3話 チュートリアル2
『……っ!!ゼル様、お気をつけ下さい!モンスターが何処かから侵入してしまったようです』
NPCが焦った様子でそう言うが、本来ホームは持ち主が許可しない限り、他プレイヤーも入ることが出来ない。モンスターなどもってのほかだ。
だが突然現れ、痩せこけた犬のような灰色のモンスター、グレードッグが頭を低く下げて腰を上げ、牙を剥いて今にも飛びかかってきそうな姿勢で、俺を睨みながら唸り声を上げている。
『こちらを使い、撃退してください!』
渡されたのは初級万能採取道具によく似た【初級万能武器】と呼ばれるアイテムだ。
採取道具と同様に、この万能武器はいわば最低保証となる武器だ。インベントリを圧迫することなく、全ての武器種、その最初期の武器を選択し、使用することが出来る。さらに耐久値も減ることがなく、序盤や全ロスなどした際にお世話になる事も多い。
お試しで色んな武器を使え、すでに自分のスタイルが定まっているなら初期から自分のスタイルを貫く事が出来ると、非常に便利なアイテムだ。
こんな説明を受けている間、グレードッグは唸り声を出すのを止めて、動き回ったりせず、同じ姿勢のままじっとしている。
うむ、さすがチュートリアル。
肝心の武器選択だが、俺の使う武器は既に決まっている。
俺が使うのは【ガンズブレイド】と呼ばれる、銃と剣を合体させた様な武器だ。
銃の銃身部分が剣の刃に変わり、銃撃は出来ないが装填された弾を破裂させ、射程は短いが防御無視の特性を持つ爆撃が可能な特殊アクションが設定されている近接武器だ。
さらに特殊アクションの爆撃と、武器を振るアクションを組み合わせる事で剣撃にも防御無視が付与される。
ガンズブレイド内でも3種ある。
・強撃型:弾の装填数が並、爆撃の威力は低く、射程は短いが武器を振るアクションと組み合わせた防御無視ダメージが高い。
・爆撃型:弾の装填数はやや少ないが爆撃の威力が高く、射程も長いが、武器振りアクションの防御無視ダメージが低い。爆撃による大型モンスターの部位破壊にボーナスがある。
・速射型:防御無視特性を持たないがリロードアクションが存在せず、武器振りアクションと組み合わせた攻撃ではダメージが高い。
俺が1年かけて特訓したスタイルの組み合わせは、利き手に持つメイン武器が強撃型、反対の手に持つサブ武器が速射型のガンズブレイド2本持ちだ。
AnotherWorldはフルダイブ形式のゲームであり、通常時は現実と遜色ない感覚で体を動かせるのだが、戦闘時だけは違っている。
フルダイブはいわば、仮想空間に作った器に意識を移すことだ。
そんな状態で俺みたいな普通の会社員が、剣などを使って飛んで跳ねて戦える訳が無い。
加えて現実で武術を修めている者に勝てる道理もないし、そもそもステータスなんかが破綻してしまう。
そのため戦闘時だけは仕様が変わる。
例えば体勢を崩し、高い場所から頭から落下した場合、現実ではそんな状態でも武器を振ること自体は可能だ。しかしこのゲーム内ではそれが出来ない。
これはあくまで例え話だが、受け身をとって、体勢を立て直すというアクションを挟まなければ、武器を振ることが出来ない。そのため戦闘時は、腕を動かす動作にも細かくアクションが設定されている格闘ゲームのような感覚になるのだ。
俺というキャラを、凄まじく多くのボタンが配置されたコントローラーを使って、一挙手一投足を頭の中で操作している感じだ。
この仕様の為にガンズブレイド2本持ちは、より操作が難しく複雑になり上手く扱えないのだ。
だがプレイヤースキルの上手い、下手はここに直結する。
「さて、特訓が無駄にならなきゃいいけど……」
グレードッグと対峙しながら、思わず声が漏れでる。
確かに1年かけてPSを磨いてきたが、俺がやっていたのは体験版だ。意図せずバグ技を使っていたり、何らかの修正が入り、特訓した動きが出来なくなっていれば俺の1年は無駄になってしまう。
「よっしゃ!いくぞ!!」
このチュートリアル戦闘で全てを試すことは出来ないだろうが、ある程度確かめておきたい。
まずは軽くジャンプし、メイン武器、その特殊アクションの爆撃を背後に放つ。
「イけるっ!!」
この特殊アクションは、アクション後にノックバックが発生する。そのノックバックとジャンプを上手く使い空中で高速移動が可能になる。
問題なく移動でき、そのまま武器を振り下ろしグレードッグに一撃を与える。
強撃型の弾の装填数は武器による多少の違いはあるが、だいたい6発。
速射型の特殊アクションは、ノックバックが小さく移動は出来ないが、方向転換や高度維持に使え、強撃型のリロードアクションをガードと同時に挟むことで短縮も出来る。
ガードアクションを挟むことで行動をキャンセル出来る、いわゆるガーキャンと呼ばれるテクニックだ。
弾を全部を使い、グレードッグを眼下に捉え飛び回る。そして空中から強襲し一撃を加えると、先程よりも高いダメージが出る。これは空中攻撃にボーナスが入る、全武器共通の仕様だ。
その後、ある程度動きを確認しグレードッグを難なく倒す。
体験版より随分と操作がしやすくなっている。使えなかったテクニックなども今のところないようで一安心だ。
『お見事ですゼル様』
「うん、ありがとう」
直後、俺の体から淡い光の塊がフワフワと飛び出す。
『こ、これはっ……モンスターを打ち倒したことにより、ゼル様の中に眠っていた力が目覚めたようです』
順序は変わっているが、これは体験版にもあったエクストラスキル獲得イベントだ。
AnotherWorldはあらゆる面で公平になるようにバランス調整がされている。攻略に関連してくる課金アイテムの販売などもない。
その唯一の例外がこのエクストラスキルだ。
現実でも人が生まれ持った才能などには優劣がある。
それを再現したのがこのエクストラスキルであり、中には任意発動型で、発動すると一定時間無敵になるといったチート級の能力も存在する。
そんな能力を獲得出来る機会が序盤であると、真っ先に思いつくのがキャラをリセットし、納得いく能力を獲得するまで続けるリセマラと呼ばれる行為だが、AnotherWorldでは当然対策されている。
賞金首となって死んだ際キャラを消去されるのとは違い、自分でキャラをリセットした場合、再びキャラを作成するには運営に問い合わせを行い、1週間後送られてくるコードを入力しなければならない。
さらにAnotherWorldはソフト、専用ハードに加え、月額利用料が必要となるが、キャラリセットを自分で行うたび、際限なく月額利用料が増加する。
エクストラスキル目当てのリセマラは徹底的に潰されているのだ。
仮想空間であっても、生まれた命が簡単に消えていい訳ではないということだ。
肝心の俺のエクストラスキルだが、淡い光の塊がパッと弾けるエフェクトの後、空中にデカデカと【飛天】と表示されている。
「うおぁっ!!!!マジか!!!」
俺が唯一欲しいと思っていたエクストラスキルで、無敵なんかも当然強いのだが、俺はこの飛天の方が欲しかった。
体験版では、365回中1回も出なかったエクストラスキルがなんと本番で出てくれたのだ。
―飛天―
エクストラスキル:自動発動型
・空中攻撃のダメージ上昇。ジャンプ回数+1
事前情報を集めていた際、この飛天の評価は最低だった。
というのも、獲得する機会が1回しかないことに加え、このゲームは現実と仮想が入り交じっている。
そのため空中で武器を振り続けると停滞出来るといった、従来のアクションゲームの仕様は通用しない。
空中で武器を振っても普通に落下しながらになり、だいたい2発当てるのが限界だ。
そんな仕様があるため、空中攻撃にはダメージにボーナスが入るのだ。
当然アーツと呼ばれる必殺技を使ってもその仕様は変わらず、長い連続攻撃系のアーツを空中で使ってもそれは変わらない。
最悪、技の途中で着地した場合、アーツが途中でキャンセルになることもある。
空中攻撃自体の種類も少なく、ジャンプして通常攻撃、アーツ内でも連続攻撃系のフィニッシュの一撃のみ空中攻撃と判定されるか、単発の空中攻撃アーツがそれぞれの武器にあるくらいだ。
そんな使いもしない攻撃方法のダメージが上昇するより、純粋にステータスが上がるエクストラスキルなどの方がまだ使える、貴重な枠が消費される方が損失だ、と最低評価を受けているのだ。
しかし俺にとってはそうでは無い。
ノックバックを使った移動方法から繰り出す攻撃は、ほぼ全て空中攻撃と判定される。
防御無視特性と引き換えに攻撃力が低いガンズブレイド、中でも俺の戦闘スタイルにはうってつけのエクストラスキルなのだ。
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