気がした。


(これは……あれだ。あの、どこかに運ばれていく夢。あの夢で俺はこいつに包まれて運ばれてて……。こいつがストライダーから逃してくれたのか?)


 剣が肯定するかのようにブルリと震えた。

 信じられないことにこの剣は意志を持っていて、どうにかして詩音を助けてくれたらしい。


 それなんてファンタジー、と思った詩音であったが、そもそもここはファンタジックな世界である。


(というか、俺の思考ダダ漏れになってる……?)


 もう一度剣が振動した。

 どうやら詩音の考えたことはこの剣に筒抜けのようだ。


(作り直そうとしたこともバレてんのかよ、気まず。……まぁ、なんだ、助けてくれてありがとな)


 剣は仄かに熱を帯び、大きく振動した。

 どうやら、喜んでいるらしい。


 どこからどう見ても禍々しいナニカが喜んでいてもSAN値が削れるだけなのだが。

 そんな思考が浮かびかけ、それを馬鹿馬鹿しいと蹴り飛ばした。


 この世界でそんなことを気にしてもしょうがない。

 何より化け物の肉体を奪って生きながらえてる俺も大概だろうよ。


 今更──詩音はそっぽを向いて嗤った。

 

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