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8-13 理性に満ちたルーク様、終了のお知らせ

(触れたい。私もフルドの事で悲しむルーク様の頭を撫でるくらい、してもいい。いや、むしろ喜んで私がしたい)


 まさか自分がこんな真面目な話をしている時にそんな気持ちになるとは思わなかったクロエは驚いた。けれど先程自分に向かって伸ばされ、そして躊躇うように引っ込んだルークの手のひら、あれもまた今のクロエと同じ「落ち込む彼女を励ましたい」そんな優しい気持ちの成れの果てなのではないか?とクロエは都合のいい解釈をした。


(そうよ、ルーク様は紳士なんだから、私がゴーサインを出さないと触れてくれないんだし)


 だったら自分から許可を先に出すのが、悩める恋人への優しさ。そして結局は自分の「私も触れたい」という人には言いずらい願望を叶える近道なのでは?とクロエはぴかーんと閃いたのである。


「ルーク様、私達はこ、恋人同士なのだから、べ、別にいちいち、え、遠慮しなくて撫でてくれていいよ?」


 真っ赤になりながら、クロエは多少邪な気持ちを含んだ気持ちをルークに素直に伝えた。


「えっ、わ、わかった。お、俺たちはこ、恋人同士だしな。確かに君がいいと言うのならば、遠慮する事はないか……わかった。次から本能の赴くままに、頑張ってみる」


 ルークはそう言うと、恥ずかしそうにプイクロエから顔を背けた。そして照れたように前髪をいじりながら「そうか、本能の赴くままにも大事か。俺はまだ若い。勢いも大事。それにきのこの件もあるしな」とブツブツ言いだしてしまった。


(え、ほ、本能の赴くままには……どうなんでしょう?騎士道精神、紳士なルーク様。そして理性を保つ、立派な王子様。それが私の知る、大好きなルーク様だよね?)


 クロエが想像していたよりずっと許容範囲を超えた解釈をしていそうなルークに、クロエは一抹の不安を覚えた。そして薄目でルークの本心を探ろうと彼のラクダのように長い睫毛をジッと見つめる。


 そんなクロエに気付いたのか、今度はルークが慌てて口を開く。


「と、とにかく、母なる魔石のかけらの存在はジャンバッティスタ陛下が悪事を働いた証拠になる。そしてその魔石はジャンバッティスタ陛下が嵌めている指輪とレオニーナのネックレス。その二つだと言う事も兄上の耳には入っていた。だからそれを大陸交流会の間に奴らから取り上げると決まったんだ」


(ほほう、なるほどね。ということは――)


「私とルーク様がお別れパーティまでにレオニーナのネックレスを奪うってことね!!」


 今までモヤモヤとしていたネイドの当て逃げのような事故の事。その事でルークを悩ませて、悲しませてしまった事。何だかルークが本能の赴くままになどと言い出した事、それらを帳消し、とはいかずとも、新たな目標の出現により、クロエは俄然、張り切った声を出した。


(だってやっぱり、レオニーナ様のネックレスはおかしいと思ったもん)


 クロエはレオニーナがネックレスを握った時に感じた部屋に漂う魔力の乱れを思い出す。あの時自分は魔力にあてられて、一瞬具合が悪くなった。と同時にバルバ王国で監禁された時に感じた媚薬の甘い匂いも感じていた。それらの事を踏まえ、あれは絶対に見過ごす事は出来ないとクロエは強く思った。


 何故なら母なる魔石を管理すること、人の手に渡らせないようにすること。それが魔女の使命の一つだとクロエは既に知ったからだ。だからもし、レオニーナのネックレスが現在人の手に流出していると考えられる母なる魔石のかけらの一部なのであれば、魔女である自分があるべき場所に戻す。それは私の仕事だと、クロエはやる気に満ち溢れたのである。


「そういう事だ。ジャンバッティスタ陛下の方は悔しいけど、大人達に任せる事になりそうだけど」


 ルークは悔しそうな顔でそうクロエに付け加えた。


「そっちはきっとお母様やラウロ様達がいるから大丈夫だと思う」


 クロエだって、ジャンバッティスタを自分の手で成敗できないのは悔しい。けれど失敗は許されない作戦だからこそ、適材適所に振り分けられるのである。だから現在の自分の力ではレオニーナを相手するのが正しいのだとクロエは自分に言い聞かせた。


「で、ルーク様、作戦は?どうやってレオニーナ嬢からネックレスを奪うの?」


「それなんだけど、兄上が考えた作戦は、状況だけ見たら、とても理に叶って凄くいいと思うし、それしかない。そう俺も思うんだけど……」


 何故か口籠もりはっきりとクロエに告げないルーク。


(もしかして、私の事を危険に晒すとか思って言いづらいとか?)


 それならば心配はいらないときちんと伝えなければとクロエは思った。


(こんな時も便利なあの言葉ね!)


「ルーク様がもし私の心配をしているなら大丈夫よ。だって私は偉大なる北の魔女の正統なる血筋の後継者、クロエ・ノアドラなのよ?」


「あ、うん。それは知ってる。けど、大丈夫と言われると、それはそれで複雑な気分でもあるわけで……」


(あれ?何か私の想像していた反応と違うんだけど)


 一体何をそんなに躊躇う事があるのかクロエにはさっぱりわからなかった。


「ちょっとルーク様、怒らないからはっきり言って」


 どうにも歯切れの悪いルークにクロエはつい強い口調になってしまった。


「あー、だからもう!!レオニーナに俺が好きって思わせる作戦なんだよ!!」


「は?」


 ルークの口から放たれた言葉はクロエの思考を完全に停止させた。ポカンと間抜けな顔をルークに晒すクロエ。


「だから、彼女が俺を慕ってくれているのは知ってるだろ?それを逆手に取って俺が彼女に絆されたフリをして、油断させた所でネックレスを奪う……という作戦で……も、勿論発案者は俺じゃないからな!!」


(ちょっと待って、それってルーク様がレオニーナ様に色仕掛けをするってこと?)


 色仕掛けするってこと?とクロエは心で二度復唱する。


「だめだよ、そんなの。みんなが許しても私が許さない。絶対だめ」


「そりゃ、人の気持ちを利用するってのはあまり良くないとは俺も思うけど」


「そんなのどうだっていいよ、本当は良くないけど、レオニーナ様相手ならどうだっていい。だって彼女は散々人の気持ちをなじった酷い人だもん。私が嫌なの!だってルーク様は私がすきでしょ?」


「そ、それはそうに決まってる」


 クロエの突然の告白にルークは焦った様子で、しかしきちんと自分の気持ちを口にした。


「私だってルーク様が好き。だからそんなの嫌。嘘でもレオニーナ様に恋人みたいなことするなんて嫌だよ」


(ネイドの為に復讐したいけど、だけどそんなのいや。自分は当て逃げされたけれど、でも嫌)


 冷静になれと自分では思うのに、クロエの心は止まらない。クロエだって売られた喧嘩を買ってしまい、そのせいでルークを巻き込んだ。ネイドの事だって自分が悪い。そう思うのに、我儘が口から飛び出し、いやだ、いやだと感情が高ぶってしまうのだ。


「クロエ嬢、落ち着いて。俺は君が好きだ。だから俺の心はここにちゃんと置いていく」


 ルークがそう言って、クロエの顔に自分の顔を近づけた。


(え、何?というか睫毛長っ!!ラクダ!!)


 クロエがびっくりして目を見開きつつ、ルークの睫毛に気を取られていると、唇に温かくて柔らかい感触を感じた。


(あ、私いま、ルーク様とキスしてる?というか、これがキス……)


 現在クロエの唇にちょこんと触れるそれは、ネイドにされたものと同じとは思えなかった。まず唇から伝わる優しさでクロエの心の幸せメーターがグググと上昇した。そしてその気持ちが爆発しそうになって、まるで御伽噺に登場する、天を駆けるペガサスに騎乗しそのまま空へひたすら昇っていくような、嬉しくてはしゃぎたくなるような、そんな幸せな気分になったのである。


(ネイドとのあれは全然キスじゃなかった!!)


 クロエがそう認識した瞬間、ルークの温もりで溢れた優しい唇がクロエの元から離れて行ってしまった。そしてルークがコホンコホンとわざとらしい咳をすると、クロエから離れた。


「まぁ、本能に忠実になってみたわけですけど」


「お、おう……」


 ルークの顔がいつもよりずっと素敵に見える。そう思ったクロエは真っ赤になって、恥ずかしくなって、ついこの甘い雰囲気を壊すような言葉を発し、ルークから顔を背けてしまう。


「よかった。怒ってない……よな?」


 ルークもまた、顔を赤く染めこの場に流れる甘い空気を誤魔化すように、ポリポリと鼻を掻いて横を向いた。


「怒ってない。レオニーナ様の件は全然やだし、納得してないけど、だけど私は偉大なる北の魔女の正当なる血筋の後継者、クロエ・ノアドラだから、その名にかけてルーク様を信じる事にする」


 クロエは自分に言い聞かせるようにそう言うと、自分の唇にそっと指で触れたのであった。

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