1-2 普通のけれど初めての友達
「銀色の髪に、紫の瞳。死神か?って事は、僕はとうとう死んだのだろうか?」
クロエが森で拾った少年の看病をし始めて丁度三日後。パチリと目を開けた少年は抜けるような空色の瞳でクロエを捕らえると、開口一番その言葉を発した。
「は?失礼ね。私は偉大なる北の魔女アリア・ノアドラの唯一の娘で正統なる血筋の後継者であるクロエ・ノアドラよ!」
ベッド脇に用意した椅子から立ち上がるとクロエは腰に手をあてフフンと鼻息荒く、自慢げにそう自己紹介をした。
「偉大なる北の魔女アリア・ノアドラ様の娘?魔女ってこと?え、君が?」
顔に「?」を浮かべ、しかし疑わしそうな視線をクロエに向ける少年。
「あなた私を疑っているわけ?いいわ、特別に見せてあげる。本物の魔女の力をねッ!」
クロエはそういうと、右手に素早く杖を召喚した。
こげ茶色をしたクロエの杖はライラックの枝から出来ている。葉っぱがハート形になったり、甘い香りを放つ房咲きの小花を咲かせるライラック。
そんなライラックの杖を持つ人間に込められた意味は「誇り」と「美」。何て素敵なんだろうと、クロエは自分の杖に、それこそ誇りを持っている。
因みにこの世界で魔法に関わる職につく人間は、それぞれ杖をその手に魔力を込め召喚する事から魔法人生をスタートさせる。つまり杖が人を選ぶのであって、人が杖を選ぶ事は出来ないのである。
「うわ、杖が出てきた!!」
クロエは目の前の少年が驚いた声あげるのを満足そうな顔で確認する。そしてその場でくるくると宙に円を描いた。するとその杖を追いかけるように、色とりどり、様々な花びらが少年の横たわるベッドに舞い散っていく。
「すごいや!」
布団から手を伸ばし舞い散る花びらを掴む少年。
大昔の魔女達が外の世界と距離を置きはじめてから現在まで。クロエのような魔女達は人知れず静かな森の奥でひっそりと生活をしている。
(魔法が珍しいのかな?こんなに簡単なので喜ぶなんて)
クロエは自分の魔法に瞳を輝かせる少年に、少しだけ優越感を感じた。
この世界では杖をその手に召喚出来た者は魔法を習う事で魔法陣を作り魔法を発動させる魔術師になれるらしい。しかし魔力に愛され、杖に選ばれ、息をするように無詠唱で魔法を繰り出す魔女に魔術師は到底敵わない。クロエはアリアからそう教わっている。
だからきっと目の前の少年は、魔女を見るのも初めてだろうし、更に言えば、無詠唱で魔法を繰り出すのなんて見たことがないのだろうとクロエは想像した。
(だから、まさか魔女?って私を疑ったのかも)
クロエはそう納得し、少年の無礼な態度を許そうと思った。
「まぁ、ゆるし――」
「まさか、それ手品なの?」
自分が魔女である事を疑った件について「仕方ない」と許す言葉をかけようと思ったクロエ。しかしその矢先に少年の口から飛び出した「手品」という言葉。それを耳にしたクロエは思い切りムッとした不機嫌な顔を少年に向ける。
「全くあなたってば失礼すぎる。これは正真正銘魔法なんだけど。手品じゃないわけ。いい?私は偉大なる北の魔女アリア・ノアドラの唯一の娘であり正当なる血筋の後継者、魔女の(まだ見習いだけど)クロエなのッ!」
「あ、ごめん。僕は……僕の名前はルーク……だ」
クロエの怒りの籠った言い方に圧倒された様子の少年は自らをルークとついうっかり漏らしたという感じで名乗った。
しかし何だかそれ以上は言いたくない。問われたくない。そんな雰囲気でルークは口を閉ざしてしまった。その姿を目にしたクロエは「面倒だからルークでいいや」と素直に受け入れる事にしたのである。
それから死にかけたルークを自分が助けた事(本当は拾っただけ)をきちんとしつこく説明し、クロエはルークにしっかりと恩を売っておいたのであった。
さらについでと言った感じで、クロエの母であり、この森の、家の主であるアリアはしばらく家を空けている事を話した。
「えっ、じゃこの家には子どもしかいないってこと?食事は誰かが持ってきてくれるの?洋服はどうするのさ、それに勉強だって、剣の練習だって、大人がいないと何にも出来ないだろう?」
信じられないと驚いた様子で目を丸くするルーク。そんな彼に向かってクロエはくすくすと笑みをもらす。
「私はもう七歳の誕生日を迎えたもん。ある程度の生活魔法は使えるし、料理も一人でできるよ。勉強はこの家の書庫に沢山ある魔法の本を読めばいいし、剣の練習は今はしていないけど、魔法が使えるから今の所私には必要ないもん」
「自分でするんだ……」
「でも私には無理だなって思う事はお母様の使い魔のコンラッド婦人が色々手伝ってくれる。それに私の使い魔のルカっていう、えーと見た目はカラスみたいな子なんだけど、そのルカもいつも助けてくれるの」
「えっ、カラスが君を手伝う?魔女ってすごいな」
ルークがクロエに向ける視線に「尊敬の眼差し」といったものを感じ、クロエは内心「凄いでしょ?」といい気分になって胸を張る。
「ところで、ルークは今何歳?」
「八歳。君より一つ上だと思う。だけど僕は君のように色々出来ないや」
恥ずかしそうにそう言うと、プイと横を向いてしまうルーク。でもそれは仕方ないと思ったクロエはルークを励ますように声をかける。
「そんなの気にする事ないよ。だってルークは魔女じゃないもん。魔女は魔法が使えるから出来る事は自分でやらなきゃだけど、ルークは普通の子どもなんだから、今は出来なくていいと思うよ?」
「そうか、確かに僕は魔女にはなれないけど……でもなんか君と比べると、恥ずかしい気もする」
ルークはしょんぼりとした顔で俯いてしまった。
「それよりさ、私達が子ども同士って事の方が大事じゃない?ねぇ、ルーク、今から私のお友達になってくれない?」
クロエは落ち込むルークを既に気にせず、新しく思いついた「いいこと」を迷わず口にする。
「えっ、友達?」
「うん。私は今までこの森から出た事がないから普通のお友達があんまりいないの。あ、でも従姉とか、魔女の幼馴染とか友達はいるよ?私が今言ってるのは、普通の、お友達ってこと」
クロエは最後「友達がいる」と慌てて付け足した。何となく友達が一人もいないと思われるのは、咄嗟に恰好悪いと思ったからだ。
「僕も友達は限られた人ばかりだから、確かにあまり、いない。だから君が友達になってくれるなら嬉しいと思う」
「やった!じゃ、私達今日からお友達ね!」
「そうなるね」
クロエが握手を求めルークに手を伸ばす。するとルークも恥ずかしそうに掛け布団から片手を出した。その手を強引にクロエが掴む。
「よろしくね、ルーク」
「よろしく、魔女さん」
「クロエでいいよ」
魔女見習い、という部分を省いて自己紹介をしたクロエは魔女さんとルークに呼ばれる事に抵抗があった。
(それにお友達なんだから、やっぱり名前で呼んで欲しいよね)
「わかった、クロエって呼ばせてもらう」
「うん」
こうしてクロエには数少ない普通の、けれど初めての友達が出来たのであった。