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2-9 ナーム襲来

 七日間の予定で組まれている校外演習も折り返しを過ぎ残す所あと三日となった日の朝。


「とうとう私、ナームの夢みたんですけど」


 クロエは不貞腐れたような声を出し眠そうな目を擦った。それから軍から配給される本日分のレーションを受け取った。


「俺もみた」


 クロエの後ろに並び、目の下に隈を作ったルークも差し出されたレーションを兵から受け取りため息をついた。


 クロエやルークが手にしたコンバット・レーションと呼ばれるそれは、演習の合間に食べられる食料が薄茶色の麻袋に詰め込まれているものだ。


 中には屋外で食べやすいように配慮されたパンやクラッカーにジャム、肉の塩漬けや野菜のトマト煮など、普段馴染みある食べ物が魔法で防腐された缶詰に入っている。


「ルーク様もナームの夢を見ちゃったんだ……」


「最悪な目覚めだった。今日はもっと奥の狩場に行かないか?」


「賛成」


 ルークの提案に全力で頷くクロエ。


 それもそのはず、演習前半の四日間、クロエとルークはほとんどナームを、むしろナームしか狩っていたのである。


「私達の所にはそんなにナームがいないけど。ほんと、不思議ね」


 プリシラがレーションの中身を覗き込みながらクロエ達に声をかける。


「もしや、クロエはナームの呪いでもかけられているんじゃね?」


 ルカは支給されたレーションを手際良く、見た目より多くの物が入るように魔法がかけられたウエストポーチにしまった。


 本来魔女が契約する使い魔はこの世に存在する者に擬態化してはいるものの、本質的には魔物だと言われている。そして彼らの糧は主の魔力であり、通常人間が口にする食料は必要としない。


 それでもルカのように、主と同じような物を好んで食す使い魔は多い。


 というのもかつて、魔女と結んだ過酷な労働条件に「使い魔にも人権を!自由を!」と声をあげた使い魔労働組合が全国魔女協会に労働環境の改善を訴えた結果、最近では昔のように絶対的な主従関係で成り立つというよりはギブ&テイクの関係、といったように様変わりしているのだ。


 その結果、主人である魔女と食卓を取り囲む事も多くなり、使い魔たちは自然と舌が肥えていったのである。


 ルカもそんな一人だ。というかむしろ食いしん坊な使い魔だとクロエは思っている。


「やめて、ナームの呪いだなんて縁起でもないし。もう一生分のナームをここ数日で見た気がするからお腹いっぱい。だからお願いします。今日はもうナームと出会いませんように」


 クロエが芝居じみた態度で大袈裟に両手を組み空を見上げた。


 こうして演習五日目の一日が始まったのである。


 ☆


「これじゃ、倒してもキリがないよ!」


 魔法で出したツタを木の枝に絡みつけ、宙を舞うように軽やかに森の奥に進すクロエ。彼女はいつになく真剣な表情で次から次へと襲ってくるナームの群れに氷魔法を打ち付けた。


「場所を変えたのになんでだろう?」


 ルークも森の中を抜けながら、四方八方から襲い掛かる無数のナームを右、左と全力で斬り倒して行く。


 本日クロエとルークは連日繰り広げられるナームの襲来に流石に嫌気がさし、赤ランクエリアの中でも最奥と思われる場所に向かっていた。しかし奥へ向かえば向かう程、自分たちに襲い掛かるナームの数が増えていったのだ。


(まるで私達をこの先に行かせないようにしているみたい)


 クロエはナームに杖の先からオレンジ色の弾丸を放つ。

 ナームの弱点は「火」であると言われている。しかしここは森の中、葉に火の粉が飛び散ると炎で森が延焼してしまう恐れがある。その為、森の中では火の魔法の使用が禁止されているのだ。


(だけど、この速度で湧いて来るんだもん。相性の悪い氷魔法でチマチマやっていたら間に合わない!)


 そう判断したクロエは小さく凝縮させた火炎の玉を的確にナームが大きく開けた口の中にある核に当てる。


(あ、ルーク!!)


 木の上から見下ろすクロエの視界に大きな口を開け、ルークに襲い掛かろうと背後に迫るナームが目に入った。


「ルーク様、後ろ!」


 クロエは木の上から地上に向け、くるりとその身を翻しながら火炎玉をナームに放つ。そしてそのままルークの背後に着地する。


「すまない」


 クロエの放った火炎玉に気付いたルークはクロエに礼をいいながら自身に正面から襲い掛かるナームを斬りつけた。


「ほんと、どうなってるの?」


「あぁ、この数は尋常じゃない、な」


 二人は背中を合わせたまま、それぞれ目の前で怯んでいたナームの核を破壊する。


「これじゃ、また夢に出て来ること確定って感じ」


 クロエは魔法で召喚したダガーをナームに向かって素早く投げる。怯んだナームが自分を奮い立たせるかのような甲高い声を上げ、緑色の体液をクロエに向かって口から飛ばしてきた。ネバネバとした液体がクロエの頬にクリーンヒットし、彼女の頬を濡らす。


「うわ、汚ッ!」


 クロエは軍服の袖でナームの体液を乱暴に拭き取る。そして自分に液体を飛ばして来たナームをアメジスト色をした瞳で睨みつける。


「休憩くらい、させろっていうのッ!」


 再度クロエは無数のダガーを召喚し、目の前のナームに一斉に投げつけた。クロエの攻撃を受けたナームは耳障りな声で断末魔をあげると、黒い靄となって彼女の前から消えた。


「珍しく君の意見に同意だ」


 ルークも目の前にいたナームに突き刺した剣を抜きながら涼しい顔をしてそうクロエに声をかけた。


「それにしても、流石にきつくなってきた」


「魔女でも弱音を吐くんだな」


「む、まだまだ大丈夫。いけるもん!」


「丁度いいな。ほら、新たな群れが現れたようだ」


 二人は立ち止まり肩で息をしながら、ルークの言う通りクロエたちを囲むようにあちらこちらから現れたナームの群れから攻撃を避けようと地面を踏む足に力を込め身構えた。


 その時、クロエとルークに迫っていたナームの大軍を横から斬りつける音がして、リートフェルト正規軍の迷彩服に身を包んだ青年達が森の中から一斉に現れた。


「ルーク殿下!私達も加勢します!」


 先頭を切ってこちらに向かってくるのは、赤い髪色をした青年、ルークの近衛騎士であるジルベルトだ。


「ジル!助かる!」


 ルークがそう言いながら、ナームの群れに自ら剣を振りかざした。


「わお、流石王子様の近衛、強い」


 加勢を得たルークはジルベルト達と共闘しあっと言う間に周囲のナームを蹴散らしていった。


 元々ナーム自体の戦闘力は高くはない。今回はその数が厄介なだけだった。クロエが味方全体に筋力強化魔法のバフをかけた事もあり、数分もしないうちに視界に入るナームをジルベルトとルークは殲滅したのだ。


「遅くなって申し訳ありません殿下。あ、クロエ様、ナームが!」


 ジルベルトが慌てた様子で警戒をするような声をあげる。

 ハッとしたクロエがジルベルトの視線の先を追うと群れからあぶれていた一体のナームが既にクロエの背後に迫っていた。


「うわ!」


 クロエは咄嗟に身を守ろうと、杖を持った手で顔を庇う。すると、クロエに迫っていたナームが突然発光し、ピンと体を上空に伸ばし断末魔をあげ絶命した。


「ま、まさかの自爆?」


 クロエが驚いた顔で黒い霧となって消えていくナームを見つめていると、見知った声が聞こえてきた。


「クロエ、どんだけナームに好かれてるんだ?」


「途中に落ちてた魔石、大体拾っておいたよーー」


 消えていくナームの黒い影の向こうに、杖を片手に得意げに腕を組んで立つルカと魔石の入った袋を嬉しそうに掲げるプリシラがいた。


「ルカ、プリシラ姉様!」


 クロエは二人の元に笑顔で走っていく。


「助かったよ、ありがとう。だけどどうしてここへ?」


「何か、赤ランクのエリアで異常事態って先生から連絡があって。すぐ野営地の本部に戻れって指示されたの。それでみんな順番に緊急用ポータルで強制テレポートさせてるって先生が言ってた」


「俺とプリシラはクロエ達と合流すると先生に断り、ポータルには入らずクロエの後を追ってここに来た」


「ルカがクロエの魔力の気配を追ってね。というか」


 使い魔って凄いね。主の居場所も分かっちゃうんだね。とプリシラはクロエにずっしりと入った魔石の袋を渡しながら小声でそう付け足した。


「そっか、魔石まで拾ってくれて、色々ありがとう。でも先生が出てくるなんて、一体何があったんだろう?」


 ルカとプリシラの説明を聞き、受け取った魔石の入った袋を腰につけた魔法のポーチにしまいながらクロエは考え込んだ。


(異常なほど増えたナームが先生の言う緊急事態と関係あるのかな?)


「君も聞いたと思うけど、僕達も一度戻った方が良さそうだ」


 ジルベルト達近衛や軍の兵士達から事情を聞いたと思われるルークがこの場からの撤退をクロエに促す。


「うん、よくわからないけど、取りあえず帰った方が良さそうだね。私、野営地までのポータルをすぐに開くね」


「頼む」


 クロエがルークの意見に同意し、目の前に即座に野営地まで瞬時に移動出来るポータルを開く。


「ルーク殿下達お先にどうぞ」


「君は?」


 クロエは笑顔で森の中の空間にぽっかりと空いた黒い穴に、ルークやジルベルト達に先に入るように促した。その言葉に驚いた声をあげるルーク。


(あールーク様は騎士科だもんね)


 誰だったか忘れたが、クロエはクラスメイトの女子生徒が口にしていた言葉を咄嗟に思い出す。


『騎士科の人は私達女性を守るべき者であると教わるからいつだって優しく手助けしてくれるの。ま、本当は初級クラスの騎士科の男子なんかに戦闘では負けない自信はあるけど、でもそういうの、たまには弱い子みたいに扱われるのって悪くないのよね』


 クロエの所属する魔法科上級クラスの女子生徒は魔法攻撃関連の実技授業において腕力に差がある男子を負かす事も多く、普段からあまり女性らしく扱われないのである。


(それが普通だと思っちゃったけど、そうよね騎士科……)


 つまり騎士であるルークは魔法科の男子生徒と違い「女性は弱者」その騎士科での教えから、自分が女性より先に危険なこの森を離れるという事にためらいを見せているようだとクロエは察した。


「この場では私しかポータルを開けないから。さ、どうぞルーク様」


 自分以外ポータルを開けないのだ。万が一の事を考え自分が最後まで残るのはこの状況では当たり前だとクロエは暗にルークに伝える。


「そうか。わかった。先に行かせてもらう、ごめん」


「気にしないでルーク様。ほら行った、行った」


「殿下、新たなナームが湧く前に参りましょう」


 ジルベルトに促され、ルークが最後にやはり気にかけるようにクロエの姿を確認しそれからポータルに足をかけた。


(ん、魔力がざわついてる)


 ルークがポータルにその身を投じようとしているまさにその瞬間、クロエは本能で感じ取る事の出来る魔力の流れに違和感を感じた。


 咄嗟にクロエは辺りの様子を伺おうと周囲を見渡す。すると突然クロエの開いたポータルと鏡合わせのような状態で、同じ様な黒い亀裂が空間に現れた。


「えっ?何これ?」


 突然現れた黒い亀裂の中を伺うように見つめるクロエ。


「一体誰がポータルを?ルカってことはないし、プリシラ姉様って、うわぁ!!」


 新たに出現した黒い亀裂の中を覗き込み、観察していたクロエに亀裂の中から男の腕らしきものがみょーんとクロエの方に伸びてきた。


「クロエ、まずい、早くポータルの中へ!」


 ルカが慌てた様子でクロエに手を伸ばす。しかしクロエの体はポータルから伸びた謎の男の手によって、引き込まれてしまう。


「まて!」


 ルカ同様すぐにクロエに起こった異変に気付いたルークがクロエの体を引っ張ろうと手を伸ばしクロエの腕を何とか掴んだ。


「殿下!」


 ジルベルト達がルークの腕を掴もうとクロエを掴んだルークに腕を伸ばす。


 しかしクロエとルークの体は、新たに開いたポータルに吸い込まれるように飲み込まれてしまう。そしてクロエとルークが飲み込まれたポータルがピタリと閉じ、その場に静寂が訪れる。


 と同時に、術者をなくした事でクロエが帰還の為に開いていたポータルも閉じられ跡形もなくその場から消え去ってしまった。


「くそっ!」


「クロエ」


「殿下!」


「直ぐに本部に連絡を!」


 森の中には残されたルカの苛ついた声、心配するようなプリシラの声、それからルークの近衛、ジルベルト達の緊迫した慌ただしい声が虚しく響いていたのであった。

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