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8-2 母なる魔石のかけら

 その夜、ネイドに添い寝を押し切られたクロエは隣でピタリと自分に張り付くネイドから何とか身を剥がし、スヤスヤと寝息を立てているのを確認した。そしてネイドの傍にちょこんと座り込み、そっとネイドの手を握る。


(起きるな、絶対に起きるな)


 背中に冷や汗が湧き出るのを感じながら、クロエはそう念じた。それから握った手の先に少しづつ、絶対に気づかれない速度でゆっくりとネイドに魔法をかけ始める。


(大丈夫、ネイドは使い魔。私の記憶が正しければ、この魔法は人にかけてはならない。魔女の掟にはそう書いてあったはず。それって言い返せば、人間以外にはかけてもいいって事よね……たぶん)


 緊張でジワリと汗ばむ手をネイドに重ね、そう無理矢理自分に言い聞かせるクロエ。


 現在クロエがネイドにかけているのは告白の魔法と呼ばれる魔女にだけ伝わる秘密の魔法である。その魔法は対象者の意識を催眠状態にし、知られたくない秘密を無理矢理語らせる事を可能にする恐ろしい魔法なのである。


 勿論、告白の魔法をかけたからと言って、全ての人が口を開くわけではない。対象者の精神力が強ければより多くの魔力を使う上に完全に催眠状態にする為には相当時間もかかる。


 逆に普段から「ここだけの話ね」とついうっかり口を漏らす人は、少量の魔力であっけなく術にかかり、こちらの思惑通りペラペラと軽快に口を開く。そうアリスのように。


 この魔法についてクロエはアリアからむやみやたらに使っていい魔法ではないと教えられている。つまり魔女の中では比較的、禁忌魔法にカテゴライズされがちな魔法の一つだと言える。


 それをクロエは現在こっそりと、何となく罪悪感を抱えながらネイドに使っているのだ。


(本当はこんな手使いたくないけど、でもネイドの行動は規格外すぎるのよ。だから私も奥の手を使わざるを得ない、許せネイド)


 クロエがさり気なくネイドに触れる手は先程よりずっとジワリと緊張で汗んできている。


「ん……」


 クロエの隣で熟睡していたと思われるネイドが掠れた声をあげた。


(うわ、まさか起きた??)


 普段は実に扱いにくい使い魔ではあるが、すやすやと可愛らしい寝顔を無防備にクロエに晒していたきのこ――もといネイド。


 そんな彼は少しだけ苦しそうな顔で身じろぎをしはじめた。それから今まで脱力し寝転んでいたベッドから気だるそうに上半身を起こす。そしてぼんやりとした虚ろな瞳で宙を見つめその動きを止めた。


(やった!成功した?って気を緩めたら負けよ、私)


 はやる心を抑え、クロエは魔法発動の言葉を慎重に頭の中で思い出す。


 この魔法は少しばかり特殊で、先に対象者の体に告白の魔法をかけ、それから決められた言葉を一語一句間違わずに対象者に告げる事でようやく発動する魔法なのだ。


 クロエは緊張した面持ちで、ゴクリと唾を飲み込んだ。そして言い聞かせるようにゆっくりと決められた言葉を口にする。


「闇に彷徨う者よ。汝は偉大なる魔女を前に、嘘をついてはならぬ。沈黙もならぬ。誤魔化しもならぬ。偉大なる魔女には正直に答える事のみ許される。それが汝が闇から救われる鍵となる。デ・ベゼーリム・アプーリオ」


 クロエは人差し指の先端に青白い炎を召喚する。チロチロと燃え、とても熱そうに見える炎である。しかし実際のところ、むしろ冷え冷えとして寒いくらいだ。


 クロエは召喚したその炎をネイドの目の前で左右にゆっくりと動かす。するとネイドはその青白く光る炎を確実に目で追っていた。


「あなたの名前は?」


「僕の名前は、ネイド。だけど僕をイリスと呼ぶ人もいる」


 そう答えるネイドのぼんやりとした琥珀色の瞳を見て、クロエはふっと炎に息を吹きかける。すると青白い炎はクロエの手を離れ宙を浮いた。そして宙を見つめるネイドの顔の前で止まる。


(さぁ、ネイド。あの炎が消えるまでにあなたの抱える闇を暴いてみせるわ!ってえっ、イリス?え、イリス!?!?!?)


 クロエは思わぬ所でその名前が飛び出し、目を丸くさせ驚いた。そして自分の魔法の成功を確信すると共に、一連の事件に纏わる全てを「フハハハ、頭脳明晰、ワンダフルでデンジャラスな名探偵クロエ様にかかれば、今日中に解決よ!!謎は全て私に向かって口を開いているのであるッ!!」と密かに意気込んだのであった。


(っと遊んでる場合じゃないや)


 クロエは虚ろな目をするネイドを緊張した表情で見つめる。そして口元をギュッと閉じた。何故ならここから先、クロエの発する全ての言葉にネイドは反応するからだ。


 クロエの手から離れ、ネイドがぼんやりと見つめる宙に浮く青い炎。ゆらゆらと青白く光るその炎はクロエが一つネイドに質問する度にその形を小さくしていく。そしてその炎がこの場から消えてなくなると、ネイドにかけられた告白の魔法が解けてしまうという仕組み。


 つまりタイムリミットは炎と共に。


 クロエは揺らぐ炎をジッと見つめるネイドに、はやる気持ちを抑え、ゆっくりと言葉を選び口を開いた。


「あなたの名前はイリス、それは巷で噂されている片目のイリスで間違いない?」


「うん、そう。イリスは僕だ」


 クロエは再度確認するように発した自身の言葉に対するネイドの返答を耳にし頷いた。


(ネイドは絶賛指名手配中の片目のイリスで間違いない)


 そう確信をしたからだ。


 告白の魔法は嘘をつけない。しかしだとすると、大きな疑問がクロエの頭に新たに浮上した。


(確かルーク様の話だと、フルドは騙されてリートフェルト王国に反旗を翻したって感じだったけど)


 クロエが媚薬にすっかり惑わされている間、ルークはバルバ王国内、クロエ達が監禁されていた屋敷において、フルドに会ったと言っていた。それはつまり、ネイドがフルドを利用しようとしていた事を意味する。


(使い魔、つまり元々は魔物だったネイドが、なんでリートフェルト王国の王族を執拗に狙ったのか、それが全くわからないんだけど)


 魔物の王国を作りたいのか、それとも誰かにそそのかされたのかーーとそこでクロエはふと、頭に浮かんだ言葉を小さく呟いた。


「そもそもネイドの前の主は誰だったの?」


「僕の前の主はジャンバッティスタ・エセルフスキ様」


(ジャンバッテンスキー?ジャンバッテラスキー?と、とにかく長いわね!!)


 クロエは心でそう悪態をついた。そしてその難解な名の後に続き、ネイドからたった今飛び出した聞きなれた言葉を理解し、その場で冷凍保存されたようにピタリと固まる。


(エセルフスキって、エセルフスキ王国の事?だとすると、バッテラスキーは王様ってこと??)


 クロエは慌ててポケットを探る。そしてしまったと顔をしかめる。


『この端末から得られるのは無駄な情報。だからクロエには必要ないよ。僕だけを見て』


 クロエは制服から用意された寝間着に強制的に着替えさせられている間に、マジカルフォンを艶かしい笑みを浮かべるネイドに奪われてしまったのであった。


(エセルフスキといえばレオニーナ様って感じだったから、国王の名前なんてわかんない。国王陛下の名前をネイドに聞いたら、炎がまた小さくなっちゃうし……)


 そう思ったクロエは青白い炎に視線を送る。先程クロエが指の先から出した魔力の塊である炎は、最初にこの場に飛び出した時よりも確実にその姿を小さくしている。


(この調子でいくとあと五回くらいしか質問できなそう)


 クロエはそうあたりをつけ、エセルフスキの現在の国王の名を問うことはきっぱりと諦めた。


 限られた回数しか聞けないのだ。だから確実に重要な情報をネイドから聞き出し、それをクロエは自分で組みたて予測するしかないのである。


「前の主は、何でえーと、イリ……ネイドと使い魔の契約が出来たの?」


 クロエはイリスとネイドの新たに判明した名前を口にしかけてやめた。クロエにとって目の前の闇に溶け込むような黒い髪色をした青年は、自分の知る限りやはりネイドだと思ったのだ。


「ジャンバッティスタ・エセルフスキ様は母なる魔石のかけらを持ってるから、それで契約をされた」


「母なる魔石のかけら?」


「母なる魔石のかけらは昔、バルバ王国で偶然発見された魔石の原石のほんの一部のこと。その原石のおかげでこの世界に魔力が満ち溢れていて魔法が使えるし、同時に魔物を生み出してもいる。色々な所に落ちてるけど、人間はそれに気付けない。けど、たまに何かのはずみで世に出てしまう母なる魔石のかけらがある。そんな母なる魔石のかけらを見つけた魔女がバルバ王国のロルフ・バザロフに渡した。それからずっと、色々人の手を渡り、今はジャンバッティスタ・エセルフスキ様がそれを持っている」


 クロエはなるほどと心で頷き、しばし頭を整理させるため、その場で腕を組んだ。そしてまた一回り小さくなった青い炎を真顔で見つめる。


(母なる魔石のかけらなんて初めて聞いたけど、確かにもしそんなものがあるなら、この世の中に溢れる不思議な現象に答えが出せる気がする)


 例えば演習の時にまるでルークとクロエを狙い撃ちにしているように襲ってきたナーム。あれも誰かに故意に使い魔にされていた魔物だとしたら納得が出来る。なんせナームの目は魔力浴びて赤い。その上気が狂ったような量のナームがクロエ達に押しかけていたのだ。


(あんな数に襲われたら自分の事でいっぱい、いっぱいで使い魔かどうかなんて疑いもしなかったわ)


 クロエはギュッと唇を噛んだ。何となくしてやられた。そう悔しかったからだ。


 それに、不思議な事と言えばバルバの英雄、ロルフだ。魔法使いでもない彼が英雄扱いされるくらい強かったのは、その魔石で使い魔を従属させていたからと考えられる。その後何かのはずみでその魔石を失い、バルバ国内で新たに手にした者が母なる魔石のかけらで魔物を従属させ、国の復興に利用した。


 そして、その魔石は現在エセルフスキの国王が手にしている。


(確かに、レオニーナ様が私がルーク様を諦めないのならば、リートフェルト王国ごと滅ぼすなんて恐ろしい事を言ってたけど)


 あれだって、背後に魔物を操る強い父親がいるからあんな強きになれるのかも知れないとクロエは納得した顔になる。


(そうだ、レオニーナ様のネックレス!!)


 あれだって、なんだか怪しかった。レオニーナが触れた途端、部屋の中の魔力量が増えた。お陰で辛い魔力酔いになりかけたのではないか?そうクロエは自身に起こった事を推理した。


(あとは、フルドを利用し、ネイドをルーク様に仕向けた理由なんだよね……)


「もしかして、ジャンバッテラスキーはリートフェルト王国の領土を狙っているとか?」


「ジャンバッテラスキーなんて知らないからそれはわからない」


(うわ、炎がまた小さくなっちゃった!!)


 クロエは慌てて口元を両手で覆う。今までの炎の減り具合から推測すると残された質問回数はあと二回ぐらいだろう。


(よく考えて聞かなくちゃ)


 クロエはひたすら焦る気持ちに覆われる。


 エセルフスキの国王らしき人がリートフェルト王国関係者にネイドを近づけた理由をクロエはどうしてもネイドから聞き出したい。


(けど、国王の名前、ええと、ジャン…バッテラ…スキーってダメ、わからない。長すぎなのよ)


 先程の二の舞になるまいと、何とかエセルフスキ王の正しい名前を思い出そうとしたクロエだった。しかし、一度変な名前を記憶してしまったクロエにとって語呂の良い響きが頭の中を支配していて離れない。もうこれは正しい名前は無理だとクロエは潔く諦める。そして何とか名前がわからなくても情報を得る方法をひたすら考えた。


「なんでネイドの前の主はあなたにルーク様を襲わせたの?」


 これならば間違いないはずと、クロエは自信ありげな表情でネイドに質問をした。


「ジャンバッティスタ・エセルフスキ様はマリエッティ様が死んじゃって、弱気になってる。だから母なる魔石のかけらに魂を呑み込まれそうになって、常に死を恐れている。彼はただ、自分にとっての脅威をなくそうとしてるだけ」


(魔石が魂を呑み込む?)


 全くこの世界は不思議な事ばかりだとクロエは驚いて言葉が出ない。けれど、ルークの住むリートフェルトをそんな魔石に操られる者に奪われてたまるかとクロエはギュツと拳を握る。


(国王の抱える重圧なんてものは私にはわからない。だけどそんなの止めさせなきゃ)


 魔女であるクロエが大陸の外側で自由が許されているのは確実にクロエの住む大陸が平和だからだ。それに平和だからこそルークの事を好きという気持ちに純粋に向き合う事ができる。


(だからこの平和を守らなきゃ!)


 クロエは小さくなった炎を見つめ、そんな決意を込め胸の前で片手をギュツと握りしめた。そしてきっと次の質問が最後だとクロエは炎の減り具合からそう覚悟する。


「ネイド、その母なる魔石のかけらは一体誰がどう管理しているの?」


「それはね、クロエ……」


 ネイドの口から飛び出したその保管方法を知ったクロエは、直ぐに行動を起こす事に決めた。と同時に、今まで青白くネイドの顔を照らしていた青い炎がフッとその場から消える。


「あれ?、僕……まさか君は僕に魔法をかけたの?」


 ぼんやりとしていた琥珀色の瞳の色が赤味を帯び、怪訝な顔をクロエに向けるネイド。


「善は急げって言うしね、行くよ、ネイド!!」


 クロエは自分の体に流れる魔力を感じ取り、内側からその魔力を自身の患部に流し込む。ネイドに受けた傷を自身で治癒しているのだ。


「ふふ、健康第一、化け物上等!!みてなさい、レオニーナ様!!」


「あのさ、ちょっと状況が良く分かんないんだけど。色々根掘り葉掘り聞かれた気もするし。そもそもなんでこんな夜中に君はそんなハイテンションなの?」


 ネイドが嫌そうな顔をしているのを眺めながらクロエはベットから飛び降りる。それからベットの脇に畳んでおいた自分の制服をガシッと掴む。


 そして再度、ネイドに向かって振り返る。


「いいから、いいから」


 クロエは弧を描くように口元を緩ませ、ネイドの手を有無を言わせず強引に掴む。そして右手に召喚した杖で即座に瞬間転移魔法のポータルを開く。


「えっ」


 クロエが取る一連の行動を見て、警戒しながら自分の掴まれた腕を見つめるネイド。彼がこの状況を把握する前に。そう思ったクロエは急いでポータルの中にネイドごと飛び込んだ。


「うわ、って全く君は強引だなぁ……」


 クロエに手を引かれ強引にポータルに身を投げる瞬間、クロエの耳に入るネイドの声は迷惑そうで、しかしとても楽しそうにも聞こえる声であった。

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