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1-1 拾ってはいけないもの

初投稿になります。よろしくお願いします。

「うわぁ、なんて綺麗なの!!ねぇルカもそう思わない?」


 薄暗い森の中、草の上に横たわるソレを覗き込むクロエの興奮した声が辺りに響く。その声に森を住処とする鳥たちが驚いた様子でバサバサと羽音を立てながらクロエの周囲から飛び立っていった。


「確かに綺麗だとは思うが、それを持って帰るのは流石にやめといた方がいいと思うぜ」


「えー、ルカだってキラキラしたもの好きでしょ?お母様も好きだし、多分キラキラは持って帰っていいと思うよ?」


 ツンツンと手に持つ杖で草の上のソレをクロエは突いた。しかし特段変わった事は起きず、安全そうだと判断をする。


「よし、決めた!これは持って帰ることにする!」


 そう言って切り立った崖の下で偶然発見したソレに浮遊の魔法をかけようと、クロエは手に持った杖に慎重に魔力を流す。すると杖の先からキラキラとした細かい光がぷわーっと噴射され、あっという間にソレを包み込んだ。そしてソレはふわりと宙に浮かぶ。


「おいおい、絶対にやめといた方がいいと思うぜ。アリアに叱られる」


 ルカと呼ばれた一羽の赤い目をしたカラスがクロエの肩に乗ったまま、ため息混じりにそうこぼした。


「へいき、へいき」


 宙に浮いたソレを杖で器用に操りながらクロエは明るく答えた。


(危険なものはダメだし、魔物もダメだけど、これは多分へいきなやつ。だって持ち帰ってはダメって言われてないもん!)


 謎の自信を胸に、クロエは自分にも浮遊の魔法をかけ、それから拾ったソレを持ち上げようとして、意外に重たい事に気付いて顔を顰める。


「う、重たい」


「そりゃそうだろ。だってそれはにんげ――」


「もういい」


 ルカの言葉を遮り、クロエは葉で埋もれるジメジメとした土の上に一旦ソレを置いた。


「お、やめるのか?」


 ルカがクロエに期待の籠った声をかける。


「いいえ、自分に筋力増加、パワーアップの魔法をかけるのよ」


 クロエは「やめとけって」と呟くルカを無視し、自分の体に向け杖を振る。すると、見た目には何も変わらないが体の内面ではムクムクと力が湧いてくるのを感じた。


 クロエはニギニギと片手を結んで、開いてを繰り返し満足そうな笑みを浮かべる。そして「よいしょ」と掛け声をかけ、拾ったソレを背中に背負った。


「さ、家にかえろ?」


 トンと地面を蹴り、クロエはふわりふわりと宙に浮いた。そしてすこぶる上機嫌で森の中心にある、我が家へと向かったのである。


 ☆


「捨ててきない。今すぐに!」


「いや!!私が拾ったのものだもん!!」


「ソレは確実に拾っていいものではないでしょ?」


「だって綺麗だったんだもの。お母様も沢山キラキラした物を持ってるじゃない!!」


 アメジストのような澄んだ紫の瞳に涙を溜めながら「捨てないもん!」と居間のソファーに置かれたソレに縋り付くクロエ。


「綺麗だからって人間を……しかも森に捨て置かれるとか、そんなの厄介事を抱えてるとしか思えないわ。そういうのは拾って来てはいけないのよ、クロエ?あーもう頭が痛くなってきたわ。ガンガンする。見なかった事にして寝込みたい、今すぐに」


 そう言って、ソファーに腰をかけ頭を抱えているのは透けるようなプラチナブロンドの髪に青い瞳を持つ妖艶な若い女性。クロエの母であるアリア・ノアドラである。


「アリア、こうなった半分はあなたのせいよ?ちゃんとクロエに教育を受けさせないでいるから、幼い彼女は人間を拾ってはいけないって知らなかったのよ。可哀相なクロエ」


 灰色のフワフワとした毛並みを持つ猫が横たわる小さなソレ――すなわち人間の男の子の頬に自分の肉球をペタリとつけながらそう言った。


「人間をむやみやたらに拾ったら駄目って、まさか教わらないとわからないことなの?常識じゃないの?」


「そこはほら、魔女特有の感性が邪魔しているって感じかしらね?」


 そう呆れた声を出すアリア。そんなアリアに灰色の一見すると猫にしか見えないコンラッド婦人がケロリとした声でアリアに言い返した。


「所々擦り切れているけど、随分と仕立ての良い物を身に着けているわ。チェックのパンツに共布のベスト。まさに貴族の子息って感じだけれど……」


 アリアの使い魔であるコンラッド婦人がソファーに横たわる少年の体を観察しながら自身の推測を口にした。


「えっ、コンラッド婦人、コレはもう死んでいるの?」


 クロエは自分の持ち帰った綺麗なソレに目を向けているコンラッド婦人に、そう不安げな声をあげた。


「コレでなくて、この子ですわ。人間ですからね。それでええと、見た所かすり傷程度ね。意識はないけれど死んではいないようよ」


「じゃ、目が覚めたら私の使い魔になってくれるかな?」


 コンラッド婦人の言葉に途端に元気な声をあげるクロエ。


「えっ、まさかお前、コイツを使い魔にするつもりで持ち帰ったのか?」


 クロエの肩に乗った黒いカラスのルカがぎょろりと目を大きく見開き驚いた声を出した。


「一番は綺麗だから持ち帰ったの。使い魔にしたらって思い付きは、まぁ今そう思っただけ。でもなかなか悪くない閃きじゃない?」


「クロエ、生きている人間は使い魔にはできないのよ。というか、あなたには既にルカがいるじゃない。魔女見習いであるうちは使い魔として契約できるのは一体のみ。そう教えたでしょ?」


 得意げなクロエにアリアがそう諭すように言葉をかける。


「あー、そうだった。私にはルカがいたんだ」


「なんだよ、その言い方。ひでぇ」


 ルカはその黒くて太い嘴でクロエの頭を突いた。


「いたっ。ルカごめん、冗談だってば」


 クロエはルカのご機嫌を取ろうと、自分の肩に乗るルカに手を伸ばす。すると既に充分機嫌を損ねたらしいルカはバサバサと音を立て、天井の梁に向かって飛んでいってしまった。


「やっぱりクロエはちゃんとした学校に入れるべきなのかしらね。このまま森の奥に引き籠っていたら世間知らずなおかしな魔女になりそうだわ。ってあらいやだ。この子リートフェルト王国の王子じゃない!!」


 突然コンラッド婦人が驚いた声を出すと後ろにピョンと跳ねた。


「え、王子?だったらなおさら早く捨ててこなきゃ」


 アリアが向かい側のソファーに寝かされた少年に視線を向け、げんなりとした顔をする。


「だめよ、アリア。ここで死なせちゃったらそれこそ外交問題に発展するわ。むしろ助けて恩を売る方向で解決しましょう」


「だけどここは偉大なる北の魔女の森よ?そんな所にわざわざ捨て置かれたんだから、リートフェルト王国ではもうこの王子はいらないってことなんじゃないの?」


「そうね、もしくは、誰かがこの子を助けようとしてわざとこの森に捨て置いたか……」


 コンラッド婦人は少しだけ憐れむ眼差しを横たわる少年に向けた。


「あーどっちにしろ面倒ってことね。いい?クロエ。あなたがこの子を拾ってきちゃったんだから、あなたがしっかりと最後まで面倒を見なさいよ。私はちょっと出掛けてくるから!」


 怒ったようにそう言うと、アリアはその場で勢いよく立ち上がった。


「えっ、お母様はでかけるの?それにこの子の面倒ってどうしたら……」


 アリアに任せると言われ、急に不安になったクロエはオロオロとした顔でソファーに横たわる少年を見つめる。


「死なないように治癒魔法をかけてあげて。それから体を綺麗にして、食べ物をあげる。ま、そんな感じ。私はリートフェルト王国までちょっと様子を見に行ってくるから。ルカは借りるわね。その代わりコンラッド婦人、クロエをよろしく」


 口早に指示を出すアリア。全てを言い終わると「はぁぁぁ、折角ゴロゴロしようと思ったのに」と恨みがましい声を出しながら目を閉じたままソファーに横たわる少年を見つめた。その顔には少年を憐れむような感情も見て取れる。


「わかったわ。クロエの事は任せて頂戴。それと、くれぐれもリートフェルト王国では粗相のないようにね」


 コンラッド婦人がクロエの足元に近づきながらそうアリアにしっかりと言いつけた。


「善処する努力はするけど、保証はできないわ」


 そう言うや否や、アリアは玄関脇にかけられた黒いローブに袖を通しフードを目深に被る。その肩にバサバサと羽音を立てたルカがとまる。


「じゃ、行ってくる」


「お母様、行ってらっしゃい!」


 クロエは元気にアリアに見送りの言葉をかける。それに対しニコリと笑みをクロエに返したアリアは「いってきまーす」と何とも軽い口調で言い残し、その場から肩に乗せたルカごとパッと消えてしまった。


 それから数日間、アリアの言いつけ通りクロエは自分のベッドに寝かせた拾った少年の看病を不眠不休で頑張ったのであった。

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