肉体操作
3体の歩く者を扉のある小部屋へと引きずっていく。
そのうちの一体をムシャムシャと食べながら、詩音は部屋への道のりを消化していった。
小部屋に到着すると、詩音は部屋の隅に2体のウォーカーを投げ置き、地面へと座り込む。
詩音はつい先ほどの戦闘を振り返っていた。
(想像以上に危なげなく戦えたこと。まずそれは良かった)
己の力量のおかげだと過信するつもりはない。
それよりはむしろ自身の肉体のポテンシャル、そして、
(──この剣のおかげだ。この剣がやつらを弱らせてくれたから)
詩音は手に持った黒い剣を見つめる。
そして、小さな──いや、小さなという言葉では片付けられないほどの違和感を抱え、凝視した。
でこぼことした持ち手に真っ直ぐな棒、そして尖った先端。
それが以前のこの剣の見た目だったのだが……。
持ち手は羽毛でふさふさに。持ち手の先、鍔の部分には左右に小さな何かの足──おそらく鳥の足──が生えており、剣先は二つに分離しようとしていた。
(なんだこれ)
道中では三体のウォーカーを運ぶことに集中していたので気が付かなかったが、剣はえげつない変貌を遂げていた。
『……【自己鑑定】』
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◆名称
◇ナ⬛︎⬛︎オ⬛︎ル?の⬛︎⬛︎剣
◆分類
◇秘宝
◇剣?
◇⬛︎
◆存在力
◇5⬛︎
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情報を見られたことに気がついたのか、剣が心なしかピクピクしている。
(【自己鑑定】が効かなくなった。つまり、この剣は俺じゃなくなってきてるってことかな。まぁ、とりあえず……)
詩音は頭部を上に向け口を開き、剣を丸呑みにした。
剣は体内で少しじたばたと暴れ、やがて沈黙する。
そして、詩音は呑み込んだ剣を材料に、再び【秘宝生成】を行う。
剣としての用途を果たすことを意識しながら。
(持ち手がふさふさして滑られても、生えた足でどこかに逃げられても、先端が二股になって刺さらなくなっても困るからな)
『【秘宝生成】』
詩音の体内で力が渦巻く。
そしてそれは剣の形に収束していった。
出来上がったものを少し慣れた感覚で吐き出すと、そこには黒い剣が落ちていた。
よりグリップしやすいようにザラザラとした持ち手。
その先の剣体は楕円みを帯び、〝斬る〟用途に近づこうとした跡が垣間見える。
先端は以前と同様に尖っており、突きにも充分耐えそうであった。
『【自己鑑定】』
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◆名称
◇闇の剣
◆分類
◇秘宝
◇剣
◆存在力
◇48
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(とりあえず自己鑑定ができるようになった、か。随分とシンプルな名前になっちゃって。存在力がちょっと下がっちゃってるけど、扱いやすさを考えると絶対にこっちの方が良いよな)
震えなくなった剣は地面に置いて、別のことへと意識を向けていく。
(喫緊の問題としては、ウォーカーを一体逃しちゃったことだ)
確かに4体を誘い込んだ。だが捕まえたのは3体。
ならば差の1体はどこに消えたのか。
きっと巣に帰ったのだろう。
だとしたらその次にどんなアクションを起こすだろうか。
考えられるのは2パターン。
まず一つ目、より多くの仲間を引き連れ復讐に来るパターン。
こちらはダンジョンで迎え撃てば良いだろう。
幸いなことに食糧はかなりある。
【肉体操作】を練習し、使いこなせるようになれば、数が増えたとしてもより危なげなく戦えるようになるだろう。
次に二つ目、脅威から離れるように巣の位置を変えるパターン。
こちらは餌が少なくなって困る。
ナイトオウルに襲い掛かればいいかもしれないが、空を移動する手段がない以上、逃げられれば餌にありつけなくなってしまうだろう。
……まぁ、ウォーカーが逃げたのなら、追いかけて狩ればいいか。
ということで詩音は【肉体操作】を鍛えることにしたのだった。
以前【肉体操作】の考察をしたときに〝体表を硬化させたり、肉付きの良さを変えたり〟できるとまとめていたが、実際にはもう少しできることの幅は広い。
たとえば、体表を硬化させるだけではなく軟化させたり、肉付きを良くするだけではなく減らしてみたり。
腕を若干伸ばして攻撃のリーチを広くすることもできる。
慣れれば腕を一本増設することもできるかもしれない。
ただ、基本的に【肉体操作】で肉付きを変えたりする時は、生み出されるのではなく、移動させているだけであるということには注意が必要だろう。
腕を増やせば、肉付きを良くすれば、それだけ他の部分の肉が減っていくというわけだ。
体表を硬化させるのも同様だ。
密度を上げるような感覚なので、どこかの肉がその分圧縮されて小さくなっているのだろう。
(攻撃の軌道上の肉体を操作して肉を移動させれば被害をなくせるかもしれないな)
腹パンをお腹に穴を開けて回避する光景を頭に浮かべ、詩音は苦笑した。
(そんなに変形させたらパンチのダメージよりも空腹のダメージの方が強くなりそうだ。あ、でも肉を寄せたりすれば怪我した時に応急的な治癒として使えるかもしれない)
対ウォーカーだと肉弾戦になるから使わなそうだが、という考えは封殺し、鍛錬に取り掛かる。
自分が経験した限りでも随分と物騒なこの世界では、力はいくらあっても良いのだ。
それに、何よりも強くなることは男の本望であるからに。
さて【肉体操作】の鍛錬は何をやるのかといえば、それは手のひらの肉付きを変えることで描きたい模様を浮かべるというものである。
この鍛錬の操作を素早く行うことで、より急速に、より繊細な変化を肉体に与えることができるようになるだろう。
そういう目論みであった。
まずは簡単な図形から浮かべてみる。
丸。
三角。
四角。
台形。
星形。
七角形。
蜘蛛の巣。
雪の結晶。
単純な図形から、徐々に複雑な構造物にしていく。
歩く者の姿。
ナイトオウルの姿。
森の入り口の様子。
平面での描写に慣れてきたら、次は立体を削り出していく。
真球。
立方体。
正四面体。
正八面体。
正十二面体。
正二十面体。
頭部が沸騰するかのように加熱する感覚を感じ、一時中断することにした。
立体の描写辺りからは、手のひらどころか腕全体を使っての表現となっていた。
腕の形を自由自在に操れるということは、ある程度までなら攻撃のリーチを変化させられるということだ。
攻撃のリーチを変化させながら剣を振ってみる。
初めは慣れない感覚に体が戸惑っていたが、徐々に慣れてくると狙った場所に剣を当てられるようになってきた。
このあたりで空腹感を感じ、詩音は鍛錬を終えることにした。
(この身体だと飢餓感以外の感覚がないから時間を忘れちゃうな)
残された2体のウォーカーは修行の合間合間に食べてしまっているのでもうご飯は残されていない。
(……結局、ウォーカー達は攻めてこなかったな。巣を移動するパターンだったか)
ならば、餓死しないためにも遠出をして餌を蓄えなければならない。
(それに、2パターンに絞っちゃってたけど、案外ウォーカー達は大した知能がなくてこの辺に留まってるかもしれないな)
希望的観測を頭に浮かべ、詩音はダンジョンの外を目指し歩き出した。
入り口の付近で【隠密】を発動。
少し顔を出して付近の状況を伺い、誰もいないことを確認してから足音を立てないように飛び出した。
陽だまりには誰もいなかったので、ウォーカーが使っていた獣道を進んでみる。
すると、幾分か歩いた先に6体のウォーカーがたむろしていた。
(おっと、逃げてなかったか。それとも、逃したウォーカー達とは別の部族だったりするのかな)
ま、何はともあれ戦うだけだ。
詩音はナイトオウルの闇骨剣──改め闇の剣を振りかぶった。
前回の焼き直しのように【隠密】を解き一体を切り付ける。
急いで引き返そうとしたが奴らはノロノロと付いてくるだけだ。
(……警戒されてる? もしかして学習されたのかな)
逃した個体があの〝狩り〟の内容を委細報告していれば十分あり得ることだった。
(まぁ、結果的についてきているんだから些細な問題か)
しかし学習したとするならば、ウォーカー達はなぜついてくるのだろうか。
その疑問に詩音はこう結論を出した。
(ダンジョン前の開けた場所で戦おうとしているのかもしれないな。けど、それなら陽だまりに出る直前からダッシュしてダンジョンに入れば良い)
付かず離れずの速度となるように調整しながら詩音はダンジョンへの道を進んでいった。
そろそろダンジョン前の陽だまりに差しかかるといったころ。
相変わらずノロノロとしたウォーカーの様子に『やはり何かがおかしい』と脳裏に警鐘が鳴り始める。
詩音の頭に浮かぶは自身が切り開いた獣道。
──そういえば、この間狩った4体のウォーカーは、もう一つの獣道を調べるような素振りをしていた。
もし、その道を使って背後にウォーカーを送り込んでいるのだとしたら。
(ちょっとまずいかもしれん)
広い場所でウォーカーどもに囲まれるくらいなら狭い道で前後を挟まれた方がまだマシだ。
そう考えた詩音は、突如背後のウォーカーへと闇の剣を振りかぶった。
鈍の剣を圧倒的な膂力で振り、一体の胴を袈裟斬り。
それを見た残りのウォーカー5体は一斉に飛びかかってきた。
咄嗟に突きを放ち、2体目の腹部に風穴。
だが、体に大穴を開けたそのウォーカーは、そのまま詩音の方へと突進してくる。
(なぜ動ける!? 闇の剣に変わったことで弱体化が消えたのか? いや、違う! こいつら……!)
後ろから別のウォーカーがそのウォーカーを蹴り付けていたのだ!
最後の力を振り絞って抱きついてきたウォーカーを、蹴って振り払おうとする。
しかし、それが隙となったのだろう。
その背後から飛び出してきたウォーカーに顔面を強打され、詩音はダンジョンの方向へと吹き飛ばされる。
剣だけは離さなかったものの、視界は明滅し、気付けば詩音は陽だまりの中にいた。
そこには、陽だまりの縁を覆い尽くすように立っている何十体ものウォーカーと、
──ダンジョンの入り口を塞ぐように、鈍色の巨木が屹立していた。
(ああ……これは死んだかもしれん)
鈍色に輝く巨樹は、その枝を詩音へと振りかざす。
枝から分離した棘が詩音へと軌道を描き、迫る。
詩音はその棘に幾重にも貫かれ──。




