秘宝生成
洞窟を出ると、そこには鬱蒼とした森が広がっていた。
洞窟の周囲はまだ空間がひらけているが、少し進むと木々に覆われ薄暗くなっている。
(とりあえず【隠密】を発動させながら移動してみようか)
色々なことが起こって忘れかけていたが、当初の目的はダンジョンの支配から逃れることである。
ならば、やはり『できるだけダンジョンから離れること』を当面の目標に再設定すべきだろう。
そんなことを考えながら森の方に向かっていくと、木々の合間に一筋の獣道を認めた。
(……この道を行くべきだろうか)
なにかの通り道であるということは、当然ながらその〝なにか〟との遭遇率が高いことを意味する。
とはいえ、前世で森歩きなどをしたことのない詩音には、道なき道をどのような方針で歩けばよいのか見当もつかなかった。
(……行ってみよう)
【隠密】を発動していればとりあえずは大丈夫だろう、という楽観視もあり、詩音はその獣道をゆくことにしたのだった。
そして、詩音はすぐにその選択肢を後悔することになる。
(これは無理だって!)
歩き出して3分も経たない内に、獣道の奥から5体の歩く者が向かってきたのだ。
奴らはどうやら謎の波動──【言語理解】が働いているため独自の言語だと思われる──でコミュニケーションを取っているようなのだが、スキルがあるとはいえ詩音にとっては未知の言語だ。
当然ウォーカーとコミュニケーションを取ることはできない。
そのため、詩音がウォーカーと遭遇した場合に取れる選択肢は、交戦か、逃亡である。
一対一ならばまだいい。先程のように襲いかかって、同様の手法で倒しきることができるだろう。
だが多対一は無理だ。少なくとも今はまだ。
そもそも現在詩音の持つ武器は、その口に生えた鋭利な牙のみだ。
一体に組み付きその喉笛──やつらは呼吸してないようなので不敵な表現かもしれないが──を食いちぎったところで、その間に他の数体に囲まれてジ・エンド。
出せる速度が圧倒的に違えばともかく、元は同じ素体なのだ。
勝てる未来が見えなかった。
ということで交戦ではないもう一つの選択肢、逃亡を選んだというわけだった。
交戦するにしてもあのような場所ではなく、せめて狭い通路などならどうにかできたかもしれない。
(……目標から遠ざかることになるけど、一旦ダンジョンに戻るか)
獣道を音を立てない程度に早足で戻っていく。
頃合いを見計らい、後ろを振り返って詩音は状況を確かめた。
どうやら人影はない。
ウォーカー達からは十分に距離が取れたようだ。
振り返るのをやめ、胸を落ち着かせようとしたその時のことだった。
目前に広がる光景に、詩音は唖然とすることになる。
そこにはペタペタと足音を立てる深緑の人影が4体。
(挟まれた!?)
今はまだ【隠密】が効いているのか、奴らはこちらの存在に気がついていない。
だが、それも時間の問題であろう。
ここで立ち尽くせば、必定接敵することになる。
引き返せばそれもまた同じこと。
どこかで後ろから向かってくるウォーカーと出くわし、挟みうちを喰らうことになる。
状況はむしろ悪化すると言っても過言ではない。
であれば、前に進むか、後ろに戻るか。
前にいるのは4体であるから、交戦するならばまだ勝ち目があるのは前である。
けれど、勝ち目があるとはいえど、それは蜘蛛の糸のようなか細いもの。時間をかければ挟まることになってしまう。
まさしく絶体絶命という言葉がふさわしい状況となるだろう。
そうして、詩音が選んだのは、
──獣道から逸れて森の奥へと進むことだった。
意を決し、詩音は森の中へと飛び込んだ。
森の中は想像以上に薄暗い。
パッシブで発動していた【光合成】によるエネルギーのチャージが、入った途端小さくなったのを感覚が捉える。
自分と違い、【捕食】によってエネルギー供給ができないであろうウォーカーからすれば嫌な環境だと言えた。
ここまで無計画に離れてしまえば、元の道に帰るのは困難である。
けれど、詩音にはその手段を取ることに忌避感はあるものの、確かに元の位置に戻る勝算があった。
なぜかダンジョンの位置が把握できてしまうのである。
おそらく、状態:ダンジョンの支配によるものなのだろう。
これがあれば、離れた場所に行っても一度ダンジョンを経由すれば元の場所に戻ることができる。
最終的には、ダンジョンから遠くに離れれば離れるほどこの支配が弱まってくれればいいのだが。
悲観と楽観がないまぜになった未来予測を、木々の根を踏み越えながら行う。
大きな根を乗り越えたその時、詩音は風切り音を聞いた。
詩音は思わぬ事態に身を止めてしまう。
空から暗闇を引き連れたナニカが、一直線に詩音へと向かってきていたのだ!
黒の巨体に、赫赫と輝く紅瞳が視界に映されたその時には、詩音は既に宙へと浮かび上がっていた。
(なんだこいつ!)
一拍遅れて鈍い痛みを肩口に感じた。
どうやら足の爪が肩あたりに深々と刺さっているようだ。
同時、体に走る脱力感。
(毒か何かか……? このままじゃまずい)
虚脱感に苛まれながらも、詩音は自分の肩を鷲掴みにする存在へと目を向けた。
そこにいたのは闇を纏う、漆黒の、フクロウに似たナニカだった。
もしかしたらウォーカーが集団で動いていたのは、こいつに対抗するためなのかもしれない。
そんなことを脳裏で考えながらも、詩音は自身の肉体の状況を把握していく。
(腕は……少ししか上がらないか)
思ったよりも脱力感は強く、力は時間が経つにつれ抜けていく。
このままでは、いいところでフクロウの餌であろう。
(顔は、まだ動く。それなら……!)
左肩へと食い込んだ、闇色の脚。その半ばへと、詩音は思いっきり食い付いた。
「ギャオゥルルルル!?」
黒フクロウは悲鳴を上げ、足の爪を離そうとする。だが、詩音の牙はそれを許さない。
軋む音を上げるほどに力を込めていき、やがて半ばから脚を食いちぎると共に、詩音は地面へと落ちていった。
(あー、久しぶりに喰った肉の味)
呑気にそんなことを考えながら地面に叩きつけられる詩音。
痛みに悶えながらも、おまけについてきた脚の爪を平らげていく。
(大分力が戻ってきたな)
フクロウの脚を喰らったからなのか、少し回復してきた体を軽く眺め、直ぐに頭上へ視界を向けた。
そこには狂乱する黒フクロウが怒気を噴出して飛び上がっていた。
自分の肉が食いちぎられた恐怖よりも、格下と認識した相手から手痛い反撃を受けた怒りの方が勝っているらしい。
今度は一思いに殺そうと考えたのか、嘴を向けて急降下してくる。
そのままの軌道であれば、詩音の深緑の土手っ腹に大きな風穴を空けたことであろう。
しかし、むしろ肉体を損傷することになったのは……
(──お前だよ、タコ)
消化しきれなかった、黒い脚の骨をペッと吐き返す。
舌の力で弾き出されたそれは、闇フクロウの眼球へと勢いよく突き刺さった。
「グゥルル!?」
同時、詩音は地面を蹴り付け、後ろへと大きく跳んだ。
そしてそのまま、相対速度を落としながら闇フクロウの体へと抱きつく。
それは、抱擁などと言った愛情表現では、決してない。
そこにあるのは、ただただ純粋な、
(いただきます)
食欲のみであった。
首筋に大きく噛み付き、フクロウの体を貪る。
闇フクロウに触れる度に少しずつ体の力が抜けていくが、口から肉が供給される度に力が増していく。
両者は拮抗しており、詩音の食い進める速度は変わらぬままだった。
「キャオォオオオン!」
姦しいフクロウの鳴き声は、徐々に弱まっていく。
首を完全に食いちぎると、ビクンと大きな振動をしてから微振動へと切り替わった。
敵は死に絶え、後に残るのは食糧のみである。
肉も、翼も、頭も。そしてその骨の髄まで、完膚なきまでに貪り尽くした詩音は、大げさな動作で地面へと横たわった。
(はぁ、喰った喰った。鶏肉って生でも結構いけるな)
自身の体積以上のものを食い尽くしたのだ。よく入ったな、とお腹をさすっていると、ふと地球での常識が詩音の頭をよぎる。
(あれ、鶏って生で食ったら危ないんだっけ……?)
サルモネラ、カンピロバクター。どこかで聞いた単語を頭に浮かべしばらく悩んでいた詩音だったが、まぁ、食べてしまったものは仕方ない、と結論づけて思考を打ち切った。
そして、次に考え始めたのは先ほどの戦闘、そして今までの戦闘における自身の立ち回りについてだった。
(そういえば俺、いっつもこんな戦い方しかしてないな。相手の首筋に飛びついてパクリ。牙しか武器がない以上仕方がないことなんだけど、もっとスマートに戦いたいな)
今の戦い方では、まるで。
(クリーチャーみたいだし……。っていうか、衝撃的なことが起こりすぎてちょっと忘れかけてたけど、俺って一応勇者なんだよね? それならもっと剣とか魔法とかでカッコよく戦ってみたいんだけどな……)
魔法はそもそもあるかも分からないし、あったとしても使い方が分からない。
剣はあればなんとか使えるかもしれないけど、どこにもない。
まだ可能性があるのは剣なんだけど……。
そう思った時、ミミックとしての本能が異能のツマミを回したがっているのを詩音は感じた。
一瞬迷ったが、詩音はそれに抗わず身を任せてみることにした。
本能の赴くままに念じるのは、こうだ。
『【秘宝生成】』
体の中で何かが捻じ曲がり、力が渦巻き、一つの形を持って収束していく。
やがて軽めの嘔吐感を感じ、その感覚に逆らわず固形物を地面へと吐き出した。
そこに落ちていたのは持ち手がでこぼこした、真っ直ぐな黒い棒だった。
少し先が尖っているように見える。
(……もしかして剣なのか?)
詩音の中のファンタジーへの知識が『これは剣ではない』と大声で叫んでいるが、当の【秘宝生成】は『生み出したこれは剣だ』とさらに大きな声で叫んでいた。
……少し苦しいが、レイピアだと言い張ることはできるかもしれない。
どちらかと言うと小型の槍と言った方が近い気もするが。
下らない議論は一旦うちやめにし、詩音はそれを持ち上げてみる。
思ったよりも手に馴染む。まるで身体の一部のようだ。
でこぼことした持ち手は摩擦を生み、伝えた力を逃がさないであろうし、尖った〝剣先〟は突き立てたものの肉を穿つだろう。
詩音は、自分で作った手槍を、衣服もまとわずに敵へと突き立てる己を想像してみる。
(……蛮族かな?)
──おめでとう! 詩音はクリーチャーから蛮族にクラスアップした!
なお、【秘宝生成】と言う名のミミックの本能はいつまでも『これは剣だ』と主張し続けていた。




