38話 谷の暴れん坊
この日はログインに少しばかり時間がかかった。
ログインした時刻はいつもと同じだが、接続に5分程待たされた。
それもそのはず。AnotherWorldが全面展開され、恐らく今何百万という新規プレイヤー達が一斉にログインしているのだ。
「ふぅ、皆おはよう!!」
抱きついてくる皆と挨拶を交わし、少しばかり戯れる。
「しかし早いもんだなぁ……もう全面展開か。今新規プレイヤー達はキャラクリとかで街にはまだ来てないだろうし、先に飯食いに行くか!」
街は人数に応じて空間が拡張するため入れない事はないが、人混みはあまり好きじゃない。ご飯を食ったらホームか別の街に移動しよう。
街に出ると、思っていた以上にプレイヤーがいるがまだ少ない方だ。すぐに飯屋に向かって皆で食事を終えホームに戻る。
「さて、採取をしてからどうするか……だな」
ログアウト中も考えていたが、やはり谷に行き、ボクっ娘NPCが言っていた暴れん坊とやらを確かめておきたい。
俺は谷の入り口にしか用はないが、不意打ちで襲ってこられたら非常に困る。
倒せそうになければ谷のカメを捨て、別の狩場を探してレベリングするしかない。
「やっぱレベリングがネックになってきたな……ま、楽しいから良いけど。よしっ皆、準備して朝になったら谷に行くぞ!」
回復アイテムもしっかりと準備し、それから朝になるまでは皆とトランプで時間を潰した。
そして朝、冒険の街に転移し、そこからライドで谷に向かう。
「嫌な予感しかしないな」
いつもならカメがそこら中に居るのだが、今は1匹たりともいない。
ライドから降りて谷を少し探索していると、風が可視化したかのように吹き荒れる場所を見つけ、その先には一定距離から風に阻まれるように前に進めない。
「ここから先は何かアイテムがないと無理なのか……」
直後、ズシン、ズシンと重々しい足音が強風に紛れ聞こえてくる。
「お出ましか?皆、用心しろ」
強風の壁の向こうから現れたのは、二足歩行の大きなトカゲ。10メートルはあろうかという巨体に鋭く太い牙。がっしりとした足に、腕は小さい。
「ティラノサウルスとか、マジかよ……」
色は奇抜で、紫と黒の縞模様だが、大人気の恐竜ティラノサウルスがガチガチと牙を鳴らし近付いてくる。
ティラノサウルスってあんな顔だったかな?なんか微妙に違う気がするが……
―超紫・ノルン―
Lv????
「ボスじゃなくて、またユニークか。逃げ……ても意味ないよな。アイツが居るから他の敵が出てこないんだし……一応様子見してみるか!」
そう思った瞬間、恐竜は俺に噛み付こうと攻撃してくる。
すぐに大きく距離をとり、召喚者達に注意を促し指示を出す。
「ドラはあまり近付きすぎるな、テラ、レラはミラの傍に。ミラは回復に専念、セラはアイツに闇属性、俺達に光属性エンチャントだ!」
特殊アクションで距離を詰め、顔面に向けて挨拶代わりの【フルバースト】をお見舞いし、怯んだ恐竜を飛び越え背後に着地する。
「動きもそんなに速くないし、イケそうな気がする」
初撃を当てた俺にヘイトが集まり、恐竜が背後にいる俺に振り返る。
そこから俺は股下に張り付き、足や腹を斬りつけながらヘイトを保つ。
合間に召喚者達が攻撃を加えガリガリとHPを削っていく。
恐竜の攻撃力は凄まじく、1発食らうだけで残りHPが1になるほどだが、噛みつきと尻尾の薙ぎ払いくらいしかパターンがない。
ちなみに1発食らったのは尻尾の薙ぎ払いをパリィしようとして失敗した。
「当たらなければどうということはない!ってヤツだ」
恐竜のHPが半分になっても攻撃パターンは増えず、時間はかかったが無事削りきった。
「なんていうか…………弱かったな」
死んだフリの可能性もあるため、射程ギリギリから爆撃を撃ってみたが起き上がる素振りは見せない。
「こんなも……っ!?」
突然恐竜が起き上がり、大口を開け俺に迫る。
死体蹴り紛いのことまでしたにも関わらず、完全に不意を突かれてしまった。
一撃は貰う覚悟で、噛みつかれ拘束されることは避けようと回避の構えを見せたその時……
『全く、情けない……』
そう声が聞こえると同時に、恐竜の開けた口を閉じるように、急降下しながら炎を纏った拳を振り下ろす人影が現れる。
「あっ…………」
その一撃で恐竜の顔面は一瞬で灰になり、すぐに体も光の粒に変わっていく。
『……無事か?』
「あ、うん……助けてくれて、ありがとう」
『そうか!私もコイツに用があった。気にしないでくれ』
そう告げるのは赤髪をポニーテールにし、セラと同じような鎧とドレスが合わさったかのような服を着た女のNPC。美人だ。
召喚者達が俺のもとに駆け付け、身を案じてくれている間にNPCは恐竜がいた場所を見やる。
『全く……考え無しに何でも口に入れるから、こんな寄生虫などに支配されるのだ……同じ竜に属する者として情けない』
NPCは先程の恐竜がいた場所に向かって、そう独り言を呟いたあと、再び俺に振り返る。
『亜種とはいえ同族が迷惑をかけた。詫びとしては足りないかもしれないが、これは君が貰ってくれ。コイツの腹にあったが、私には不要な物だ』
そう言って手渡されたのは【★8恐竜】のメダルだ。
「えぇ!?あ、ありがとう……ちなみに同族ってどういう事だ?」
『私はドラゴンと人の混血なのだ。先程の竜も亜種とはいえ竜種だからな。見境なく何もかも食べ散らかし暴れていたようで、懲らしめにきたのだが……』
うーん、ドラゴンと人の混血……どう見ても人間にしか見えないが、俺に嘘をつく必要も無い。納得しておこう。
『んっ!?この匂い…………ふむ、なるほど』
「なんだ?」
『こっちの話だ、気にしないでくれ。それより私はもう行くとしよう。また会うことがあればよろしく頼む』
そう告げると背中からメキメキと音をたてながらドラゴンの翼が生え、NPCは空を飛んで去っていった。
「…………色々凄いNPCだな」
ドラゴンのお偉いさんみたいな設定で、暴れ回っている同族の始末をつけにきたって感じか……
「しかし最近はユニークモンスターにも、NPCにもよく会うな。クエスト関連なのは間違いないけど……でも、これでやっと終わりかな」
アイテムを採取するだけのクエストのはずが、色々なことに発展してしまった。
その後、本当ならミラ、セラを進化させた後、アイテムの納品をする予定だったが、ちょっと煩わしくなりそのまま納品に向かうことにした。
しかし折角なので冒険の街に戻った後、転移で始まりの街に戻り、豪華客船に乗って娯楽の街にいるNPCのもとに向かう事にした。
「おぉ!めちゃくちゃ居るな……」
始まりの街はすでにプレイヤーでごった返している。すぐに街を出て海岸に向かう。
「あ、ここも地形が変わってるな。船の航行に合わせて港になったのか……」
始まりの海岸は、以前訪れた際には採取ポイントすらない、ただの海岸だったが、今は立派な港が出来ている。
「ここも凄い人だな…………次の便に乗るとして、折角だから港も見て回ろうか!」
人混みを離れ、周囲を見ながら歩いていると、以前にはなかった灯台がある岬を見つける。
「灯台とか入れるのかな……」
召喚者達とわちゃわちゃしながら岬に辿り着くと、灯台の物陰に女NPCが居ることに気付いた。
NPCは俺に気付き振り返ると、微笑みかけた後、また物陰に隠れるように移動する。
「なんだろ……」
軽く走ってその物陰を見てみるが、さっきのNPCの姿は無く、代わりに黒く綺麗な宝石が埋め込まれ、刀身も黒い短剣が落ちていた。
海を覗いてみるがNPCが落ちた様子もない。
―????の短剣―
・美しい短剣
「簡潔な説明だな……まぁその通りだけど。さっきのNPCの落し物かな」
また新しいクエストか、もしくは谷で終わったと思っていたクエストはまだ続いているのか……この短剣が鍵になりそうだ。
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