9-1 クロエの試練
「お別れパーティで私のエスコート役にルーク様自ら申し出て下さるなんて、嬉しいですわ。喜んでお受けいたします。うふふふ」
カフェテリアに響くレオニーナの嬉しそうな、そして周囲にわざと聞かせるような甲高い声。その声がクロエの耳から体中に嫌でも入り込み、ぞわぞわと全身の魔力をかき回す。
「私このままじゃ魔王に転職しそう」
「魔王なクロエも見てみたいかも」
シンシアが明るくクロエを揶揄うようにそう言うとトレイの上の皿に乗せられたサラダを口に含んだ。
「あそこにもう一人魔王になりそうな奴がいるぜ?」
ルカの言葉にクロエはレオニーナと仲良く食事を取るルークを視界に映さないよう、慎重に注意し視線を動かす。するとそこには、エセルフスキ王国の所属を示す、灰色の近衛服に身を包むネイドが立っていた。
ネイドはレオニーナを警護する他の近衛に紛れ、しれっとカフェテリア内を見回せる位置で警護をしている風を装っていた。しかしクロエが双眼鏡を召喚しよくよくネイドの顔を見れば、うっすらとこめかみに青筋が立っている。
(あ、あれはイリスだ)
最近のクロエはネイドとイリス。その区別がつくようになってきていた。
(傍からみればそっくりにしか見えない一卵性の双子の区別がつく、それはまさにお母さんの神秘)
などとクロエは思いながらもふっとクッキーを口に含んだ。前回ルークの部屋で出されたお菓子をお持ち帰りした残り、クロエ曰く愛のクッキーである。形こそハート型はしていないが、それでもこのクッキーを食べる度に、あの甘くて優しいルークとの口づけを思い出しクロエは世界一幸せな気持ちになれるのである。
(ふふ、ふふふふ、って違う。私が今問題視しているのはイリスの青筋だった)
うっかりペガサスに乗って天まで昇りかけたクロエだった。しかしペガサスから飛び降り、意識を素早く現実に戻す。
『おでこに青筋立ってるよ。イリスファイト!!』
クロエは魔力を通して、そうイリスに声をかける。
『ねぇクロエ。もうそろそろこいつ殺していい?』
『駄目に決まってるでしょ、耐えるのよ』
『耐えたらいいことあるの?』
『私の有り余る魔力を後で分けてあげる』
『キスしていいってこと?』
『いいえ、それは違う。適切な距離を持ってに決まってるでしょ』
『ちぇっ、握手なんかよりキスした方が早いのに』
『いいから真面目に仕事して!!』
クロエは強制的にイリスと繋がる魔力を遮断した。
ネイドは現在、クロエの使い魔として正式な書類も交わし契約を結んでいる状態だ。けれど今回の作戦において、ジャンバッティスタとレオニーナを警戒させないように、彼らと契約しているフリをしているのである。
「ネイドの場合、母なる魔石のかけらを通して無理矢理使い魔の契約をされた状態だった。だから、私達魔女のそれよりずっと魔力の繋がりは薄い。とするとネイドと使い魔の契約が切れてるという事には、ジャンバッティスタはなかなか気付けないと思うわ」
そう言い切ったアリアの言葉をみんなで信じたのである。つまり、ジャンバッティスタは母なる魔石のかけらを通し、ネイドと使い魔契約をしている状態だったのだ。それは魔女と使い魔。一対一の雇用関係とは全く違う事を意味しているらしい。
『母なる魔石という派遣会社からジャンバッティスタの元に派遣されているのが彼らの使い魔達。かたや私達は偉大なる北の魔女という個人事業主と契約を結んでいる。こう説明すればわかるかしら?』
コンラッド婦人が例えを使って教えてくれたが、イマイチまだクロエにはよくわからなかった。
けれど、今の所アリアやコンラッド婦人の言うように、レオニーナに謀反を翻した事も含め、ジャンバッティスタは現在も彼らとネイドは契約している状態、つまり自分の駒であると微塵も疑っていないようだった。
それどころか、レオニーナに至ってはシルビオ扮したネイドの中のイリスに「面倒な女は嫌い」だとか、もう少し直接的に「死ね」などと罵倒されたにも関わらず、相変わらずネイドを傍に置きたがっているらしいとイリスが言うのだ。
「ま、なんて言うの?僕って顔がいいから。これでも結構エセルフスキの令嬢達にはモテるんだよ?クロエ、どう?僕の事好きになった?」
自慢げにそう言うイリスにクロエは「なりません!!」と即答しておいた。そして内心「きのこヘアーが気にならないとか。エセルフスキ王国ではアレが流行ってるの?」と密かにクロエは気になっている。
因みに魔力をやたら欲しがる件については、半魔であることも、きのことも何も関係がないらしい。ただ単にネイドの甘えん坊な性格が影響し、魔力を常に枯渇しているように感じるという、一種の病気のようなものだと、アリアがそうクロエに説明をしてくれたのである。
相変わらずコロコロとその時々で器用に人格を変えるネイド。前はネイドしか認めない、そう思っていたクロエではあったが、彼の身に起こった事を知り、クロエの中でイリスという人格も認めつつある、今日この頃。甘える子どものようなネイドは可愛いがイリスは変わらず(身体接触的に)危険人物だと思い、クロエの警戒は継続中。「きのこであってもNOよ!!」の精神を貫いているのであった。
(何だかんだ言ってネイドだって頑張ってる。私も魔王にならない。聞き流す、頑張る)
クロエはそう自分に言い聞かせ、先程聞こえてしまったレオノーラの言葉「まぁ、ルーク様がお誘い」云々の下りを忘れようと自分の唇を優しく指で触れた。
「これが欲しいのか?」
ルカがいきなりクロエにブロッコリーが乗せられたフォークを差し出した。
「え?別に欲しくないけど。って言うか、ルカブロッコリー嫌いだっけ?」
「え、好きだけど」
(じゃ、何で私に差し出したのよ!)
全く意味がわからないとクロエが自分の皿に乗ったブロッコリーをフォークに乗せようとすると、今度はシンシアから声がかかる。
「最近クロエって唇に指をあてて物欲しそうにしてる事が多いよね?」
「えっ?そ、そうかな?」
(やだ、まさか物欲しそうにみられてたなんて!!)
確かに最近のクロエは唇に指をあてるのが癖になっていた。
それは「俺の心はここに置いて行く」そう言って優しくキスをしていくれたルークの言葉を信じ、レオニーナに嫉妬しそうになる心を抑えるためのおまじないのようなものだからだ。
(けど、物欲しそうはいけないわ。私は偉大なる北の魔女……ぐぬぬ)
クロエはつい唇に向かってしまう自分の指に力を入れ、必死に「物欲しそうに見える」らしい行為を阻止した。
「まぁ、ルーク様、私にこんな素敵なネックレスを下さるなんて!!」
クロエが何とか耐え抜いた次の瞬間、またもやレオニーナの甲高いわざとらしい声がクロエの耳に入る。
「是非私がエスコートするパーティで君に身に着けてもらいたくて。迷惑じゃなかったら是非」
「まぁ、ルーク様の瞳の色と同じ色。とっても素敵なブルーですわ」
(な、なんですと!!)
流石にこればかりは見過ごせないとクロエは思わずカフェテリアの中央に位置するルークとレオニーナの座るテーブルに顔を向ける。
すると丁度レオニーナはルークが渡したらしい、ブルーの宝石のついたネックレスを周囲に見せびらかしている所だった。そしてクロエの視線に気付いたレオニーナは、勝ち誇った視線をクロエに向けた。確実にこちらに顔を向けたのである。そしてこれみよがしにクロエを馬鹿にしたように口角をあげて微笑むと、次の瞬間とんでもない事をレオニーナが口にしたのである。




