シュラウド
『徘徊する者様、水浴みの準備が出来ました』
『……ああ、今行く』
時は僅かに遡り、詩音が蛇狐の腹の中にいた頃。
駐屯地にて。
徘徊する者は配下の歩く者に声をかけられ我を取り戻した。
思考を沈めていたのはリズィーエイクのこと、そしてあの化け物のことだった。
(リズィーエイク……奴はまだいい。奴の眷属が我らにちょっかいをかけてくるのはいつものことだからな)
だが、あの時はいつもと具合が違った。
(あれほど広範囲に噴出する霧は、ダークヘイズの闇の霧しかなかったはず……。しかし、ダークヘイズは奴の眷属の中で唯一肉食ではない。食事のために我らを狙ったとするならダークヘイズが来ることはおかしい)
そうだ、我らを餌としかみてない奴らのことだ。
ナイトオウルやフォックスネイクなどならまだしも、ダークヘイズが来たのはあり得ない。
ストライダーは水浴み場までドシドシと歩きながら思考を続けていった。
(では、考えられることとして──化け物とダークヘイズは協力関係にある? いや、それは流石にない。リズィーエイクの眷属が我らの姿をした者と協力するなど……いや、あるのか?)
水浴み場につくと、鈍色の巨体を浴槽へと沈ませた。
水が溢れる。
(そもそも、口のついたウォーカーなどという異形が存在すること自体がイレギュラー。もし、リズィーエイクの企みで同胞の肉体を奪う新たな眷属が生み出されたとしたら)
思考を進めているとペタペタと足音が近づいてきた。
水浴み場の戸が開かれたかと思うと、ウォーカーが浴槽へと飛び込んできた。
ざぱんと撥ねた水がストライダーにかかる。
『はぁ〜、いい水ぅ……ってストライダー様!?』
『……疾く出ていけ』
『す、すみませんでしたぁ!!』
ウォーカーは逃げるように急いで飛び出していった。
(気も萎えた。我もそろそろ出るとしよう)
ストライダーは立ち上がり、浴槽の外に出る。
そしてドタドタと水浴み場の外に歩いていった。
歩きながらストライダーは憎悪と決意を新たにする。
(もし、リズィーエイクの新たな眷属が我らの肉体を奪うモノならば、根絶やしにせねばならん。ネイヴィジュ様に戴いたこの肉体を穢すわけにはいかんのだ!)
ドシドシと足音を立ててストライダーは寝所へと歩いていった。
翌朝、ストライダーはウォーカーの各部隊を招集し、とある指示を出す。
それは一つの捜索任務。
その捜索対象は〝我らの皮を被った口持ちの化け物〟──すなわち詩音であった。
コートを作っただけだった。
なのに気づけばそこから手が生えて暴れ出していた。
そしてそれを意志を持つ剣が鎮圧すると、外套に名前をつけてほしいとせがんでくる。
(……高熱の時に見る夢かな?)
現実逃避をしていた詩音だったが、右手に握ったユオが急かしてくるので、外套の名前を考え始める。
(名前、ね。外套……包むもの、覆うもの。昔やってたゲームのタイトルにそんな意味のワードが入ってたような)
中学3年の荒れていた頃には、漁るようにゲームをやったものだ、と詩音は過去を振り返る。
過去の記憶を手繰り寄せ、朧げなそれを詩音は掴み取った。
(そうだ。たしか──)
『──シュラウド。お前の名前はシュラウドだ』
地面に落ちている外套が軽く揺れた。
ユオによるとどうやら喜んでいるらしい。
外套をもう一度【眷属鑑定】してみる。
すると、状態:半混沌が消え去っていた。
名称の欄にはシュラウドと記入されている。
もしかすると命名には混沌を終わらせ安定させる効果があるのかもしれない。
命名した時に少し力の抜ける感覚がしたのだが、安定化のためにエネルギーが使われていたとすれば辻褄が合う。
ユオが命名してほしいと言ったのも納得だった。
しかし、気になるのはユオがどうやってシュラウドと意思疎通を図っているのかだ。
眷属だけに分かる共通言語のようなものがあるのだろうか。
だとしたらいずれ【言語理解】で把握できるようになるかもしれない──。
取り留めもない思考を打ち切ると、詩音はシュラウドを身に纏い、ユオを右手に携えた。
そしてすたすたと森を歩いていく。
『とりあえずダンジョンと反対に進んでみようと思う』
ユオに語りかけると〝了解〟といった内容の振動が返ってくる。
【言語理解】のなせる技であった。
詩音は【隠密】を発動し、シュラウドには【偽装】を発動してもらう。
詩音の眷属は、どうやら詩音の体に触れている際にはその思考が流れ込むらしく、口に出すよりは時間がかかるが念じれば勝手に発動してくれるのだ。
【隠密】で気配を希薄にし、【偽装】で見た目を森の一部と誤認させる。
これにより接敵する確率は大幅に減るはずだった。
詩音たちは木々の合間を縫うように移動し、〝呪い〟で理解させられてしまうダンジョンの方角とは反対方向へとひたすら進んでいった。
大木の根を乗り越え、倒木の下をくぐり、落ち葉を踏み分け進んでいく。
闇色の靄。
鋭い角を持った鹿。
ウォーカー。
その全てを無視して歩き続けた。
幸いなことに、【貪食】で蛇狐の肉を溜め込んでいるのでお腹が空くことはない。
闇色の梟。
ウォーカー。
青い毛皮を持つ狼。
ウォーカー。
ウォーカー。
進んだ先でウォーカーに遭遇する回数が多くなってきた。
そしてその全てが数体で部隊を組んでいる。
獣道ですらない、道なき道を進んでいてこれなのだ。
もしウォーカーが使用する獣道を進んでいたのなら、きっと遭遇率は倍では利かないだろう。
またもやウォーカー。
5体の部隊だ。
今回も木の影でじっとしてやりすごそう。
【隠密】と【偽装】を同時発動しているおかげか、奴らに気づく様子はない。
身体を微動だにさせず、木の影に身を隠したまま奴らが通り過ぎていくのを待つ。
ウォーカー達が徐々に近づいてくる。
だが、こちらに気づいた素振りはない。
きっと偶然だ。
このまま、通り過ぎていってくれれば。
そう思っていたところだった。
ウォーカーの一体が詩音の真後ろを指差した。
そして呟く。
『おい、なんか足跡ないか?』
習熟度が増したからなのか。
それともスキルとして習得したからなのか。
詩音にはその【波動言語】を鮮明に聞き取ることができた。
『ん? あ、ほんとだ。でも俺らの足跡に似てるな』
『誰かが調査したってことじゃない?』
『いや、にしても一人行動はおかしいだろ。それに……』
のっぺりとしたウォーカーの顔面がこちらを向く。
『足跡はここで途切れてる』
ウォーカー5体の視線が詩音に集中する。
ガリガリと何かが削れていく感覚が走り、気がつけば詩音の【隠密】は解除されていた。
『こいつ! あの捜索対象の化け──』
──斬。
右手に握ったユオで固まっていたウォーカーに斬撃。
3体を一太刀で切り伏せる。
しかしウォーカーは5人部隊。
単純計算として5-3は2になるもので。
残された2体のウォーカーが、その頭部を天へと向ける。
叫ぶ。
『KYOOO──!』
意味を持たない高周波の【波動言語】が森中に響き渡った。
急いで残る2体に切り掛かる。が、時すでに遅し。
高周波の〝叫び〟はきっと仲間への合図だったのだろう。
周囲の草木がごそごそと揺れる。
木々の合間から姿を現すウォーカー、ウォーカー、ウォーカー、ウォーカー……。
全方位からウォーカーがこの場に駆けつけてきていた。
(囲まれた! こうなったらダメ元で……!)
外套に【波動言語】で語りかけた。
『シュラウド、【影潜】は使えるか?!』
シュラウドが微振動するが、発動する気配はない。
ユオが振動で『どうやら誰かから認識されている時は使えないらしい』と伝えてくる。
コミュニケーションがまだ足りないからなのか、シュラウドの言いたいことを直接理解できないのが今は不便だった。
(こうなったらもうひたすら逃げるしかない……!)
現在の状況に適した逃走手段を詩音は瞬時に計算すると、眷属に指示を出した。
『ユオは【闇霧】、シュラウドは【霧纏】を!』
剣と外套から噴き出す白黒モノクロームの霧。
白い霧はウォーカーの視界を奪い、黒い霧はウォーカーの移動力を奪った。
詩音の視界も同時に塞がれているが、それはこの際仕方ないと受け入れる。
視界に頼ることのできない今、ダンジョンの呪いだけが進むべき道を教えてくれた。
嫌悪し、逃れようとしているものに助けられるとは皮肉なものだ。
冷ややかな笑みを浮かべながら詩音は霧の中を駆ける。
剣は前面に持ち、やや低めの八相の構え。
剣の術理について詩音は何も知らない。
だが、今までの経験からある程度の構えは取れるようになっていた。
この構えは、力はやや入りにくいが、前面の敵と接敵した際に一番対応しやすい。
走り続けているこの状況に最も適した構えだろう。そう思った。
走る。走る。
動かない影は避け、動く影は切り捨てる。
食べ物は無駄にしない主義の詩音だが、今現在食べている時間はない。
泣く泣くウォーカーを捨て置いて走り続ける。
奴らに囲まれた場所から、ひたすら遠くへ、遠くへと──。
しばらく走り続けたある時、ユオとシュラウドが何かを訴えてきた。
どうやらスキルの使いすぎでエネルギーのような何かが尽きそうだということらしい。
【闇霧】も【霧纏】も、どちらも何らかのエネルギーを消費して発動しているようだ。
ファンタジックなことが起こる異世界とはいえ、エネルギー保存則のような何らかの法則は当たり前にある。
大概チートのような能力を持つスキルでも、当然ながら無制限に何でもできると言うわけではないのだ。
ウォーカーとの接敵は少しずつ減ってきていた。
撒けたのだろうか。
(……まぁ、そろそろ切ってもいいか。ユオ、シュラウド、切っていいぞ)
少しずつ晴れていく霧の外縁。詩音の進行方向の左右。
そこにはなんと、ウォーカーが囲うように追走していた。
(霧の影響を受けない場所を走ってたのか!)
考えれば分かることだ、と冷静さを失っていた自分に舌打ち。
だが、その表情は数秒後には歪んだ顔に上書きされた。
より状況が悪化していることに気がついたのだ。
進行方向には倒れに倒れた木々が転がっていて。
金属質の蔓が巻き付いたその木々の先。
そこに見えたのは鈍色の大樹。すなわち──
『よう、また会えて嬉しいよ。化け物』
──徘徊する者が鎮座していた。
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