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番外編 ゼルになる前の輝

ポッキーの日スペシャル!!!!ポッキーの日に特に思い入れはありません!

「……ただいま」


「おかえり……」


「…………」


「…………」



 ふぅ……約10年ぶりの再会だというのにこの人は相変わらずだな。昔から全然変わらない……このまるで他人の家のような実家の雰囲気も。



「部屋も変わらず……か。せっかく荷物片付けてるんだから別の用途で使えば良いのに」



 自分の部屋だった場所の隅に荷物を置き、マットが敷かれた床に座り込む。



「何か一言くらいあっても良いだろうに……いや、それは俺も一緒か……」



 昔、俺が子供の時からあの人は口数の多い人じゃなかった。朝早くから仕事に行き、帰ってくるのは日付が変わってから。一つ屋根の下に暮らす家族なのに、数ヶ月顔を見ないこともざらにあった。

 なのに叱る時だけは親の責務を果たそうとしていたのか、問い詰めるように声を荒らげる。



 本当に俺はそんな父親、そして家族が大嫌いだった。



(違うな……俺が幼いだけだ。俺だけが一方的に嫌ってるだけ。子供の時から全然成長出来てない)



 まだ俺が小学生の頃、中学生になった姉兄(きょうだい)達は深夜に家から抜け出し夜遊びをしていた。

 犯罪紛いの事など一切していたわけではなく、友達とただだべっていただけらしいが、それがきっかけで両親は喧嘩が増えた。



 ある時、喧嘩する両親の怒鳴り声で目が覚めた。



「あの子より上の姉兄達の方が大事!!」



 母親だった女の言葉を聞いた俺は子供ながらにショックを受け、次第に心が荒んでいった。



 数年すると一番上の姉が彼氏を作り家に帰ってこなくなり、不意に帰ってきたかと思えば子供が出来たと馬鹿みたいな事を言う。



 まだ小学生だった俺には事の重大さが理解出来なかったが、母親が壊れた事で荒んだ心はさらに沈み、どうでも良くなった。



 壊れた母親は度々誰もいないにも関わらず怒声をあげ、その矛先が俺に向くまでにそう時間はかからなかった。



 他の姉兄が大事だと言うだけあり、母親だった女は明らかに俺には対してだけ態度が違い、よく殴り合いに発展していた。



 両親が離婚したことがきっかけで、父親は単身赴任でさらに会う機会が減り、若くして嫁いだ姉はともかく、兄はさらに好き放題するようになった。



 "お前の物は俺の物"を地で行く腐った馬鹿兄だ。



 そんな家族だとは思えない奴らに俺はとにかく苛立った。そして全てに苛つくようになった。



 とにかく苛立った全てに噛みつき、数人にボコられ、一人一人やり返し、また袋叩きにされ…………

 学校に呼び出された父親からその後、怒鳴り散らされ、また苛立ちが募っていった。



 それでも苛立ちが治まらない俺は暴れ回り、今度は周囲から距離をおかれるようになった。

 俺の周りには常に一定の距離が空けられ、暴れることは無くなったが、代わりに口を開くことも無くなった。



 俺以外、誰もいない家から学校に行き、机に突っ伏して目を閉じ、また家に帰る。俺は自分の声を忘れてしまうくらい空っぽになっていった。

 そんな空っぽの心を埋めるように、旧型のゲーム機を引っ張り出し、空っぽのままゲームして幼少期を過ごしていた。



 そんな日常が繰り返す内、一人の転校生がやってきた。



 運が良いのか悪いのか、席は俺の隣だ。

 評判の悪い俺をクラスメイト共通の敵にでもして皆と馴染めれば良かったが、あろうことかその転校生はそれをしなかった。ばかりか俺を庇うような事も言っていたらしい。



 馴れ馴れしく話し掛けでもしてきたら、脅してやろうなどと思っていたがそれもなく、ただ隣の席にいるクラスメイトでしかなかった。



 ある時、その転校生が階段ギリギリで談笑していた。

素直に「危ないよ」と言うのが恥ずかしいやら、悔しいやらで、ぶつかったフリをして階段から距離を無理矢理離した。そして「邪魔……」などと悪態をついた俺に、その転校生はなんと「ありがとう」と言ったのだ。



 意味が分からなかった。なぜそこで「ありがとう」なんて言えるのか。



 それから俺はその転校生が気になり始めた。異性としてではなく人間としてだ。

 どう育てばあんな風になれるのだろう、異物である俺が怖くないのだろうか、色んな事が頭を巡るようになった。



 ゲームをしていても、この選択肢をあの転校生ならどう答えるだろうかなどと考え、次第に転校生を良く観察するようになった。



 思えば簡単な事だった。

 ただ思った事を素直に声と行動で表現しているだけ。そう出来るように転校生の親が、そして周りの環境が育てたのだ。



 それが分かった事で、俺は自分の間違いを間違いだと認識でき、考えを改めるようになっていった。そして色々な間違いに気付いていった。



 父親は相変わらず"父"という肩書きを持つ他人のような存在だったが、考えを理解できるようになった。



 何も言わないのではなく、言わないでいてくれた。

 口うるさく考えを押し付けられるより、自分で考えさせてくれた。

 しかし間違いは全力で正そうとしてくれた。



 そんな父親の考えは理解することが出来た。



 だが俺としてはもっと素直に愛情を注いで欲しかった。

 甘えさせてくれる父親であって欲しかった。



 それに気付いた瞬間、今までの自分がとても恥ずかしくなった。

 子供が癇癪をおこして喚き散らしているだけだと分かったのだ。



 成長するきっかけを与えてくれた転校生は名前や顔もすでに覚えてないが、あの「ありがとう」という言葉だけが俺の心深くに突き刺さり今でも残っている。



 それから俺は当たり障りない態度となっていき、社会に出ても無用な勘違いを与えないよう、丁寧に喋ることを心掛けた。



 しかしそれでは俺が一番欲した愛情は手に入らなかった。上辺だけの付き合いしか出来ない俺には誰も愛情を注いでくれない。だから俺も愛情を注げない。



 歳を重ねる毎に社会の荒波で揉まれた俺の心はどんどんと丸くなり、さらにどうでも良くなってきて、「どうせ俺なんか誰にも見向きもされない」と次第には諦めに入った。



 しかしそんな俺に、さらなる転機が訪れた。



 気まぐれで始めた最新型のゲームにハマり、さらにそのゲームでは理想の俺になれることに気付いた。

 上辺だけの俺を思い出すのが嫌で、無理やり口調を変えゲームにのめり込むと、俺が一番欲していた物を鼻水を垂らした幼女が与えてくれた。



 俺はそんな鼻たれ幼女達のおかげで心が成長したのを感じた。そう思っていたが、やはり俺は俺だった。いざ父親を前にすると一言交わすだけで精一杯だった。



 でもいつか父親にはあの言葉を言いたい。そして俺の転機になってくれたあの転校生にも言いたい。



「……コーヒーでもいれてやろうかな」

読んで頂きありがとうございます。少し不器用な主人公のお話でした。

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